静岡県静岡市。わさび丼とわさびアイスクリーム。
店先に「大変申し訳ございませんが、茶期繁忙期のため5月6日から5月18日までお休みさせていただきます」との張り紙を見かけて、タスッタさんは、
「あと数日来るのが遅かったら、このお店は利用できませんでしたね」
と、そう思う。
ここ有東木はわさび栽培発祥の地、だそうだが、それとは別にお茶の栽培が盛んな土地でもある。
六日から、と、連休期間中は外している物の、基本的にこの時期は多忙なのだろう。
そのお店は、観光地などにありがちな土産物屋と食堂を兼ねたような造りで、ゴールデンウィーク中ということもあってタスッタさん以外にも大勢の観光客で賑わっていた。
タスッタさん自身はすでに持ち帰り用としてわさび漬けや茶葉などを一通り購入し、さてこれからなにかこの場で軽く食べる物を、と思っていた矢先にこの張り紙を見つけた形となる。
この時期、どこへいっても人が多くて煩雑に感じることも多いのだが、基本、日々どこかへ移動して暮らしているタスッタさんはあまり気にならない。
ただ、いつどこへいっても混雑していることが多いので、飲食店に入る時間などに少し悩む程度である。
こうしている今も、時刻的なことをいうのならばお昼までにはまだ間があるのだが、場所柄もあってお店の中はかなり混雑している。
「どうしましょうか?」
ほんの少しの間だけ、タスッタさんは考える。
この場ではなにも食べずにやり過ごして、次に移動した先でお昼をいただく。
そういう選択も、あることはあるのだ。
ただ。
「ここのわさびは」
是非とも、いただきたい。
国産の、それも採れたてのわさびをいただく機会は、そうそうあるものではないのだ。
よし、やはり。
タスッタさんは、そう思い立つ。
時間的には少し早いですが、ここで軽く食べていきましょう。
タスッタさんはそのまま、食堂になっているお店の奥へと向かった。
壁に貼られている品書きをざっと一瞥したあと、タスッタさんは店員さんにわさび丼を注文する。
このお店では定食類やお蕎麦も扱っていたが、ここはシンプルにわさびを試したかった。
すると店員さんから、
「外で食べるのか、中で食べるのか?」
と確認をされる。
外、というと、お店の外にあったテーブル席のことでしょうか。
中、というのは、おそらくはこの屋内にあるテーブル席で、しかしこちらの席はすでに他のお客さんたちによって満杯になっていた。
「裏手の方に別棟があって、そちらでも召し上がることが出来ますよ」
タスッタさんの視線の動きを見て察したのか、店員さんがそう教えてくれた。
「外が空いていれば外で、そちらがいっぱいだったら裏に回ります」
タスッタさんは、そう答える。
外は五月晴れということばがしっくりと来る快晴だった。
少し風は強いようだが、雲ひとつない。
ゆっくりと座る場所さえ確保できれば、外で食べる方が気持ちいいだろう。
店員さんが料理を用意してくれる間に、タスッタさんはセルフサービス式のウォーターサーバーからコップにお水を汲んでトレーの上に置く。
わさび丼、とはいっても、基本的にはどんぶり飯の上におかかを乗せて、すりおろしたわさびをのっけるだけのシンプルな料理であったから、すぐに出てくる。
カウンター越しにそのわさびどんを受け取り、トレーの上に乗せ、お冷やといっしょに乗せたトレーを持ってタスッタさんは外のテーブル席へと移動した。
「あ」
そこで、タスッタさんは一度足を止める。
タスッタさんが料理を注文している間に、外のテーブル席はすべて他のお客さんが座ってしまっていた。
裏にも、別棟があるといってましたね。
タスッタさんは少し周囲を見回してから案内の看板があるのを見つけ、その表示に従ってお店の裏手へと移動した。
別棟は、まだそんなに混雑はしていなかった。
空いているテーブル席に座ったタスッタさんは、わさび丼と味噌汁、お冷やが乗ったトレーをテーブルの上に置き、荷物もテーブル下の空間に置く。
それから、卓上に置いてあった醤油差しを手に取り、ざっと一回し、わさび丼の上に回しかけた。
ここではわさび本来の風味をまず味わいたかったので、醤油は少なめで。
それからやはり卓上の割り箸を手に取り、まずお冷やを一口飲んでから、わさび丼を食べてみる。
おかかとご飯の食感と、それに醤油の風味がまず来て、それから、わさびの特徴がある香りが口の中にわっと広がる。
あまり辛くはないですね。
などと、咀嚼しながら思っているところに、つーんと鼻を抜けるような感触。
あ、これは。
タスッタさんは、慌ててお冷やをもう一口飲む。
後から来るタイプ、だった。
かなり、辛い。
辛いというより、鼻に来る。
これまでタスッタさんが知っていたわさびは、まだマイルドな方なんだな。
と、タスッタさんは思った。
やはり、産地でそのまま食べる物は、違う。
そうか。
これが、わさび本来の味なのか。
辛いし、鼻に来るけど、おいしい。
なにより、ご飯に合う。
タスッタさんは、合間に味噌汁を啜りながら黙々とわさび丼を食べ続けた。
物が物であったから慌てて掻き込むことはしなかったが、なんというか、後味が非常によく、いくらでも食べられそうな気がした。
わさびには、食欲を昂進する作用でもあるんでしょうかね。
などということも、食べながら考えてしまう。
「ああ、辛かった」
わさび丼と味噌汁を完食したあと、タスッタさんは心の中でそう思った。
シンプルだけど、おいしい。
なにより、本物のわさびを使ってこの値段。
やはり、これを頼んでよかった。
そう思う一方、
「少し、物足りませんね」
とも、思ってしまう。
わさび丼よりも、わさびの天ぷらがついてくる定食の方を頼むべきだったか。
いや、そこまで大量に食べたい気分でもないし。
などと思いつつ、ふと周囲を見回してみると、あるのぼりが目に入った。
「アイスクリーム」
ぽつりと、タスッタさんは呟く。
そうか。
お食事で物足りなさを感じたときは、デザートで補うべきですか。
わさびが入ったアイスクリームは、他の場所ではあまり出回っていないようにも思う。
よし、次は。
この、わさびのアイスクリームを食べてみましょう。
そう思い立ち、タスッタさんは立ち上がり、食べ終わった食器が乗ったトレーを持つ。
食器類を返却場所に出したあと、タスッタさんは改めてアイスクリームを購入にして、今後は、お店の外にあるラウンジみたいな場所の隅に移動した。
アイスクリームくらいならば、邪魔にならない場所で立ち食いしても別に問題はないはずである。
お店は山中にあり、こうして外に出ると風が肌に当たる感触が、心地よい。
遠くから、川のせせらぎも聞こえてくる。
少々周囲に人が多いような気もするのだが、それなりに心地のいい空間であった。
小さめのコーンに乗った半球形のわさびアイスクリームは、量的に少ないような気もしたが、食後のタスッタさんにしてみればむしろこのくらいのサイズで丁度いい。
一口舐めてみると、まずクリームの甘味を強く感じて、それから例のわさびのツーンが鼻の奥を襲ってくる。
あ、来た。
と思ったが、想像していたよりも辛さは感じない。
わさびの刺激成分は、アイスクリームの油脂分によって、たいぶ緩和されているらしかった。
でも、わさび本来の風味は、まるで損なわれてはいない。
これは、これで。
タスッタさんは、心の中で強く頷く。
ありだ。
いや、かなり、おいしい。
アイスクリーム自体もかなり本物志向であるらしく、仮にわさびが入っていなくても、かなりおいしいものだと、そう思った。
組み合わせとして、どうかと思いましたが。
わさびアイスクリームを舐めながら、タスッタさんはそう思う。
実は相性がよかったんですね、わさびとアイスクリームは。
わさびの尖った風味を、アイスクリームのまろやかさがうまく包み込んでいる。
いいお食事でした。
タスッタさんは、改めてそう思う。
ここでしか食べられない料理とデザート。
それに、この空間。
初夏の日差しの下で、タスッタさんはその時間を楽しむ。




