茨城県笠間市。洋菓子屋のモンブランとトアルコトラジャ。
JR水戸線笠間駅を降りたところで、ぽつぽつと大粒の雨が降ってきた。
「さて、どうしましょうかね」
とタスッタさんは考える。
この列島は、最近では毎週のように台風に襲われている。
今度もまた数日後には通過をするだろうという予報で、二、三日も前から天気は不安定だった。
そのため、タスッタさんも折りたたみ傘を持参して備えてはいるのだが、この降りがこれからどこまで本格的になるものか、判断しかねていた。
あんまり本降りになるようだったら、タクシーでも拾うんですがね。
と、タスッタさんは思う。
ただ今回、タスッタさんは駅から目的地までの道のりを徒歩で行くことを前提にしてスケジュールを組んでいた。
タクシーで行くとなると、この駅の近辺で少し時間を潰さないといけない。
「あ」
周囲を見渡してタスッタさんは、そう思った。
「ここ、前に一度、来たことがありますね」
周辺の風景に、なんだか見覚えがあるような気がしたのだ。
あの時は真夏で、確かかなりおいしいメロンを使ったお菓子をいただいたような。
タスッタさんは、その記憶を頼りにそのお店の方へと歩いて行く。
三角屋根が特徴のそのお店は、タスッタさんの記憶していた通りに、駅前のロータリーのすぐそばにあった。
そうそう、ここでしたよね。
と、タスッタさんは内心で大きく頷く。
そのままタスッタさんは躊躇することなく、そのお店の中に入っていった。
店内の様子も記憶の中とほぼ同じで、入り口から見て手前にケーキなどの売り場があり、その奥に喫茶スペースがある。
目が合った店員さんに軽く会釈をしてから、タスッタさんはそのまま奥の喫茶スペースへと進んで行った。
丸いテーブルがいくつかと、その周辺にスチール枠の椅子がいくつか配置されており、なかなかお洒落な雰囲気だった。
まだ時間が早いせいか、お客さんはまだあまり入っていない。
タスッタさんはそのまま空いたテーブルに腰掛け、そこに置かれていたメニューを開いた。
今は秋、ですから。
と、タスッタさんはあたりをつける。
このお店なら、きっと、季節に相応しいお菓子を用意しているはず。
そう思いながらメニューに視線を走らせていると、すぐに目当ての物は見つかった。
モンブラン、ですか。
と、タスッタさんは納得をする。
ここ笠間は、日本でも有数の栗の産地であり、その地元の栗を使用したモンブランを、このお店でも提供しているようだった。
以前に食べたことがあるメロンを使ったケーキを思い出しながらタスッタさんは、
「素材に拘るこのお店がモンブランを作ると、果たしてどのようなものができるのでしょうか」
という疑問を抱く。
そのモンブランと、あとは。
タスッタさんはメニューのページをめくって、今度は飲み物を探しはじめた。
ここはコーヒーにも凝っているお店でしたよね。
前に来たときは、エスプレッソをいただいたのでした。
タスッタさんのこれまでの経験では、都会ならばともかく、県庁所在地でもない郊外の町で凝ったコーヒーを提供してくれる場所は少なかった。
タスッタさんはかなりあちこちに出かけている方なのだが、国内のコーヒーは総体的にレベルが高い。
まずい、と思ったコーヒーに出会ったおぼえはほとんどなかったが、そのかわり、「おいしい!」と驚くような経験もあまりなかった。
平均点でみれば高いのが、よほど腕が立つ店員さんが働いているお店でもいかないと、突き抜けておいしいコーヒーには出会えない、というのがタスッタさんの印象である。
あの時のエスプレッソも、濃厚な割には雑味があんまりなくて、飲みやすかった。
このお店の、今度はストレートなコーヒーを試してみたいな、と、メニューに目を走らせながらタスッタさんは思う。
いろいろな豆を扱っているようだが、このお店としてはトアルコトラジャを一番に推しているらしい。
それを信じてみますか。
そう決心したタスッタさんは、店員さんに合図をしてモンブランとトアルコトラジャを注文する。
五分くらい待っただろうか。
とにかく、タスッタさんが注文をしたモンブランとトアルコトラジャがテーブルの上に置かれた。
モンブランは、少なくとも外見的にはなんの変哲もない、ごく普通のモンブランに見える。
タスッタさんはまずトアルコトラジャのカップにミルクを注ぎ、スプーンで十分に攪拌させてから一口、飲んでみた。
ああ。
と、タスッタさんは感心する。
これも、雑味が少ないなあ。
というか、ほとんどない。
苦いし、熱い。
しかし、その苦味にまるで拒否感が出てこない。
キリッとした苦味と、芳醇な香り。
うん、いい。
タスッタさんは心の中で頷いた。
コーヒーを喫した後、タスッタさんはフォークを手に取ってモンブランを切り分ける。
こんもりとマロンクリームがかかった上に、丸ごと一個のむき栗が乗った、見た目にはあまり特徴がないモンブランに思えた。
フォークで切り分けると、その断面から白い層が見える。
どうやら、マロンクリームの下たっぷりと普通のクリームが入っているようですね。
と、タスッタさんは想像する。
そのクリームの下にはケーキの台があるわけだが、フォークで切り分けた時の感触からすると、これはどうもパイ生地であるらしい。
サクッとしたパイ生地としっとりとしたクリーム、マロンクリームの二段構え、ですか。
そんなことを思いながらタスッタさんは切り分けた一片を口の中に入れて、モンブランを楽しんだ。
パイ生地の食感と、それに二種類のクリームの味。
特にマロンクリームの風味はなんとも芳醇で、これだけだとかえってくどくなるところを、普通のクリームがうまく引き算していると、そう感じた。
どちらの種類のクリームも甘味が強いことには変わりなく、ただ、香りと味はしっかりと異なる。
二種類のクリームとパイ生地とを同時に咀嚼すると、味も食感もただ一口にしては複雑なことになり、すぐには飽きが来ない。
なにより、ケーキがそうした構造をしていることによって、マロンクリームの栗っぽさがより強調されているような気がした。
おそらくは、このマロンクリーム単体でもかなりおいしく感じるとは思うのだが、このケーキのように調理されることによって、マロンクリームの栗らしさが一層強く迫ってくる。
よく考え抜かれた一品、ですね。
と、タスッタさんは感心をする。
どこでも食べられるようなケーキを、ここまで作り込むお店もあるのだなと、そんな風に感心をした。
そして、このケーキの強い甘味が、ストレートコーヒーであるトアルコトラジャの酸味や苦味と、実によく合う。
ああ、豊かな時間だ。
と、タスッタさんは思った。
どうやら外では、雨が本格的に降り出したようだったが、このお店は駅前のロータリーに隣接している。
タクシーを拾うのにも苦労はしないだろう。
それよりも今は、もう少しこのお店での時間を楽しみたかった。




