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21.理想通りの

「そりゃあ随分と印象が良くなったもんで」

「まあ、最初が最悪でしたからね」


 むしろ、もしかしたらそのせいで『案外いいやつかも』のハードルが下がってしまった……のはあるかも知れない。


「いきなり脅されて、しかもトドメに強引にキスされて、最悪以外のなにものでもなかったわ」

「そうかよ」


 ジュードは頬杖つきながら短く答える。


「そういえば、なんであの時、キスしてきたのよ。……脅すだけでよかったでしょうに」


 私はジュードを見つめながら、目を細める。

 改めてその時のことを思い出すと、何かひとつ文句でも言ってやりたくなった。


(あなたが意外とこういうこと言われると気まずくするのわかってるんだからね)


 思った通り、ジュードは片眉を小さくひそめ、目を眇めていた。言い訳を考えているのか、口元に手をやり、視線が彷徨う。

 逡巡の末にか、数秒の間があってから、ジュードは口を開いた。


「……キスをしたんじゃねえ」

「え?」


 掠れた低音は聞き取りづらく、私はきょとんと目を丸くして顔を上げて彼を見上げた。


「キスをした、じゃねえ。抱けなかっただけだ」


 ジュードは背を屈めて、今度はハッキリとした声音で私に告げた。


「だ……えっ!?」


「俺は本当はあの時、アンタを抱くつもりだった」

「ば……な、な、なに!?」

「身体の関係があれば有無を言わさず婚約するしかなくなるだろ。そうするつもりだった」


 口をパクパクとさせるが、動揺しすぎて舌が回らない。


「――だから、あん時はキス《《を》》したんじゃねえ。アンタを抱けなかったから、キスだけになっただけだ」

「そん……」

「まあ、結果的には、思いのほかアンタの聞き分けがよかったからな。これですんでよかった」

「……なんてヤツなの」

「そういうヤツだ、って知ってんだろうが、アンタは」

「……知らなかったわよ。さすがに」


 口づけだけで腰を抜かしていたのに、まさかそれ以上の貞操の危機があったとは――。


 冷静に考えればジュードの言う通り、あの時無理やり身体を繋げられてしまっていたほうが彼の要求を考えれば合理的ではある。彼の言い分を頭では理解できる。だが、彼の人となりも知っている今それを聞かされるのは驚きが大きかった。


「でも、そんなこと言っても、実際、抱けなかったわけでしょ。私のこと……」

「まあな。口付けたときのアンタの顔見たら、無理だった」

「萎えた、ってこと?」


 ジュードは皮肉げに薄く笑った。


「……何それ、好きな子でもいたの?」

「なんだよその理由」

「できなかった、っていうから」

「小難しい理由なんかねえよ、さっき言ったまんまだ。アンタの顔見たらできなくなった。それだけ」

「……あっそ」


 追求する意味もないから、これ以上は別にいいかと引き下がる。


 まともに理由を考えるなら、彼はこうして口で言うほど無慈悲なことを淡々と遂行できるような人間ではないから、理屈ではそうでもできなかったのだろう。


 この国をクラークスの魔の手から救うためには手段を選ばないという決意はあったはずだ。だから、彼は私を脅した。私を利用しようとした。


(……抱かれてたら、今みたいな関係にはなっていなかったでしょうね)


 もしも彼の予定通りになっていたとすれば――私は今ほどジュードのことを信頼できていなかったと思う。彼がどんな行いをして、どんなことを語ったとしても、ずっと彼を警戒し続けていた。クラークスの話だって、信じなかったかも知れない。


 そうしたらきっと、ジュードは一人でクラークスと戦うことになっていた。私は脅して利用して動かすだけの駒だったことだろう。それはあまりにも、孤独で無謀すぎる。


「私、よっぽど嫌な顔してたのかしらね」

「まあな」


 あまりジュードが気にしすぎないようにわざと少し拗ねたように言ってみたら、すんなりと肯定されてそれはそれで少しムッとする。


「キスってもっと素敵なものかと思ってたの。あんな風に初めて人とキスするとは思ってなかったから」

「――悪かったよ」


 そっぽを向いてそう言うと、耳に聞こえてきたのは謝罪の言葉だった。


「コルネリア」


 名前を呼ばれて振り向くと、思いのほかジュードは真剣な表情をしていて少し驚く。


「次はアンタの理想通りにキスしてやるよ」

「は、はあ!?」


「俺と婚約してんだから、俺以外とキスなんかできるわけねーだろうが。だからやり直したいなら俺がやってやる。言え、希望を」

「な、なに言ってんの!?」


 希望!? キスの!? どういう!?


 ジュードに、こんな場所でこんな流れでこんな感じでキスしたい、って言って、してもらうの? 私が?


「ク、クラークスをどうにかできたら! 婚約関係の解消もできるでしょう!?」

「まあな。俺たちを支持してた国民たちは悲しむだろうがな」

「お、俺たち……っていうか、王族と聖女の結びつきを喜んでた人たちでしょ、それ」


 私は実際には偽聖女なわけだし。


「はー、最低最悪の俺とはもうしたくないってわけだな。まあ無理もねえか」

「……ねえ、なんかあなたもちょっとホッとしてない?」

「気のせいだろ」


 やれやれと肩をすくめるジュードはなぜかちょっとスッキリした雰囲気だった。


 ……コイツもコイツなりに、ちょっと気にしてたのかしら。無理やりキスして脅したの。

 ちゃんと初めてその時のこと話せて、少し気がすいたのかしら。


(……ちゃんと最初から事情を説明して脅しじゃなくて協力を求められていたとしたら、私たちどんな感じになってたのかしらね)


 もしも抱かれていたとしたらの想像よりもそっちの方がなぜか想像するのが難しかった。

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