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厄病女神一行温泉最終日


 俺たちの温泉旅行は翌日で最後であった。

 延長もできたのだが、あまりにも鳴嶋館の人々に迷惑を掛けるのは本意ではないし、あんまり何もしないでぐうたらしていると色々と問題があるしな。少し我が居宅や未読の本の山なんかが恋しくなった為でもある。

 遊覧船やら水族館やらに行った日。俺と絹坂が帰ってくると、俺たちの仲間連中は既に出来上がっていた。いや、二十日先輩が1人で出来上がっていた。

「後輩ー! 飲めー! 皆、付き合い悪いんだー!」

 帰ってきて早々にビール缶を押し付けられ、俺は渋々とそれを飲み干した。先輩に付き合って、酒ばっか飲んでいたら、今に肝臓だか腎臓だかを悪くして死にそうだ。

 そうして、温泉旅館最後の夜は、たらふく飯と酒を消化器官に詰め込んで、腹をぐるぐるな状態にさせるような感じに更けていった。


「…………うぷぅっ!?」

 突然やってきた強烈な吐き気によって目が覚めたのは再び太陽が再び我が国に光を当て始めた頃であった。

 俺は布団を跳ね上げながら飛び起き、便所に急行した。布団や畳の上に反吐をぶちまけるよりも、便器の中に吐き散らかす方がはるかに良いことは考えんでも分かる。

「うあー……」

 存分に胃の中にあった元食べ物たちを吐瀉としゃした後、意味もなく呻いた。口の中が酸っぱいような苦いような例の気持ち悪さに満ち満ちている。

 うがいをしてから、歯を磨いた。

「うむ、少しマシになったな……」

 1人呟いてから、洗面台で暫しぼーっとする。

 何も考えないで無意味にぼーっとしているわけではない。これからの行動を思案しているのだ。

 今日は、朝飯を食った後、荷物の整理をして、チェックアウト。行きと同じ名前の特急に乗り込んで、帰っておしまい。旅行は家に帰り着くまでが旅行です。

 しかし、せっかく、温泉に来たのだ。もう一度くらい、湯に入るのは良いことではないだろうか。うむ、妙案だ。

 俺は思い付いた考えに1人頷き、1人で風呂に行くことにした。

 時刻はまだ超朝方で、まだ宿泊客どもの殆どは、怠惰たいだに眠りこけているようで、こんな刻限に温泉に行こうという奇矯ききょうな奴は俺だけのようであった。

「うむ。誰もいない大浴場というのも良いものだな」

 俺は珍しく機嫌よく満足気に呟いた。

 体と頭を洗ってから、適当な風呂に浸かった。

「あーううー」

 やはり、お湯に入る瞬間は何故か声が出るな。

 何となく桶を持って、床にちょっと乱暴に置いてみる。

 カポーン。

 うん、やはり、この音だな。温泉はこの音がないとダメだ。

 ふと、檜風呂が目に入った。ふむ、入ってみるか。

 檜風呂は檜の風呂らしく、当たり前だが、やっぱり檜に匂いがした。

 俺は檜風呂で暫しの間、感慨に耽ってから露天風呂に向かった。やはり、温泉は露天風呂に行かねばならんだろうよ。

「先輩ぃー!」

「何ぃっ!?」

 女湯から響く大声に俺は仰天した。今、何時だと思ってるんだ!? 何故に絹坂がいるんだ!?

「絹坂! 何故、貴様がそっちにいる!?」

「あー。先輩、いたー」

 向こう側からはのん気な声が聞こえてくる。

「貴様! 何だって、そこにいる!?」

「えー? たまたま、朝早くに起きて、たまたま温泉に入りに来て、たまたま、先輩がいないかなーと思って叫んでみただけですよー?」

 嘘こけ。そんな御都合主義は認めんぞ。大方、俺が風呂に行くのに気付いて、後を付けてきたのだろう。

「はぁ……。まったく、貴様は……」

 俺は呆れて溜息を吐く。

「貴様はって何ですかー?」

「何だって、貴様は俺に付きまとうのだ?」

 これは高校時代からずっと聞きたかった質問だ。そして、何度もしてきたが、その度に何だかんだとはぐらかされてきた。

 しかし、あの例の一件からは、答えが変わったようだ。例の一件とは、つまり、あの絹坂の問題発言のことであってだな。

「何でって? 先輩が好きだからですよ?」

 そうだった。少し前にこいつは、そんなことを言ったのだ。あろうことか、俺の友人どもがいる場で。

「むぅ……」

 俺は閉口せざるをえない。何と言えば良いというのだ? ぶくぶくと湯の中に沈んだ。

「先輩?」

「何だ?」

「先輩は私のこと嫌いですか?」

 何つーことを聞いてくるのだ。阿呆か? これは青春ドラマか? 露天風呂から同じ風景を見ながら、こんな会話をするとは下らん。

「先輩。答えてください」

 何だって、お前はこーいう時は間延びした声じゃないのか。卑怯臭い。

 ええい、少し茹だってきた。苦し紛れに答えてやる。

「嫌いではない」

 女湯の方で湯が跳ねる音がした。

 そして、男湯と女湯の境の壁に、何かががん!とぶつかった。

「本当ですか!?」

「ん! あ、あー、嘘だ!」

「えー!? 何で、先輩はそんな意地悪なんですか!?」

「喧しい! 黙れ黙れ!」

 伊豆旅行最後の日の早朝は、そんな感じであった。

 後は普通に朝飯を食って、特急に乗って帰った。帰りは何故か妙に京島が静かな気がしたが、まあ、彼女はいつも落ち着いている奴であるから、気のせいであろう。


「ただいまですー」

 我が居宅に帰り着いて、絹坂は開口一番にそう言った。

 お前の家ではないぞ。まあ、もう殆ど居着いてしまっているのだがな。

「伊豆旅行楽しかったですねー?」

「む。うーむ」

 絹坂にそう言われ、俺は曖昧に頷いた。

 楽しくなかったと言っては嘘であるからな。やれやれ。俺もかなり牙を抜かれたものだ。

「今度は2人っきりで旅したいですー」

 いきなり、絹坂がそんなことを言ってきて、俺は即座に怒鳴った。

「それはいかん!!」

「えー? 何でですかー?」

「いかんもんはいかん! 絶対にダメだからな! そんなんに行くくらいならば、パンツ一枚で大学構内を一周する方がマシだ!」

「何でですかー! それは酷いですよー!」

 絹坂は怒ったらしく普段は垂れ気味の眉根を寄せて、ぽかぽかと俺を叩いてきた。

「煩い! とにかく、そんな旅行はダメだ! そんなもんは永久にない!」

「先輩酷いです! ぶーぶー!」

 俺と絹坂は怒鳴りあいながら、ぽかぽか叩いたり、ばしばし叩いたりし合った。

「君たち、旅行から帰ってきたばっかなのに元気だねー?」

 台所の窓から柚子が呆れたような顔で言った。

 絹坂と一緒にすんな!


これで温泉旅行編は終わりです。

何だかダラダラと長引いてしまいました。

さて、次回で50話であり、総読者数が、そろそろ20000超えそうでございます。

何か特別企画をやったら良いような気が……。

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