千葉県船橋市。自家製燻製ターキーとシャンパン。
ここ一週間、タスッタさんは自宅としているマンションで二本の腿肉と格闘していた。
昨年の年末などは郷里に送る報告書を書くために数日このマンションに籠もっていたわけだが、今年はその予定を前倒しにして、さらにそうした仕事と並行して「時間はかかるがあまり手を取られない」料理を作ることにしていたのだ。
この時期はちょうどクリスマス前に相当し、ネットなどで少し調べた結果、
「それならば、ひさしぶりに燻製を作ることにしましょう」
とすぐに決まった。
この燻製という調理法は、前準備などに少し手間を食われるが、やることといえばほぼ待つことだけであり、報告書を書く傍らにおこなう作業としてはかなり都合がいい。
タスッタさんも、生きた獲物を捌くことからはじめて燻製にする作業は郷里で何度も経験している。
失敗するおそれはまずないといえた。
「燻製はなんでもおいしいけど、この時期にわざわざ作るんならやはりターキーじゃないかな」
メッセージアプリに燻製作りの話題が出たとき、和田さんはそう教えてくれた。
「日本じゃほとんどこの時期にしか出回っていないし、それに、鶏なんかと比べると全然風味が違うし」
クリスマスという行事がこの国では異様な形に変質していることは、タスッタさんも気がついていた。
日本ではクリスマスにターキーを食べる習慣までは、なぜか定着していない。
しかしそれでも、この前後はそれなりにターキーの肉が食材として流通するため、いい機会だからこれを燻製にしてみてはどうか、という提案だった。
実際、普段出回っていないはずのターキーの腿肉はマンション近くのスーパーであっさりと見つかった。
一本千円前後で、タスッタさんはこれを二本、購入する。
ターキーを得てマンションに帰ってきたタスッタさんが次におこなったのは、ソミュール液と呼ばれる液体を作ることだった。
砂糖、塩、胡椒、ガーリックパウダー、チリペッパーなどの調味料や香辛料をハーブなどといっしょに白ワインと混ぜ合わせ、これをターキーといっしょにジップロック袋に入れ、しっかりと揉み込んだあと、ジップロック袋ごと冷蔵庫に入れて、たっぷり丸一日以上は寝かせる。
要は下味をつけるためのつけ汁なわけだが、この分量についても参照した資料によりかなり差異があり、要は「お好みの味つけで」ということであるらしい。
時間をかけて漬け込んでおくのは、おそらく肉にしっかりと味を染み込ませ、なじませるためだろう。
丸一日寝かせたあと、ジップロック袋を冷蔵庫から取り出し、しっかりと味が染み込んだターキーを一度冷水にさらして塩抜きをする。
濃い目の味つけが好きな人はソミュール液をざっと洗い流すだけでもいいそうだが、タスッタさんは薄味の方がよかったので三十分くらい冷水にさらしておいた。
そのあと、包丁でお肉を薄く削いでざっと火を通してから念のために味見をしてみたところ、うん、いい具合に風味がついている。
このまま燻製にせず、ソテーしただけで食べても十分においしい仕上がりになっていた。
そのあと、キッチンペーパーで丁寧に水気を拭い、和田さんからお借りした干し網の中にターキーのお肉を入れて、ベランダに吊るしておく。
これはお肉を乾燥させて旨みを凝縮させるためで、やはり丸一日以上は外に放置しておきたい。
この時期は虫がつく心配もまずないから、裸のまま紐か何かに吊るしておいてもいいのだが、なんとなく抵抗があったことと和田さんが「せっかくちょうどいい干し網があるのだから使ってよ」といってくれたので、素直に使わせてもらっている。
ちなみにこの干し網は、釣りが趣味の和田さんが時折釣ってきた魚で干物を作るときなどに使っているものだという。
和田さんは、
「年に数えるほどしか使っていないから、魚の匂いもほとんどついていないと思う」
とも保証してくれた。
まる一日もベランダに放置しておくと、お肉の色も乾燥してかなり変わってくる。
そのあと、タスッタさんは、燻製作業のために用意したダンボール箱の中にターキー肉を吊るし、箱を密閉した状態で電熱器のコンロを入れて、一時間半ほど加熱をした。
熱乾燥と呼ばれる工程であるが、時間を半分にくらいにしてオープンで加熱してもいいそうだ。
タスッタさんが借りているワンルームには、ターキーが二本も入る大きなオーブンなどなかったから、燻製に使うのと同じ箱の中で熱い空気に晒しておくしかない。
この熱乾燥が終わったあと、いよいよ本番の燻製になる。
通販で入手したピートとチップをターキー肉を吊るしたままの段ボール箱の中に入れて、火をつけて、密閉してそのまましばらく、二時間ほど置く。
煙がダンボ-ル箱から漏れる可能性があったので、タスッタさんは熱乾燥の段階からこの箱をベランダに置いて、そこで作業をしていた。
タスッタさんが住んでいるマンションは賃貸であるがゆえに、室内に妙な匂いが染みつくと困るのだった。
この燻製が終わっても、すぐにそのまま食べられるわけではい。
いや、食べられないこともないが、そのまますぐだとお肉に味がまだ馴染んでいなくて、どこか煙っぽい風味になる。
燻製が終わったターキー肉をそのまま冷めるまで放置して、そのあとに冷蔵庫に入れてさらに丸一日程度は置いておき、実際に食べるのはさらにそのあと、ということになる。
「へー。
自分で作るとなると、そんなに手間と時間がかかるんだ」
ケーキとシャンパンを持参してタスッタさんの部屋を訪問してきた和田さんが、そういった。
その年は、ちょうどクリスマスイブが日曜に当たっていて、自家製の燻製ターキーを酒肴にして、女二人で飲食する約束をしていたのだった。
「時間がかかるといっても、ほとんど放置しているだけなんですけどね」
それに、手間の方も実は大したことはない。
最初の段階のソミュール液を作る工程が少し面倒なくらいだが、それだって他の料理と比較して大層な手間がかかるわけでもなかった。
「ま、せっかくおいしそうに仕上がったんだから、よしとしますか」
「そうですね」
タスッタさんと和田さんは、そういって頷きあった。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
二人はシャンパングラスを軽くぶつけたあと一口飲み、切り分けた燻製ターキーにかぶりつく。




