静岡県富士市。喫茶店のつけナポリタンとコーヒー。
タスッタさんは冷めかけたコーヒーを啜りながら、
「まだかなあ」
と思う。
文庫本を開いて時間を潰してはいたが、注文してからもうかなり待たされていた。
まだ午前中の、比較的お客さんがいない時間帯だと思うのだが。
そして、注文時にも店員さんから、
「時間がかかりますけど」
と注意をされていたのだが。
タスッタさんはスマホの画面を見て、時間を確認する。
注文してから、二十分以上は経過していた。
カップに残っていたコーヒーを一気に煽ってから、タスッタさんは片手をあげて店員さんを呼び、もう一杯、追加のコーヒーを注文する。
そうでもしないと、間が持たなかった。
タスッタさんがこのお店に入ったのは、例によってたまたま近くを通りかかったからだった。
古風な、昭和的な雰囲気を多分に残すこぢんまりとした喫茶店。
その外観以外ににも、タスッタさんの興味を引く要素がそのお店にはあった。
「つけナポリタン?」
店頭を見て、タスッタさんは首を軽く傾げる。
赤い頭をした人形が「つけナポリタン」と書かれた幟を持っていたのだ。
素直に考えれば、それがこのお店自慢の料理名、ということになるのだろう。
でも、つけナポリタン。
このあたりではポピュラーな料理なのでしょうか。
少なくともタスッタさんは、食べたことがなかった。
名前からして、どのような料理なのかは、容易く想像できたのだが。
今日は時間もありますし。
と、タスッタさんは気楽に考えてお店の中に入る。
その結果、肝心の料理が出てくるまで三十分以上も待たされることになった。
事前に店員さんから待たされるといわれていたし、怒る気にはなれなかったが。
おそらくは、調理方法が少し特殊なんでしょうねえ。
と、タスッタさんは出て来た料理を前にして、そう考える。
麺のお皿とスープとが別個のなった、タスッタさんが想像していた通りの料理が目の前にあった。
麺の太め、でも極太というほどでもなく、せいぜい中太麺といったところか。
麺の上には刻みパセリらしいものが散らされて彩りを添えている。
スープの方は、見た感じではどろっとしたミネストローネに近く、マッシュルームとかチーズとか、具材が多かった。
うん。
つけ麺の、パスタヴァージョンですね。
と、タスッタさんは心の中で印象を述べる。
ラーメン店とかではすでにかなりポピュラーになった形式の、パスタ版だった。
でも。
と、タスッタさんは疑問に思う。
スープの比重が多いラーメンなら、麺とスープを別皿にして出す意味はある。
けれど、パスタのようなあまり汁気のない料理であえて別皿にする必要性って、どこにあるんでしょうか。
と。
まあ、食べてみればわかりますよね、その辺も。
心中でそんなことを思いつつ、タスッタさんはフォークを取ってそれに麺を絡め、スープに浸して口の中に入れる。
トマトベースで、それになにか濃いめの旨味が。
おそらくは、煮干しかなにか、魚介系の味かなあ。
とにかく、スープはかなり作り込んでいるようで、味がかなり深い。
別皿にした理由は、これですか。
と、タスッタさんは思う。
これはやはり、スープの味をしっかりと味合わせるために、別の皿で出したくなりますよね。
麺の方はもっちりとした感触でやや柔らかめ。
スープと絡めて食べると、ちょうどいい感じになる。
うん、おいしい。
と、タスッタさんは思う。
たぶん、このスープを完成させるまでに、かなりの試行錯誤をしたのではないか。
待たされただけの価値はある、と、タスッタさんは思った。
完食して、お勘定を済ませて外に出たタスッタさんは、やや寂れ気味でほとんど人通りがない商店街を通って駅の方へと向かう。
つけナポリタンは、想像していたよりもずっとおいしかった。
ただ。
とも、タスッタさんは思う。
競争が激しいラーメン業界などでは、この料理程度の創意工夫をしているお店はいくらでもありますからねえ。
おそらくは、そのあたりが、この料理がローカルな存在のままでいる原因なんでしょうね。
あのお店で手の込んだ料理を出しても、同じように研究した料理を出すお店もあまりなく。
結果、料理としてはあまりポピュラーな物にはならない。
あのお店としては、それでもいいのかも知れませんが。
あの味は、おそらく家庭では再現できないでしょうし。
おいしい料理が広まるのかどうかという条件も、なかなか難しい物があるんでしょうね。
と、タスッタさんはそんなことを思う。




