滋賀県長浜市。天然ビワマスの親子丼。
長浜駅で降りて少し歩いたところに、そのお店はあった。
外観からして和風な料理を扱うお店だと主張している、そんな、少し格調が高い風情を漂わせていた。
「ここが」
タスッタさんはお店の前で、小声で呟く。
例によって地元の、宿の人にお勧めの店を聞いてここまで出向いて来た形であり、その人によると地元で取れる天然素材に拘ったお店であるらしい。
真鴨や鮒寿司などが売りであるらしいが、今回、タスッタさんは別の料理を目当てにしてここまで足を運んでいた。
どんよりとした曇り空の下、タスッタさんはスマホを取り出して現在の時刻を確認する。
正午まで、まだ余裕がある時間だった。
平日ですし、この時間帯なら、予約なしで入れるでしょう。
そう思い、タスッタさんはお店の中に入る。
タスッタさんの予想通り、お店の席にはまだかなりの余裕があった。
タスッタさんが見る限り、半分くらいしか埋まっておらず、タスッタさんは空いている座敷席へと案内される。
すでに注文する料理を決めていたタスッタさんは、店員さんが差し出したメニューを見るのもそこそこに、
「天然ビワマスの親子丼をお願いします」
と告げた。
このビワマスというのは琵琶湖で取れる固有種で、そのビワマスを使った親子丼は全国規模の魚料理コンテストでグランプリを取り、そのこのお店を含む地元数軒の料理店で出されている新しい名物料理であるという。
料理がこの地元を宣伝されている材料にされている形であったが、そうした事情についてタスッタさんは頓着しない。
タスッタさんはただたんに、おいしい料理を食べたいだけなのだ。
一日二十食限定でしか出していないというその天然ビワマスの親子丼は、この日の分はまだ残っていたらしく、タスッタさんの注文はあっさりと通った。
提供される数に制限が課されているのは、おそらくは材料があまり獲れないからではないか、と、タスッタさんは推測する。
養殖ならばともかく、このお店のように天然物と限定されると自然と使える数量も限られてくると、そう思ったのだ。
タスッタさんがそんなことを考えているうちに、注文した料理が出て来た。
調理に時間がかからないのは、あまり手数がかかる料理ではないからだろうなと、タスッタさんはそんなことを考える。
ビワマスを切り身にしてどんぶりに盛り、その上に魚卵を散らすだけだから、作業の手間としてはそんなにかからないのだろう。
その切り身を作る作業に、調理と技量や熟練の技が要求されるのかも知れないが。
ともあれ、出て来た料理はおいしそうだった。
主菜のどんぶりに小鉢と山葵、味噌汁、そして小鉢に入ったつけだれが二種類、四角いトレーに乗って出ている。
淡い色合いの切り身とその上に乗った魚卵が、タスッタさんにとっては、なにか非常に美しい物に思えた。
まずは、切り身だけを。
タスッタさんは早速箸を取って、まずはなにもつけずに、切り身だけを口の中に入れる。
しっかりとした歯応えと、それにサーモンによく似た、しかしずっと濃くて鮮烈な風味。
ああ。
と、タスッタさんは思う。
これはかなり新鮮で、おいしい魚だ。
癖がなく、かなり食べやすい。
脂も、よく乗っている。
天然物だから、ですかね。
と、タスッタさんは、そんな風に思う。
今までに食べてきた鮭やサーモンよりも、ずっとおいしく感じた。
続いてタスッタさんは、小鉢のお漬物を一口口にしてから、魚卵と切り身、それにご飯をいっしょにかき込んでみる。
丼物は、これくらい豪快に食べた方がおいしい気がするからだ。
うん。
と、タスッタさんは心中で大きく頷く。
やはり、おいしい。
味的には、サーモンといくらのどんぶりにかなり似ているのだが、これまでに食べてきた物よりもずっと味が濃いように感じた。
お漬物も、どうやら自家製らしく、さりげなくおいしかった。
それからタスッタさんは味噌汁を一口啜り、その味噌汁も出汁が非常に濃厚であることに気づく。
これは、ひょっとして。
と、タスッタさんは思う。
あら汁だと思うのだが、ビワマスのあらから出汁を取っているのではないか。
風味に、切り身と類似する癖があるような気がしたのだ。
数量限定の名物料理ということで、少し高い値段設定だったのですが。
と、タスッタさんは思う。
このクオリティでしたら、この値段も納得ですね。
なんというか、セットの内容がびしっと「ビワマス」という枠内に統一されていて、かなり完成度が高いような気がしたのだ。
これはいよいよ、心して食べなくては。
姿勢を正して、タスッタさんはさらに食べ続ける。
まず、山葵だけをつけて、一口。
二種類あるつけだれを少しずつつけて、もう一口。
黙々と、ただし真剣な面持ちでタスッタさんは食べ続けた。
本当においしい、完成度の高い料理を前にすると、どうしてこう厳粛な気持ちになるのでしょうか。
そんな疑問を抱きつつ、タスッタさんは食事を続ける。




