東京都町田市。レストランのステーキランチセット。
朝から陰鬱な天気のその日、タスッタさんは東京都の郊外を歩いていた。
郊外、とはいえ二十三区から距離が空くと、もうほとんど地方と変わらないような様子になる。
鉄道など公共の交通機関が行き渡らず、車で移動をすることが前提になるような土地になるのだ。
今タスッタさんが歩いている周辺もどうやらその例に漏れないらしく、タスッタさんはもうかなり歩いている。
自分が「町田街道」沿いに歩いていることは把握していたが、住所的にここが町田市になるのか、それとも立川市になるか、タスッタさんには判断が出来なかった。
いや。
スマホの地図アプリで確認をすれば、すぐに氷解する程度の疑問ではあるのだが。
ともあれ、この秋雨の日、タスッタさんは目的地のない散策を愉しんでいる。
出先でぽっかりと時間が空いてしまったため、とりあえず歩いてみた、といったところだった。
朝方は雨脚が強かったのだが、昼を少し過ぎた今ではパラパラと小雨がばらつくはっきりしない天気になっている。
一時も回ったし、そろそろどこかに入りましょうかね。
タスッタさんは時刻を確認して、そんな風に思う。
タスッタさんとしては、時間に余裕があるときは、飲食店が混み合う時間をさけて入るように心がけていた。
それでは、次に見掛けたよさそうなお店に入ってみよう。
と、タスッタさんは即座に決意をする。
などということを歩きながら考えているタスッタさんの視界に、あるお店の看板が入って来る。
どうも、ステーキとハンバーグのお店であるらしかった。
駐車場が広めで完全に郊外仕様のお店であるらしい。
ちょうどいいですね。
と、タスッタさんは思う。
あれだけの大きなお店ならば、そこまで外れということもないでしょう。
とも、思った。
黒とブラウンを基調としたすっきりとしたデザインのお店の中に入ると、すでに満席に近い様子だった。
入り口のところに、何組かのお客さんが列を作って待っている。
これは。
と、タスッタさんは思う。
このお店は止めて、別のお店にした方がいいですかね。
などと考えていると、店員さんに声をかけられ、人数を訊かれたので一人だと答えると、
「相席でよろしければ、五分ほどでご案内できます」
と返された。
他にいく宛てがあるわけでもなく、その程度の待ち時間であれば別にいいか。
タスッタさんはそう判断をし、お客さんの待機列の最後尾に加わる。
実際には五分間待つまでもなく、タスッタさんはテーブル席に座ることが出来た。
あれからすぐに食事を終えたお客さんたちがばたばたと帰りはじめ、一斉に席が空いたのだった。
ちょうどピークを過ぎたところに居合わせたのですか、ねえ。
と、タスッタさんは思う。
一時的に空席が出来たおかげで、相席ですらなかった。
ちなみにこのお店にはカウンター席がなく、客席はすべてテーブル席だけであるらしい。
タスッタさんは、四人がけのテーブル席を一人で占有している形だった。
座席に座ったタスッタさんは、早速メニューをその中身を開いて確認をしはじめる。
ランチセットがありますね。
と、タスッタさんは心の中で頷いた。
ステーキランチと、ハンバーグランチですか。
本格的なお店である割には、どちらもそれなりにお手頃な値段ではあった。
さて、どちらにしましょう。
軽く考えつつ、タスッタさんは店内の様子をざっと見渡す。
調理場では二人の男性が肉やハンバーグを鉄板の上で焼いているところだった。
調理の様子を店内から見ることが出来る、そんなレイアウトになっている。
客席の方では、ホールの店員さんがお客さんの目の前でハンバーグを割って、まだ焼けていない部分を鉄板に押し当てて焼いている。
油が弾けて、かなり大きな音が響いていた。
ああ、なるほど。
と、タスッタさんは思った。
こうした調理の過程も、パフォーマンスとして見せるお店なのですか。
どうしようかな、と、タスッタさんは改めて考えた。
ステーキか、ハンバーグか。
例の、目の前でハンバーグを割って焼くパフォーマンスを目の前で見たいという気持ちもあったが、これだけ離れた場所でもあれだけ大きな音が響くくらいだから、かなり油が跳ねそうだな。
とか、現実的なことも考える。
そうするとやはり、ステーキにしておいた方が無難ですかね。
考えた末、タスッタさんはステーキのランチセットを注文することに決めた。
店員さんに注文を通してから十分ほどで、注文していたランチセットが届く。
二枚のステーキは熱く焼けた鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てており、それ以外にスープとサラダ、それにパンかライスを選べるようになっていて、タスッタさんはパンを注文していた。
ステーキのソースも十種類くらいあるなかから選択出来るシステムになっていたのだが、タスッタさんは生姜味のソースを選んでいる。
タスッタさんはテーブルの上に置かれたステーキの上に、まずその生姜味のソースをかける。
じゅっと、思ったよりも大きな音がして、ソースがあっという間に沸き立った。
生姜のいい匂いが、周囲に広がる。
うん。
と、タスッタさんは心の中で頷く。
おいしそうな匂いであり、音だ。
まずタスッタさんは、香味野菜のスープに口をつける。
こんがりと焼かれたベーコンが入っていて、オニオンが主体のようだったが、他にも何種類かの野菜の味が複雑に溶け込んでいるような気がした。
これは、ちょっと深い味ですね。
と、タスッタさんは感心をする。
そしてスプーンをナイフとフォークに持ち替えて、メインのステーキを切り分ける。
タスッタさんが注文をしたのは三百グラムのセットだったが、このお店ではそれを二きれのステーキに焼いて出して来た。
鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てている肉片、そのうちの手前側の方を切り分けて、タスッタさんは口の中に入れる。
うん、お肉。
ですね。
と、タスッタさんは思う。
それなりに上質な、少なくとも値段以上の満足度があるクオリティのお肉であることは確かだった。
普通においしい。
のだが、しかし。
ソースの味の方が強くて、お肉の味の印象が弱いような。
とも、思わないでもない。
それでもほどよく火が通った牛肉がうまくないわけがなく、タスッタさんとしては十分に満足が出来る一品だった。
特に、熱々のお肉を咀嚼する感触と、その時に口の中に広がる肉汁。
これ以上に、「お肉を食べている!」という実感を得る要素はない。
サラダは、特筆するような特色を持っていなかったが、パンは思いの他柔らかく、おいしかった。
ステーキが冷めないうちに、と、タスッタさんは黙々と食事を続け、さしたる時間もかけずに完食をする。
ふと見ると満席で、入り口のところにまたお客さんの列が出来ているようだった。
食事を終えたタスッタさんは、そそくさと伝票を手にして立ちあがり、レジの方へと向かう。
なかなか満足度の高いお食事でした。
と、タスッタさんは思う。
ランチセットなだけに、値段以上のクオリティだったと、内心でそう結論をする。
さて、これからまた歩いて、摂取したカロリー分をせっせと消費しましょうかね。
じめじめとした空気の中、心をいくらか軽くして、タスッタさんは再びお店の外に出る。




