栃木県宇都宮市。喫茶店の苺のミルフィーユとシャンパンパーティ。
「ああ。
これは、はじめてだと見つけられませんね」
メモを片手にどうにかお店にまでたどり着いたタスッタさんは、そんな風に思った。
普通の住宅街の中の、アパートなどの合間をぬって進んだ先にある藪、その中にどうにか古ぼけたお店の看板を見つけることが出来た。
その看板も木製の、色味が地味なもので、風景に溶け込んで遠目からは見分けがつきにくい上、お店自体が民家をそのまま改装したもので、とてもではないが飲食店を経営しているようには見えなかった。
隠れ家的なお店だとは聞いていたが、ここまで隠れているとは予想していなかった。
場所的にいってもほとんど通行人を見かけず、通りすがりのお客さんがふと入るということも、ほとんどないだろう。
このお店の客さんは、このお店の所在地や存在を知った上で、このお店に行くのだという確固とした意思を持たなければ、とうていお店にまではたどり着くことができない。
そういうことに、なっているらしい。
「よくこれまで、営業が成立していたものですね」
と、タスッタさんは思う。
タスッタさん自身も、昨夜宿泊した宿の人に詳しくこのお店の情報を聞いていなかったら、ここまで来れなかったはずだった。
取りあえず、入ってみますか。
そう思ったタスッタさんは、民家の玄関にしか見えない入り口をくぐる。
このお店にはテイクアウト用の出入り口と喫茶室用の出入り口、二種類の出入り口が存在するようだったが、タスッタさんはここで飲食をするつもりであったので、後者の入り口を入った。
お店の中に入るとすぐに紅茶の香りが漂っていることに気づく。
ああ、いい香りだ。
と、タスッタさんは思う。
あとで店員さん聞いたところによると、宇都宮では有名な紅茶のお店からわざわざ茶葉を仕入れて、それを使用しているらしい。
出迎えた店員さんがいう通りに玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えたタスッタさんは、そのまま畳敷きの和室へと通される。
内装も外から見たまま、お店というよりはやはり普通の民家を、それもかなり古風の和風建築の個人住宅をそのまま利用しているような感じだった。
しかしタスッタさんにしてみれば、そもそもそうした古い住宅に入る機会自体がほとんどなく、物珍しさと好奇心にかられてついつい必要以上に周囲を見渡してしまう。
ごく普通の座敷の中に通されたタスッタさんは、そこで店員さんからメニューを渡され、すぐにその中身を吟味しはじめる。
かなり本格的な紅茶を出してくれるお店だということはお店に入ってからすぐに香りで推測がついていたが、焼き菓子や生菓子などもアレルギー対策で卵、小麦粉不使用のものが用意されているなど、かなり手を凝ったものになっていた。
それにも関わらず、値段的にはかなり安く感じる。
「こんなことで、本当に営業が成り立つんでしょうか?」
と、メニューを検分するタスッタさんの方が心配になってくるほどだ。
おそらく、こうしたお菓子類も手作りなんだろうな、と、タスッタさんは予想をする。
さて、どれをいただきましょうか。
しばらくメニューを睨んで吟味をした結果、タスッタさんは苺のミルフィーユとシャンパンパーティというものを注文する。
今は苺の旬であるし、なによりここ栃木県は苺の名産地。
ここで使用されている苺も、地元栃木県で生産された物を使用しているということだった。
シャンパンパーティとは、別にシャンパンが入っているわけではなく、飲みくちがシャンパンにも似て爽やかでフルーティな紅茶という。
こういうお店だからか、それとも時間帯のせいか、今のお客さんはどうやらタスッタさん一人しかいなかった。
五分ほど待たされて、タスッタさんが注文した物が出て来た。
シャンパンパーティは見たそのまま紅茶だったが、苺のミルフィーユはクリームとスポンジ部分、それに苺がそれぞれにしっかりと見えている形であり、さらに一番上に苺を乗せた上の粉砂糖をかけている。
盛り付け的にも、かなりしっかりしたケーキに見えた。
凄いな、と、タスッタさんは思う。
こんな本格的なスイーツが、この値段で楽しめるのか。
と、感心をしてしまう。
なにより、苺がかなり大きい。
タスッタさんはまずシャンパンパーティという紅茶を一口啜る。
メニューに書かれていた通り、かなり香りがいい、フルーティな紅茶だった。
この一杯だけのために、ここまで足を運ぶ価値がありますね。
と、タスッタさんは思う。
次にフォークを手に取り、苺のミルフィーユの台座の部分を切り分けて、口の中に入れる。
かなりクリームの味がしっかりしていて、苺の風味に負けていない。
そして、スポンジ部分とクリーム、苺の三つが口の中で一体になると、なんともいえない幸福な気持ちになる。
甘い。
甘いのだけど、それだけではない。
うん。
と、タスッタさんは思う。
スイーツというのは、この多幸感がなければ駄目ですよね。
一見してどこででも楽しめそうな、平凡に見える紅茶とミルフィーユは、やはりここでしか楽しめない独自の価値を持っているように、タスッタさんには思えた。
それが、このお店に来るまでの、お店の場所を探した経験に由来をするものなのか、それとも紅茶とミルフィーユにだけに由来するものなのか、にわかには判断がつかない。
タスッタさんはしばらく、このお店で静かな時間を過ごした。




