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腹ぺこエルフさん放浪記  作者: (=`ω´=)


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103/180

東京都墨田区。とんかつ屋のご無事御膳。

「近い」

 浅草線本所吾妻橋の改札を出て地上に出た途端、すぐそこに聳え立っている東京スカイツリーを間近に見たタスッタさんは、そんなことを思ってしまう。

 この塔はかなり遠くからでも見ることができるのだが、ここだとそのスカイツリーがほとんど根本から見ることができる。

 当然、視界に占める大きさもかなりのものだった。

 こんなに近くからその塔を見上げることがなかったタスッタさんは、その大きさにかなり驚かされる。

 よく見ると、周囲を歩いている人たちのかなりの部分も外国から来た観光客であるらしく、少し歩いてさらにその塔に近づくと、その塔にむかってスマホやカメラを構えている人たちを大勢見かけた。

 あの塔は、観光資源としてはそれなりの存在になっているらしい。


 予定されていた所用は予想外にはかどり、ほんの一時間程度で済んでしまい、タスッタさんはその日の昼前にはやることがなくなってしまった。

 このままマンションに帰ってもいいのだが、こうまで早い時間帯に体が空くことも珍しくタスッタさんは、

「さて、どうしましょうか」

 と考える。

 スカイツリーの根本にあるというソラマチとかいうショッピングモールを散策していいし、ここから少し歩けば浅草に出る。

 浅草には何度か足を運んだことがあるが、あそこは基本的に観光地なので、タスッタさん好みの老舗の飲食店も多いということは体験として知っていた。

 浅草やソラマチに寄るのもいいですが、たまには目先を変えて新規のお店を開拓しましょうかね。

 そう考え、タスッタさんはとりあえず降りた本所吾妻橋の駅へと向かう。

 駅の近くの通りに、何軒か飲食店が並んでいたように記憶していたからだ。

 半分くらいはどこででも見かけるようなチェーン店であるような気がしたが、何件かはチェーンではない、地元に根づいているようなお店があったような気がする。


「年末年始限定、ですか」

 お店の前に飾ってあるビニールシートに料理が盛られたお皿がでかでかとプリントされており、そこに「年末年始限定」と印字されていたのだ。

 お皿に盛られているのはいかにもとんかつ屋らしい内容、つまり、揚げ物ばかりであったが、正月休みが明けて間もないこの時期、タスッタさんにしてみてもこうしたいかにもカロリーが高そうな料理から少し遠ざかっていた。

 それに、経験からいってもこの手の専門店が出してくる揚げ物は見かけほどにしつこくなく、さらりと平らげられることができるということをタスッタさんはすでに学んでいる。

「少し、試してみますかね」

 小声でそういって、タスッタさんはそのお店の中に入った。


 お店の中は外から見て想像していたよりもかなり広かった。

 マンションの一階に入っているテナントのお店であったが、ここまで席数が多くてやっていけるものだろうかとかえってタスッタさんが心配をしてしまうほどの広さだ。

 壁などに貼られているメニューや品書きを確認してみると、夜の営業はどうやら半分居酒屋のような感じになるらしいが、それでもとんかつの専門店でこれだけ大きなお店を維持するのは大変だろうと変なことを心配してしまう。

 まだ正午に間がある時間帯であったのでお店の中にはお客さんが皆無であり、人気がないこともタスッタさんにお店の広さを印象づける一助となっていた。

 すぐにタスッタさんに気づいた女性店員が声をかけてくれて、どこでもお好きな席へと案内してくれる。

 タスッタさんが入り口から少し入ったところにあるテーブル席に腰掛けると、すぐにメニューとお冷を持ってきてくれた。

 この時点でタスッタさんはほとんど頼むものを決めていたが、他にどんな料理があるのか確認しておきたくてメニューの内容をざっと確認してみる。

 基本はとんかつ屋さんだったが、フライとかの揚げ物、それにとんてきなんかも扱っているらしい。

「うん、なんというか、普通のとんかつ屋さんですね」

 と納得をし、タスッタさんは店員さんに声をかけて表のビニールにプリントされていたご無事御膳を注文した。

 注文を取った店員さんはすぐに小さなすり鉢とすりこぎを持ってきて、タスッタさんのテーブルに置く。

 すり鉢の中には少量のごまが入っていて、料理が出てくるまでこれをすって時間を潰すという例のあれだった。

 他にすることもないので、タスッタさんは素直にすり鉢とすりこぎを手にしてごまをすりはじめる。

 手を動かすたびにごまのいい香りが鼻孔に入ってきた。

 タスッタさんが注文を終えた直後にもう一組の、かなり年配の老夫婦と中年男性という組み合わせの三人組が入ってきて、タスッタさんのテーブルからひとつ離れたテーブル席に座る。

 このお客さんたちもすでに注文をする料理を決めていたらしく、店員さんがメニューとお冷を持ってくるのとほぼ同時に三人でわいわい言葉を掛け合いながら注文をしていく。

「ロース二つ、味噌カツで。それとカキフライと、コーラ」

 実際に注文していたのは老夫婦のうち奥さんらしい人だったが、この夫婦はかなりお年を召していておそらくは八十歳前後に見えた。

 あんなお年でもここの料理のような脂っこいものを食べても大丈夫なのでしょうか。

 とか、タスッタさんは他人事ながら心配になってしまう。


 タスッタさんが注文をしたご無事御膳は、いくらもしないうちに運ばれてきた。

 カキフライ、かなり大きなエビフライ、細長いアスパラガスを丸ごと一本揚げてフライにしたものと、小ぶりなロースカツが金網の上に盛られている。

 それら揚げ物の山の向こうに千切りのキャベツがこんもりと山を作っていた。

 うん、いかにも専門店らしい風情ですね。

 と、その皿を前にしてタスッタさんは心のなかでひとり頷く。

「ご飯とキャベツのおかわりは無料になっております」

 と、店員さんはタスッタさんにいい添えて去っていった。

 さて、さっそく、と、タスッタさんは箸を取ってまずはアスパラを摘んでなにもつけず齧ってみた。

 揚げたてほやほやで、熱くて、そして、じんわりとアスパラ本来の甘味があとから攻めてくる。

 わあ。

 とタスッタさんは思う。

 ちょうどいい火の通り具合だ。

 これ以上でもこれ以下でも、アスパラの風味を損なってしまうだろう。

 流石は専門店、と、タスッタさんは関心をする。

 このアスパラだけでも、この料理を注文する価値があると、そう思った。

 揚げ具合が、絶妙なのだ。

 続いてタスッタさんは、ピンとまっすぐになったままフライになっているエビに箸を伸ばす。

 かなり立派で大きく、十五センチ前後はあるエビだった。

 これは、まずはタルタルソースをつけて。

 皿の脇に盛られていた白いソースにエビの頭の部分をちょんちょんとつけてから、タスッタさんはエビフライにかぶりつく。

 ぷりぷりの、ホクホク。

 これだけでも一品料理として出されていたとしても、十分に納得ができる味だった。

 これは、おいしいエビですね。

 と、タスッタさんはしみじみそう思ってしまう。

 素材がいいのか、調理法がいいのか。

 おそらくは、両方だろう。

 アスパラもエビも、カラッとあがっていてまるで油っぽくない。

 そう感じるだけで、実際にはかなりカロリーが高いのかも知れないが、ともかくも実際に食べた感じではまるでしつこくない。

 これなら、いくらでも食べられそうに感じてしまいますね。

 危ない危ない、とか思いながら、タスッタさんはカキフライらしい塊を箸で摘み、辛子とタルタルソースをちょっとつけてから口の中に運ぶ。

 その熱々の塊を口の中で噛んだ途端に、ふわっとカキのエキスが口の中に溢れた。

 熱くて、おいしい。

 これぞ、カキ。

 カキのエキスというかエッセンスがギュッと凝縮して、口の中に染み出してきたような気がした。

 ああ、これは。

 と、タスッタさんは思う。

 いや、これは、うん。

 咄嗟に言葉が出ない。

 カキだ。

 その他に例えようもなく、カキでしかない。

 無論、おいしい。

 この時期のカキはね。

 などと、タスッタさんは心の中でうんうんと頷いてしまう。

 味が濃くて、おいしいんですよね。

 最後に、タスッタさんはロースカツに箸を伸ばす。

 これは、もちろんソースですね。

 そう思ったタスッタさんはロースカツをまずすり鉢の上に置いて慎重な手つきでその上にソースを少量たらし、すっておいたごまとソースをうまくロースカツに絡めたあと、お皿の上の辛子をほんの少しつけてから口の中に運んだ。

 想像していた以上に柔らかいお肉で、少し力を入れて噛むとすっと千切れてしまう。

 かなり上質のお肉なんでしょうね、と、タスッタさんはそう思う。

 タスッタさんの個人的な趣味で、硬くて歯ごたえがあるお肉も好きだったので、タスッタさんは柔らかい=高級という価値観を持ってはいなかった。

 しかし、このロースカツは柔らかさ以上に味が濃い。

 しっかりとお肉の味が自己主張している。

 このお肉は、これで正解。

 と、タスッタさんはそんな風に確信をする。

 ものすごく、最適に近い調理をされているように、感じた。

 ああ、どれもおいしい、と、タスッタさんは思う。

 合間にキャベツを摘みながら、タスッタさんは休む間もなく箸を動かし続ける。

 すぐにキャベツがなくなったので、店員さんに声をかけてキャベツをおかわりした。

 そのとき、「ご飯はよろしいですか?」と聞かれたので、ご飯の方もほんの少しだけおかわりをした。

 食べ過ぎですかね、と、形だけは心の中で反省をしながら、タスッタさんは食べ続ける。

 ここは、いいお店だと、タスッタさんは思った。

 新奇さとか意外性こそないが、オーソドックスな料理を予想通りの形でしっかりと提供してくれる。

 こういう基本的なところができているお店って、実はとても強いんですよねえ。

 とか、タスッタさんは思う。

 横目で確認すると、例の三人組のお客さんも料理が出てきてさっそく食べはじめたところだった。

 注文をするときも慣れた様子だったし、常連さんなんでしょうか、と、タスッタさんはそんなことを思う。

 新年早々、いいお店にあたったなと、そんなことも思った。


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