岡山県真庭市。食堂のひるぜん焼きそば。
「これは」
タスッタさんは美作街道沿いにある食堂、その駐車場にある看板を見ていた。
「駅にある、あれですね」
上部に鉄道の駅名が大きく書かれ、下部に前の駅名と次の駅名が書かれているあの看板、を模した看板が、駐車場に立っていたのだ。
上部の駅名に相当する部分には食堂の名前が、下部には営業時間などが書かれている。
しかし、看板の形は駅でよく見かける、どちらかというと古くさい形式の例の看板そのままだった。
「ホルモン焼きそばはともかく、ひるぜん焼きそばっていうのはなんなんでしょうか?」
その看板の下部に書かれた文字をざっと見たタスッタさんは、そう呟いて首を軽く捻る。
実際に食べてみればいやでもわかりますかね、とか内心で思いつつ、タスッタさんはその食堂の扉を潜ることにした。
タスッタさんがこの手の、食に関する好奇心を抑えられないのは、いつものことではある。
その食堂は国道沿いなどの郊外によくある、広めの駐車場を完備した食堂で、その駐車場はすでに半分以上は埋まっていた。
まだお昼の時間にはまだ少し間があったから、かなりの盛況であるといっていい。
あまり気取らない店構えからみて、大衆的なお店なのだろうな、と、タスッタさんはそう予想する。
実際にお店の中に入ってみても、テーブル席と座敷席あるだけの、極めて一般的な造りの食堂だった。
よくあるカウンター席がないところが、変わっているといえば変わっている点になるのか。
お一人様であるタスッタさんは、当然のようにこのうちの座敷席へと案内される。
お客の入りが半分くらいということもあり、お店としては極力相席をさせない方針であるようだ。
そのおかげでタスッタさんも、一人だけだというのにテーブル席を占有することができた。
席につくのと同時に、タスッタさんは気になっていたひるぜん焼そばを注文する。
その際に、「ひるぜんとはどういう焼きそばなのか?」という質問を店員さんにぶつけてみた。
店員さんがざっと説明してくれたところによると、
「味噌ベースの甘辛ダレをソースとして使用した焼きそば」
という、かなりざっくりした定義があるだけであり、そのソースの味もお店や各家庭によりまちまちで、定まった傾向はあまりないという。
「昔に、ジンギスカンのタレで焼きそばを作ったのが発祥」
だとも説明をしてくれたが、それもどこまで正確な情報なのかはっきりとしない様子だった。
その昔、この地域でジンギスカンを食べることが流行していたんでしょうかね、と、タスッタさんは想像する。
真偽はわからなかったが、とにかくその甘辛い味噌だれで作った焼きそばのことをひるぜん焼そばと称するようだった。
その他に、かしわ肉を使うとか蒜山高原で獲れたキャベツを使用するなどの条件もあるようだが、これらはどうもかなり後になってから、地元の名物料理として広めるに付加されたものであるらしい。
「要するに、少し味付けが風変わりなだけの焼きそばなわけですね」
と、タスッタさんは内心でそう納得をする。
焼きそばという、どこかジャンクな印象がある料理を、タスッタさんはそれなりに気に入っている。
好物、というほどではないにしても。
そんなタスッタさんにしてみれば、確実においしい食事が出来さえすれば、その他の詳細はどうでもいいのだった。
物が焼きそばなので調理時間もさほどかからず、待つほどもなくさっと料理が出てきた。
タスッタさんが注文したのは、そのお店で何種類か扱っている焼きそばのうち、オーソドックスなかしわ入りのひるぜん焼そば、その並盛り。
外見的にはタスッタさんがよく知る焼きそばその物であったが、こうして目の前に出されてみるといわゆる一般的なソース焼きそばとはまず香りからして違う。
なるほど。
ソースではないんですね。
と、タスッタさんは感心をし、そのあとに箸を取ってすぐに実食してみる。
一口食べてみたところ、
「甘辛で、でもピリッと来ることもあって」
と、タスッタさんは感じた。
味噌ベースといわれれば「そうかな?」とは思うが、そういわれていなければなんの味なのかよく判断が出来ない。
甘辛く、そして、なによりかなり濃い目の味付けであった。
これは。
と、タスッタさんは思う。
ビールか、それか白米が欲しくなりますね。
単品で頂くよりは、そうした食べ物といっしょにいただく方がふさわしいような濃厚な味付けだった。
これはこれでおいしいとは思うのですが。
食べながら、タスッタさんは内心で少しだけ閉口している。
最初の何口かまではおいしいが、これだけくどい味付けだと次第に口が飽きてくるのではないか。
追加でビールかなにかを頼みますかね、と思いかけたが、この後に人と会う約束があることを思い出して、タスッタさんは思いとどまる。
ご飯を注文することも、炭水化物に炭水化物の組み合わせであるから止めておいた。
味付けが濃いけど、うん、麺は、普通の焼きそばですね。
と、タスッタさんはそう思う。
麺がかなり多めで、具が少し寂しい。
値段が値段ですから、これは仕方がないのかも知れませんが。
かしわ肉は、若鶏を使っていないらしく、かなり歯ごたえがあった。
キャベツは、甘味が強くてかなりおいしい。
やはり、地元で獲れた物を使っているからでしょうか。
総体としてみると、少し変わった味付けではあるけど、やはり焼きそばは焼きそばだった。
これはこれでおいしいですし、変に奇をてらっているよりは、オーソドックスにまとめている方がいいんですけど。
でも、この焼きそばを地元の名物料理におしあげるのは、かなり苦労をするのではないか。
などと、タスッタさんはいらぬ心配をしはじめる。
普通においしいとは思うけど、過剰な期待を持って食べに行くような料理ではないと、そう思ったのだ。
うん、でも。
タスッタさんは、食べながら、そんな風に思う。
決してよそ行きの料理だとは思いませんけど、こういう普通のおいしさを、タスッタさんは決して嫌ってはいない。
普通においしいって、いいことですよね。




