静岡県静岡市。立ち食いそば店のチーズうどん。
各種の交通機関を利用して移動することが多いタスッタさんは、当然のことながら駅構内にある飲食店を利用することも多い。
なんといっても手軽であり、ちょいとした空き時間に空腹を満たすことができるからだ。
また、こうした駅構内の飲食店は手頃な値段設定であることが多く、そのせいか何事につけ無難な料理を用意していることが多かった。
大体は、
「特段においしいというわけではないが、その逆に特別においしくないお店もほとんどない」
という状況であり、手頃な値段でさっと料理が出てきて、電車の待ち時間といったごく短い時間時間でも完食できる手軽さ、というのが、この手の駅構内にある飲食店の最大の売りでなのある。
だが、そうした手軽さと無難さが売りであるはずの駅構内の飲食店であっても、ごくまれに冒険しているメニューが存在する。
その日、タスッタさんはJR静岡駅の在来線ホームの立ち食い店、その自販機の前で固まっていた。
「チーズうどん、ですか?」
声には出さず、内心だけでタスッタさんはそんなことを思う。
タスッタさんが初めて目にする料理名だった。
おそらくは、このお店のオリジナルなのではないか。
少なくともこの近辺で「チーズうどん」がポピュラーな料理であるとは、タスッタさんは聞いたおぼえがない。
しかし、チーズとうどん。
合うんでしょうかねえ、相性的に。
タスッタさんはその味を少し想像してみようとする。
うまく想像が出来なかった。
いつまでも券売機の前に棒立ちになっているわけにもいかず、それに三月に入ったというのにやけに冷え込む日でもあったので、タスッタさんは意を決して券売機の「チーズうどん」と書かれたボタンを押した。
全国のどこにでも見受けられるような、いかにも立ち食いそば店的なレイアウトのお店だった。
タスッタさんは、
「お願いします」
と小声でいいながら、カウンターの上に「チーズうどん」のチケットを置く。
店員さんは慣れた様子で、
「チーズ一丁!」
と厨房の方に声をかけ、タスッタさんの方に向き直ると、
「すぐに出来ますから、しばらくお待ちください」
といった。
タスッタさんはカウンターから少し離れた場所まで移動し、そこで壁際に冷水機とプラスチックのコップが置いてあるのに気づいてそこまで移動し、自分でコップを手に取って水を飲んだ。
この手のお店ではすべてがセルフサービスなのである。
タスッタさんとしても別に喉が渇いているわけではなかったが、チーズうどんが出てくるまでそのまま棒立ちになっているのも手持ち無沙汰であったため、なにかしらの行動をしていたかった。
半端な時間帯のせいか、お客さんはタスッタさん以外に見受けられない。
コップに口をつけながら、タスッタさんは料理が出来上がるまでの時間、漫然と待ち続けた。
チーズうどんは五分もかからずに出来上がった。
トレイの上に乗せたチーズうどんを手にして、タスッタさんは、
「これが」
と、思う。
うどんの上にたっぷりと乗ったチーズがお汁の熱さに半ばとけかかっていた。
トッピングはそのチーズと刻みネギ、それに天かすのみ。
しかし、チーズの量が多いなあ、と、タスッタさんは半ば呆れる。
どんぶりをほとんど全部覆い隠すような勢いでどっさりとチーズが乗っていた。
タスッタさんはトレイをカウンターの上に置き、箸置きからプラスチックの箸を取ってまずはお汁を軽くかき混ぜてみる。
麺と溶けたチーズとがお汁に混ざり、混沌とした、なかなか印象的なヴィジュアルになっていた。
どんな味なんでしょうか。
そんな風に思いながら、タスッタさんは箸をたぐって一息に麺を、細切れのチーズとお汁をたっぷりと含んだ麺を啜ってみる。
口に入れた途端、鼻孔を刺激する特徴的な香り。
ん。
と、タスッタさんは思う。
これは、モッツァレラチーズですね。
そして、そのモッツァレラチーズと和風のだし汁とが、意外によく合う。
食べる前はどうしたもんかと戸惑っていましたが、これは、予想外にいけますね。
と、タスッタさんは、そんな風に思う。
漠然と想像していた以上に、相性がいい。
麺の方は普通の、特筆するべきところがないうどんの麺であったが、他の部分の印象が強すぎるのでその平凡さで正解なのだろうな、と、タスッタさんは思った。
ミスマッチかと思ったが、ベストマッチだった。
しかし、なんという組み合わせ。
これを最初に作ろうと思いついた人は、かなり強力な想像力の持ち主だったに違いない。
それにしても、と、タスッタさんは思う。
意外に、重い料理ですね、これは。
汁と溶け合ったチーズと揚げ玉の組み合わせは、かなりのハイカロリーになるはずだ。
それに、チーズの量がかなり多いので、麺に絡んでいるもの以外にもまだたっぷりとお汁の中に溶け込んでいる。
何口か食べていくうちに、タスッタさんは急速に満腹感に襲われ始めた。
想定外に、食べ甲斐がある食べ物なのである。
麺は一玉だし、どんぶりもさほど大きいようには見えなかったのに、想像以上にお腹に来る。
途中、コップの水を何度か呑みながら、タスッタさんは箸をたぐり続けた。
おいしいことはおいしいけど。
と、タスッタさんはそんなことを思う。
このチーズうどんというお料理が、他の場所に広まっていないのは、このボリュームのせいだと思います。
結局、タスッタさんは麺だけを平らげて、そのあとに残った汁はそのままにしてどんぶりを食器の返却口に返した。
とてもではないが、そのチーズがたっぷりと溶けたお汁まで完食する気にはなれなかったためだった。
食器を返してお店の外に出たタスッタさんはハンカチを取り出して額に浮いた汗を拭った。
おいしかった、と。
しかし、もう一度このチーズうどんを食べたいとは思わなかった。
一口においしさといってもいくつかの種類があって、このチーズうどんは繰り返し食べたい料理には含まれない。
少なくとも、タスッタさんにとってはそういう料理だった。




