表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/126

013:困らせてやるのじゃ

 鳩舞う春霞の空の下、花咲く庭のあずまやで、コズサ姫は宝石のような瞳をきらきら輝かせ、「うわあー!」と言いださんばかりの表情でパンを見つめている。

 そんなに喜んで頂けるなんてパン屋冥利につきるのだけど、むしろ恐縮してしまう。なんと言っても、あたしは根っからの小市民なのだ。

 なんて考えていたその時。


「あ」


 とコズサ姫が声を上げた。こちらに目を向け、続けて曰く。


「茶の湯のしたくをしたというに、持ってくるのを忘れておった」

「え、そんないいですよ」


 あたしはパタパタ片手を振った。

 パンを配達しにきただけなのに毎回お茶して帰るわけにはいかないし、お姫様の御厚意に甘えるのも気が引ける。むしろ昨日は長居しちゃってごめんなさい。

 そう言って遠慮しようとしたんだけど──


「用意して満足して忘れるとは面目ない。取りに行こうぞ、サトコどの」

「へっ」

「ついてまいれ」

「へっ?……ええーっ!?」


 ぴょん、と椅子から下りると、コズサ姫はさっさとあずまやを出て行ってしまった。

 ついてまいれって言うけれど……ええーお城の中まで?

 あたし、入っていいの?

 いや、マーロウさんやコズサ姫は「いい」って言いそうだけど、もしアルゴさんに見つかったら今度こそ斬られてしまうのでは?

 あたしがオロオロしていると、お姫様はニッコリ笑って振り向いた。


「案ずるな。目隠し魔法はまだ効いておる」

「はあ……」

「たとえアルゴに見つかろうとも、サトコどのはわらわの客人じゃ。斬らせはせぬ」


 そう言って回廊まで進み、「ついてまいれ」と繰り返す。

 えーっ。

 でもまあ……しょうがないのかな。なにせ相手はお姫様だ。お姫様は無茶振りをするものと相場が決まっている。たぶん。

 あたしは急いでパンを紙袋に戻し、それを元通りバッグにしまった。いつのまにか目ざとい鳩がテーブルに乗っていて少しぎょっとする。

 小さな後姿を慌てて追いかけ回廊を奥へ、奥へ──やがてしっかりした造りの木の扉が現れた。

 これが城内への入口。

 コズサ姫はそこをぎぎーと開けて、もう一度あたしに笑いかけた。


「エードの城へようこそ、サトコどの」


 ……ひゃー……!

 何だか緊張する。だって異世界の、それもお城の中なんて。

 扉の中は石造りの螺旋階段。ところどころに明り取りの窓があるけれど、今日は薄曇りであまり光が入らない。

 そこをあたしたちはぐるぐる登り、やがてまた木の扉を開け、今度は外に出た。


 うわあ……なんて、良い眺め。


 春霞の空はぼんやりしているけれど、エードの街を一望するには充分だ。

 日本の街並みとはまったく違う。高い建物なんてお城だけ。どこまでも見渡せそうだ。

 どうやら中庭を囲んでいた塔の一つを上り、お城の分厚い外壁の上に出たらしい。

 なんか映画みたい。それこそ中世が舞台の、あれはたしか戦のシーン。

 こんな感じの城壁の上に騎士や兵士がずらっと並び、遠くに見える敵の軍勢を待ち構えるのだ。鏑矢(かぶらや)をヒョー……っと放てば戦闘開始。敵の軍勢が梯子をかけて上ってくるのを、待ち構えて斬ったはったして……

 まあエード城はお堀で囲まれてるから、そんなことにはならないと思うけど。

 今だってこの外壁の渡り廊下には、ぽつりぽつりと見張りの衛兵さんが立ってるだけだ。鳩の方がよっぽど多い。


「良き眺めであろう」


 先を歩くコズサ姫の声に、すれ違う衛兵さんが訝しげに辺りを見回した。

 声はすれども姿は見えず──目隠し魔法、本当に効いてるんだ。


「冬の晴れた朝などは、四方の景色がよう見える。海も山も見渡せる。霊峰“竜巻山”も見えるのじゃ」

「竜巻山?」

「この龍の(しま)でもっとも高い山よ」


 なるほど、それはきっと日本で言う富士山のことだ。

 こっちの世界でもやっぱり霊峰。コジマくんが言うには、マーロウさんも会ったことのないお年寄りの龍がいるそうだけど……それで竜巻山、なんて名前なんだろう。

 コズサ姫に従って階段を下り、さっきとは別の庭へ出る。

 お城は迷路そのもの、一人だったら迷子は確実だ。回廊をぐるりと歩き、いくつかの扉をくぐり抜け、あたしたちはエード城の城館内部へと足を踏み入れた。


 ──なんというか、堅固な要塞、という印象だ。


 塔と同じく石造りの城の中、床も壁も天井も石が剥きだしでひんやりする。鍾乳洞に入った時みたい。窓もやっぱり小さくて、光があんまり入らない。

 最初から住むために作ったお城なら、もっと明るく快適にするだろう。

 昨日お城の中じゃなくてお庭でお茶したのもわかる気がする……だって屋内(ここ)より、お花と星空に囲まれたあずまやの方が、よっぽど気分がいいんだもの。


「いま通っておるのは抜け道じゃ。狭苦しくてすまぬが、もう少し辛抱なされよ」


 コズサ姫はスタスタ先を行く。

 あたしは暗い足元がおぼつかなくて、ついて行くので何だか精いっぱい。何処をどう歩いているのやら、通路を抜け、大小さまざまの扉をくぐり、螺旋階段をまた下りて、いったんお城の厨房と思しき所に入り──

 ──見事にスルーした。

 あれっ。

 お茶の何かを取りに行く、って。

 なのに厨房は素通りって。

 お姫様のティーセットはもっと別のところにあるの?

 元いた中庭からはだいぶ離れちゃったし、えっ、あたしどこに連れてかれるの?

 お茶の何かを忘れたって……ええーあれってもしかして、ただの口実?


「……あのう、姫様」

「コズサでよい」

「いや、そんな呼び捨てなんて」

「では好きに呼べ」


 ああ──どうしよう。

 ほんと、どうしよう。

 そろそろ帰りたいです、なんて今さら言いだせない。言ったところで解放してもらえるとも思えない。

 それにこの目隠し魔法を解いてもらわなきゃならないし……でなきゃ帰れたとして、町中を自転車だけが疾走するという奇怪な状態になってしまう。

 それにそうだ、パンの代金を頂かなくては帰れない。

 ツケ払いは絶対ダメだっておかーさんも言ってたし、何が何でもこれだけは回収しなくては!……ということは、まずはアルゴさんと再会しなくちゃいけないわけで。


「あのう、姫様」

「なんじゃ」

「アルゴさん、何か用事があるって言ってましたけど……」

「うむ。おじじと父上と、三人で秘密の相談があるようじゃ」


 コズサ姫の父上、すなわち今の上様だ。

 上様とマーロウさんとアルゴさん──きっとなにか大事な会議でもしてるんだろう。

 わーこれは時間かかるかも……昨日といい今日といい想定外のことばかり。配達したらすぐ帰るつもりだったんだけどなあ。


「アルゴさんってもしかして、けっこう偉い人なんですか?」


 するとお姫様、ちらっとこちらを振り向いた。

 一瞬目が合い、にっと笑ってまた前を向く。


「偉いかどうかよう知らぬが、あやつは守役(もりやく)じゃ。そうでなければ、父上やわらわと直に話す機会もなかったであろうな」

「守役って姫様の?」

「然様」


 現代で言う、要人警護のSPってことだろう。

 はあ……姫を守る騎士(ナイト)かあ。あんな鳩たくさんくっつけてた人がねえ。

 騎士って感じはあまりしない。(なり)は簡素だし、もっと風来坊な印象だ。「流れの傭兵です」みたいに言われたほうがよほど似合ってる。


「もう十年近くなるか。わらわが本当に今くらいの子どもだったときからじゃ」


 コズサ姫の背丈はあたしの肩の下あたり。サイズで言えば小学生。

 十年ぶんの成長をリセットしても、流れた時間はなくならない。姫様の本当の身長、どれくらいなんだろ……なんて考えてたあたしをよそに、小さなお姫様は十年前に思いを馳せているようだった。


「初めに会うたのはエードではなく、竜巻山を望むおじい様の城でのことじゃ。

 わらわは何も知らぬ小童(こわっぱ)であったからな。おじい様に引き合わされたあやつを新しい遊び相手と思うて、ただ喜んでおった」

「へえー。でも、あんまり遊んでくれそうな感じしないですよね」

「そう、それじゃ!」


 と、声が途端に険しくなる。


「あやつはわらわが何をしても、うんともすんとも言わぬ。まったく、つまらぬ男よ」

「いやー……真面目だからじゃないですか?」

「それはもう色々してやったというに。わざと隠れたこともある。棒きれで勝負を挑んだこともある。無理を言うてやったことなど、百数えても足らぬ!」


 あたしは思わず笑いそうになり、片手で口のあたりをそっと押さえた。

 うーん、けっこう困ったチャンだったのかな、コズサ姫は。

 そういうときアルゴさんはどうしたんだろう……そう言えば昨日も小っちゃい手でぽかぽかぶたれて、あの人余裕で笑ってるだけだった。きっと一枚も二枚も上手(うわて)な、大人の余裕ってやつなんだろう。


「あやつはわらわが何をしても困った顔ひとつせぬ。それが悔しゅうてならぬのじゃ」

「昨日も笑ってましたもんねえ」

「あれだけ打たれてなお笑うなど解せぬやつよ。サトコどの、どう思われる?」

「えっ、あたし? あたしは……」


 むきになっちゃってかわいいなーって思ったんじゃないですか。


 言いかけてごくんと言葉を飲み込む。これを聞いたら姫様はますますご機嫌斜めになるのでは──そんな気がしたのだ。

 代わりにもにょもにょ言葉を濁す。

 コズサ姫とアルゴさん、どちらにもなるべく失礼じゃないように。


「……なんででしょうねえ。痛くなかったんですかねえ」

「痛くとも痛くなくとも、打たれたことに変わりはなかろう。少しは怒って見せればよい。アルゴのやつ、わらわのことでもそっと困れば宜しいのじゃ!」


 口を尖らせるコズサ姫の後ろで、あたしの口元はニヤニヤと緩んでいる。

 これって、あれよね。

 特定の相手を困らせて気を引きたいっていう……うん、これ以上は言わないでおこう。きっとご本人は、そんなことないって仰るだろうし。

 かわいいじゃん。

 そりゃアルゴさんだって笑うと思いますよ、姫様。


 当人たちがどう思うかは知らないけれど、あたしは妙に気持ちがほっこりして、石造りの城の寒々しさが気にならなくなってきた。

 今歩いているのがお城のどのあたりかは、相変わらずさっぱりわからない。

 時々すれ違うお城の人たちを──それぞれどんな仕事のためにいるのかはわからないけれど──そっとやり過ごし、あたしたちは少し天井の高い、広間のような空間に出た。

 たぶん玉座の間とか、謁見の間とか、そんな感じの場所だろう。窓から射しこむぼんやりした光が少しずつ傾いている。

 ああ、夕方になっちゃう……あたしいったいどこに連れて行かれるんだろう。

 とにかく代金だけは、きちっと回収しなくては。


「あのう、姫様」

「なんじゃ」


 このやり取りも何回目かな。こんなお城の奥深くまで連れて来られちゃって。


「アルゴさん、どこにいるんでしょうかねぇ」

「ほおーサトコどのはアルゴに用があると申すか」

「や、別に急ぎじゃないです。最後で大丈夫です」


 あちゃー、だめだこりゃ。こんな時ばかりは事なかれ主義の日本人気質が恨めしい。

 こっそり後ろで息をつくあたしに、コズサ姫は言葉をかける。

 本日何度目かの──


「案ずるな。アルゴに用があるのはサトコどのだけではない」

「はあ」

「わらわもじゃ」


 そして「にぃーっ」と笑った──それはもう、いたずらな顔で。

 あ、なんか。

 すっごく嫌な予感がしてきた……


「もうすぐじゃ。この階段を上がった先の、突き当りの部屋よ」


 そう言って玉座の間の脇の階段を、とんとんと上がって行く。あたしはくらくらし始めた頭を片手で押さえながら後に続いた。

 もうぜったい、ぜったい、ティーセットじゃない。

 アルゴさんがティーセットを持ってるはずがない。

 目隠し魔法であたしをここまで連れてきて、何を企んでるんですか姫様──とは切り出せず、その代わり極めてソフトにこう訊ねた。


「あのう、姫様のご用って……」


 あたしは代金の回収ですけど……

 階段を上がりきり、コズサ姫はくるりと振り向いた。


「決まっておろう」


 そしてあの笑顔。にぃーっと目を細めて、仰ることには。


「アルゴのやつを困らせてやるのじゃ」


 ……そのお顔の楽しそうなことったら!

 あたしは本格的に痛くなってしまった頭を抱えて、小さく「うぇぇ」と溜息をついた。

 ああーどうかどうか、ちゃんとおうちに帰れますように……




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ