千葉県船橋市。市田柿のミルフィーユと紅茶。
休日でもあるその日、タスッタさんは珍しく自宅にしている船橋市のマンションにいた。
基本的に留守がちであり、タスッタさんがこのマンションに滞在している日の方が少ないくらいなのだが、この日はたまたまなんの用事もなく朝から掃除や洗濯などのたまっていた家事を消化した後、ベッドに腰掛けて文庫本を開いてぼんやりと眺めたり。
タスッタさんは、その日、そんな過ごし方をしていた。
このマンションで一日過ごす日は、だいたいこんな感じなのだが。
そんな風にして過ごしていると、時間はすぐに経過する。
軽く冷蔵庫にある物で手早く昼食を済ませてのんびりとしていると、インターフォンが鳴った。
来客の予定など入っていないので、誰だろうかと訝しみながら出てみると、お隣の和田さんだった。
「ああ、珍しくいると思ったから」
和田さんはそういって、手にしていた菓子折を示した。
「これ、貰い物なんだけどさ。
どうせ一人では食べきれないし、お裾分けってことで」
そういうことなら、と、タスッタさんは和田さんを室内に招き入れる。
「紅茶でいいですか?」
和田さんを招きながらタスッタさんが確認すると、
「紅茶でもコーヒーでも合うと思う」
と、和田さんは即答する。
「なんですか、それ」
タスッタさんがケトルに水を入れながら確認すると、
「ああ。
干し柿のミルフィーユ」
和田さんは軽い口調で答える。
「干し柿のお菓子なんですか?」
そう聞いて、タスッタさんは首を傾げた。
「珍しいでしょ」
和田さんは、そういって笑みを浮かべる。
「とはいっても、最近はかなり出回っているみたいだけど。
市田柿ってね、一応ブランド物の柿」
「ブランド物、ですか」
タスッタさんは怪訝な表情になる。
果物ならば果物らしく、ブランドとか勿体をつけることもなく、単純に食べておいしければ、それでいいのではないか。
「まあ、びっくりするくらいおいしいから」
そんなタスッタさんの表情を読んだのか、和田さんがそういった。
「実際に食べてみよう」
タスッタさんはシンクの下に収納していた小皿とフォークを取り出して小さなテーブルの上においた。
なにかと手狭なワンルームであり、そうした支度をしても時間はさほどかからない。
「びっくりするくらい、ですか?」
タスッタさんは軽く首を傾げながら、小皿をテーブルの上に配る。
「そう、びっくりするくらい」
持参した菓子箱を開けながら、和田さんがいう。
「実際に食べてみれば納得するよ。
干し柿は食べたことある?」
「何度か」
タスッタさんは即座に頷く。
これくらい日本に滞在すれば、干し柿くらいは何度か食べる機会に恵まれもする。
「けっしてまずくはないが、好んで食べるほどおいしいものでもない」
というのが、干し柿に対するタスッタさんの印象である。
「じゃあ、干し柿の概念が一変するよ」
包装を剥がして、和田さんは箱の中から取りだした物体をそのまま小皿の上に乗せた。
見た目でいえば、直方体のケーキ。
事前にいわれていなければ、干し柿を使ったお菓子だとは思わないだろう。
濃い柿色の部分も、そういう色の生地だといわれても不思議には思わない。
その柿色の部分で、白い固形のなにかが挟んであった。
「この白いのは?」
「チーズ」
和田さんは即答をする。
「かなり濃い。
カルピスのチーズ」
「カルピスの」
タスッタさんは鸚鵡返しにいった。
「濃厚な、チーズ。
ですか?」
「そう。
これ単体でも、十分にいける」
和田さんはそういって、もっともらしい表情で頷く。
「あせて食べると、これがもうごついくらいにおいしい」
「ごついくらいに」
タスッタさんが、また鸚鵡返しに呟く。
それでは、と、タスッタさんは手早く紅茶をいれる。
とはいっても、ティーバッグを二人分のマグカップに入れてお湯を注いだだけだが。
そのまま二人を顔を見合わせ、どちらともなく頷いてからおもむろにフォークを手に取り、小皿の上のケーキをフォークで切り分け、口の中に入れた。
んん。
と、タスッタさんは心の中でうなる。
もっちりとしたこの食感は、確かに、干し柿だった。
ただ、タスッタさんの記憶にある干し柿よりは、ずっと味が濃い。
そのねっとりと味が濃い干し柿で、同じように濃厚なチーズがくるまれている。
なんですか、こう。
そのミルフィーユをゆっくりと味わいながら、タスッタさんは思った。
これは、いつまでも味を反芻していたくなりますね。
素材の味は濃いのだが、決してしつこくはない。
それどころか、一種のバランスさえ感じた。
しかし、干し柿とチーズ。
と、タスッタさんは思う。
意外な組み合わせだと思っていましたが、こうしていっしょになってみると、かなり、合う。
なんでしょうね、これは。
保存食品と発酵食品の組み合わせ。
このコンビネーションを思いついた人は、素直に偉い。
と、そう思った。
「ごついくらいにおいしいでしょ?」
「ごついくらいにおいしかったです」
少しして、和田さんに問われたタスッタさんは、素直にそういって頷いた。
そんな休日だった。




