126話 姉たちは優しい
砂漠に広がる……いや、もはや砂漠なのか? ここは。
砂から生えて来る異形の植物たち。血を求めて牙をむき出しにし、駆け付けた俺と次期精霊王に明確な敵意を向けている。
先ほどから体が異常にプルプルしているのは、恐怖からかと思っていたが、ここ寒い!
砂漠が氷におおわれて、あたり一帯本マグロを保存している巨大冷凍庫状態だ。
マイナス40度くらいありそう。いや、まじで。垂れた鼻水が一瞬で凍ったぞ。
ボロボロの戦士長は既に意識を失っており、それでも尚、彼の周りの砂は彼を守ろうと体の周りを旋回する。凄いや。あそこまでスキルを極めた人っていうのは、あんな状態になって尚スキルが自動で操作される。まるで意志を持っているようだった。
ここで何があったのかは明白だ。
賊と呼ばれる二人組と、戦士長バッサールがぶつかった。戦士長様が負けるなんて想像すらしていなかったが、ここに来てそれもあり得るのだと理解した。
駆け付けるまでずっと不安な気持ちを抱えていた。
あわよくば、逃げれませんか? とか邪な考えが出て来たことも一度や二度じゃない。八回はあったはず。
けれど、ここに来て俺は笑顔をみせることができた。
こんなの、笑わずにいられようか。
「姉さん! カトレア姉さん、ラン姉さん!! 俺だよ、ハチだよ!! 何があったか知らないけど、戦士長様は敵じゃない! 誤解なんだ。俺たちは戦う必要なんてない!」
大声で二人に届くように伝えた。
二人は旅衣装であるローブを身にまとい、顔を隠すように深々とフードまで被っている。けれど、俺にその正体が分からない訳もない。
もうオーラが溢れちゃってんだよね。大物特有の、濃く、圧倒的な、我凄いですよオーラが自然とね。
根拠はオーラだけではない。異形の植物たちも、地平線の先の砂漠まで覆ってしまう氷のスキルも、これは全部姉さんたちのスキルだった。こんなこと姉さん達以外にできるはずがない。
泣いちゃいそうだ。
戦士長様を倒しちゃうような化け物と戦わなくて良い安心感と、ずっと再会したかった姉さん達と偶然にも会えたことで、涙腺がうるうると緩んでいく。
あっ、流れた涙も一瞬で凍りました。ここ、ほんと冷凍マグロしか喜ばないくらい寒いです。
まつ毛の周りに微細な氷粒がまとわりついて、なんだかオシャレな感じになっている。
乗っていた精霊様の背を降りて、自分の脚で姉さんたちの元に駆け付ける。
俺はずっと寝ていたから実感がわかないが、実に2年半ぶり以上二人には会っていなかったのだ。
きっと話すことは山のようにある。ここで砂の一族に良くして貰ったことも二人に伝えたかった。
なのに――。
カトレア姉さんと思われる女性が手をかざすと、俺の行く手を遮るように植物たちが地面から生えて来て、獰猛な獣が小さなウサギを仕留めんとするばかりに襲い掛かって来る。
なんとか躱したが、攻撃された部分の地面は氷が抉れ、植物自身も葉を散らして突進の衝撃の凄まじさを伝える。
「カトレア姉さん!? 俺だって、ハチだって! うそでしょ? 今の当たってたら冗談じゃすまないから!!」
小物、砂漠に散っちゃうから!
「強くなきゃ本物のハチじゃない」
「これまでも偽物がいた」
「はい?」
ラン姉さんまで何を?
2年半の間に二人とも体が少し成長したらしい。俺ほどじゃないにしても、声も少しだけ変わっていた。
けれど、それでも間違いなく二人は姉さんのはずで、いつも俺を大事にしてくれていたはずなのに……。
「学園を卒業した後、官職に強く様に誘われたわ。けれど、私たちは行方を眩ませたままの愛する弟を探すことを優先した。私たちに恩を売りたかったのでしょうね。いろんな情報がやってきたわ」
「嘘情報ばかり。中には嘘ハチまで」
「嘘ハチ!?」
何それ。誰かが俺になりきっていたってこと!? 無理あるってそれ! ずるさが小物だけど、小物くらいしか共通点ないでしょ。
「中には、ハチはもう死んだから諦めてと諭して来る人達もいた。けれど、私たちは知っている。あの強くて優しいハチが死ぬ訳ないと。さあ、証明しなさい。あなたが私たちの愛する弟である、本物のハチだってことを」
「そのために砂漠の隅々まで探してた。暑かった……」
賊の正体は姉さん達で、二人がこの砂漠の地にやって来たのは俺が生きていると信じて、ずっと探していたから?
もしかして、聖域と呼ばれる場所にも入ったのは、本当に隅々まで見て回り俺を探すためだったのか?
嬉しくてまた泣いちゃった。すーぐ涙が凍る。いてて、涙が凍るとちょっと痛いんだな。
目元を拭って、少し笑いもした。
「まったく、いかにも姉さん達らしいですが、俺そんな聖域みたいな変な場所になんていませんよ。もっと人が住んでいる普通の場所から探して下さい。姉さんたちはそのせいで、砂の一族の間で賊扱いですよ」
「構わない。ハチを見つけるためならどんな犠牲も払うわ。それに、ハチは変な子だもの。聖域の隅っこで寝ているかもしれないでしょ?」
「見落とし厳禁。ハチはどこにいてもおかしくない」
二人の間で俺は一体どんな生体系の生物なんだろう。
懐かしくて、嬉しくて、でももどかしい。この感じ、間違いなく姉さん達だ。
カトレア姉さんが植物に何か渡すと、植物が蔦をしならせてそれを投げつけて来る。
俺の武器、変刃だ。
体が少し大きくなって扱いが若干以前と感覚が変わるが、でも今の方がグッと……しっくりくる!
体の周りでクルクルと回し、準備運動を終わらせておいた。
槍形状にし、バシッと刃を二人に向けて構える。ヤー!
「カトレア姉さん、ラン姉さん。この小物ハチ、いろんな修羅場をくぐり抜けてそれなりに強くなっていますが、敗北の覚悟は出来ていますか? 多分ですが、2%くらいの確率で俺が勝っちゃいますよ」
いや、多く見積もりすぎたか? 1%くらいにしとくべきだったかもしれない。
「ふふっ、見せて頂戴ハチ。あなたの成長を」
「ハチ、勝ったら鍋を分けてあげる」
「もう認めてるじゃないですか、俺が本物だってことを!」
こんの! 頑固者の愛すべき姉さん達よ! 絶対に悪ふざけで楽しんでいやがる。
少しくらい痛い目みせてやる。小物の本気、見届けよ。
「来るわよ、気を付けてハチ」
カトレア姉さんの声と同時に、足元から植物が噴き上がる。さっきのよりも図太い植物だ。蔓というより、もはや獣の体に見える。太く、速く、意思を持って俺を絡め取ろうとする。
攻撃を躱しながら変刃でその太い蔦を斬りつけるが、植物とは思えない硬さをしていた。
「い゛っ!?」
頭上から、空気が一気に冷えた。ラン姉さんの氷スキルだ。
まるで鎧のように、植物の表面を瞬時に覆い、硬度を上げる。蔓はしなやかさを失わないまま、鋼のような硬さを得ていた。
一人一人の力が凄まじいのに、連携力が完璧だなんて……。こりゃ気を抜いたら一瞬で死んじゃうな。
でも、悪くない。俺も結構動けていた。
一歩も引かず、右腕を前に出した。
黒い魔力が、指先から滲む。
姉さん達でも、この力は知らないだろう。修理スキル発動。黒く細い魔力が出て来て、空気そのものが歪み、辺りの光が吸われ、魔力の黒が際立つ。
「ラン、あれを知っている?」
「知らない。でも、なんかあれやばそう」
姉さんたちが小さく緊張した息を吐くのが聞こえた。二人が呼吸を乱すなんて珍しい。それだけで俺はもう満足して、この出来事を手紙に記してノエルに長文お気持ち文章を送れてしまいそうだ。
姉さんたちの攻撃は止まらず凄まじい。
迫る蔦を、俺は掴んだ。
掌の皮がむけて血がにじむが、狙いは成功。
蔦を掴んだ植物が傷ついた獣のごとく悲鳴を上げる。
黒い魔力が、蔓を構成する魔力を削り取っていく。握った部分から侵食が始まり、植物が徐々に枯れて行った。
植物を守っていた氷も砕け、植物が灰色に変わり、粉のように崩れ落ちた。
「わお、正面からあれを突破したのはハチが初めてね」
「ハチ、凄い。カトレア、そろそろ全力」
「もちろんよ」
全力で、と言ったのは本当だったみたいだ。
本当に殺す気で来ているらしい。それだけ俺の力を信頼してくれているのは嬉しいのだが、本当に死んじゃいますよ!? いいんですか!?
次に来たのは広範囲攻撃だ。
地面一帯がうねり、無数の細い蔓が同時に襲いかかる。上からは雹と呼ぶにはいささか大きすぎるボーリング玉サイズの氷が降り注ぎ、動きを封じに来る。
慌てて解決策を講じる。
右腕を地面に叩きつけた。
黒い修理スキルを使い、黒い魔力が地を覆う氷の中を波のように広がる。
黒い魔力に触れた途端植物の動きが悪くなり、地を覆っている氷も解けて水となり砂に吸われていく。この黒い魔力は通常の魔力を侵食する効果がある、非常に強い力だ。
「ふーん、あの黒い魔力は随分と厄介ね」
「厄介ハチ」
カトレア姉さんが苦笑いする。
魔獣が使用していた時は心の底から恐怖したこの黒い魔力。自分の力となった今、こんなにも汎用性が高いとは思わなかった。あの最強姉さんたちの力に対抗できている!
「ラン、あれをやる」
「うん、カトレア」
地面に罅が入る。罅が次第に開かれ大きな割れ目となり、大地が、地震が起きたときのように揺れ始める。
大地の奥から轟音が聞こえて来た。
植物の樹木と氷が絡み合い、らせん状に幹を作った大樹がせり上がる。
スキルで生み出された巨大な樹木!
――氷華螺旋樹……!!
幹が今尚絡み合い、空に向かってねじれながら伸びていく。以前に見たものより、太さも高さもけた違いになっていた。まるで砂漠の地に突如生えて来た世界樹のごとし。
ずっと指がかじかんで器用に動かせない程寒かったのに、更に気温が急低下した。
姉さんたちの被っているローブの布製の生地がパリンと崩れる程の冷気。
成長しきった氷華螺旋樹は一瞬の間を置いて、ドスンと音を立てた。葉が何千枚という単位で一斉に大地に降り注いでくる。
葉一枚一枚から強力な魔力を感じられる。どれだけの魔力が込められているんだ!?
膨大な魔力の塊が空から降り注ぐ感覚。当然逃げ場などあるはずもない。
「凍結、固定」
足元からパキパキ音がして視線を落とすと、足が氷に覆われていた。
固い! 外れない!
氷華螺旋樹ばかり見ていたせいで、地を這うラン姉さんの氷スキルに気づけなかった。
元々逃げ場なんてないいのに、動きまで封じられた。
こんなの、あまりにもオーバーキルだよ!
仕方ない。あれを試してみるしかない。
左腕を前に出した。
激情の神から貰った神の左腕。
神の魔力を借りて、修理スキルを発動する。
これと同時に神から貰った目も開眼した。氷華螺旋樹の、地を這う氷の、異形な植物たちの中を流れる魔力が全部この目に見える。いつもイレイザー先生が見ていた景色がこの瞳の中に。
修理スキルを地面に突き刺し、氷スキルを流れる魔力の道を断ち切る。魔力の流れを断ち切ると、足を固定していた氷が解けて水になって行く。
足はなんとかなった。けれど、あれを止めないとやばい。
走って氷華螺旋樹へと迫るが、道を塞ぐ異形の植物たち。
その植物たちの体内にも魔力が流れる道筋がある。
そこに修理スキルを突き刺していき、魔力の流れを止めると、植物たちはしなしなになって倒れ、種を残して息絶えて行った。
姉さんたちの講じるあらゆる障害を乗り越えて、ようやく氷華螺旋樹の根元に到着する。
幹の中を、二本。太い魔力の道筋が通っている。きっと片方はカトレア姉さんのもう片方はラン姉さんから魔力が供給されている。
こんな構造になっていようとは。
幹に手を当て、修理スキルを魔力の通り路にぶっ刺した。
片方に神の魔力を。もう片方には黒い魔力を流し込み、氷華螺旋樹に供給される魔力を乱していく。
狙いは的確で、突破不可能だと思われてた氷華螺旋樹の幹がピキピキと音を立てて砕け始める。
無数にのび放題だった枝が地に落ち始める。咲き乱れた葉と氷の実が自らの意志に反して枯れ落ちる。
そうして、根元がぐらつき始め、天にまで迫ろうとしていた氷華螺旋樹が傾き始め……倒れ始める。
天変地異かと思わせる規模の巨木が倒れ、砂へと打付けられて大地を揺るがす。
その栄華は尽きた。氷華螺旋樹は水と種を残し、霧状の魔力となって姿を消したのだった。
「氷華螺旋樹、攻略なり」
姉さんたちの方に視線を向ける。
俺が氷華螺旋樹を止める間、二人が邪魔しなかったのは油断故か、それとも魔力の使い過ぎて動けなかったのか。後者に賭けて、ここで畳みかける。
変刃を握りしめ、おそらく膨大な魔力を使って疲労している二人を叩くことにする。俺が勝つとしたら、この隙以外にはあり得ない。
刃を向けて、距離を詰める。
俺も相当な魔力を使用したが、無限身体強化のおかげで消耗はほとんどない。この体力の差が、決定打となり得る。
攻撃範囲に入り、横薙ぎ。
カトレア姉さんが、紙一重で躱す。
返す刃。
今度はラン姉さんが、氷を薄く纏わせた腕で受け流す。
「……っ!?」
ガードが重い。
受け止められただけなのに、こちらの腕が痺れる。
冗談じゃない。消耗した状態でこれか。
二人は接近戦も達人級だ。反撃を受ければ、一発で落ちてもおかしくはない。
魔力が減っているはずなのに、反撃でやってくる近接の一撃一撃が、やけに鋭い。
カトレア姉さんの蹴りが頬を霞め、刃物で切られたように肉が割かれた。ひえー!?
知ってはいた。
知っていたけど、実感すると話が違う。やっぱりこの二人は化け物だ。
それでも、押す。今意外に勝ち目なんてないから。
変刃を振るい、間合いに入り続ける。
一歩、また一歩。
息が荒いのは、確かに姉さんたちの方だ。
魔力を使い果たした後の、重たい呼吸。
なのに——表情が、余裕すぎる。
「……ん?」
おかしい。
詰めているのは、俺のはずなのに。
姉さんたちの表情、追い詰められている顔じゃない。
その真意を理解するのに、時間はあまり必要なかった。
視界が、歪んだ。
ぐにゃりと、世界が傾く。
焦点が合わない。
インフルエンザと泥酔が同時に来たような感覚。
一歩踏み出そうとして、足がもつれる。
力が、うまく入らない。
「ハチ」
カトレア姉さんの声が、やけに落ち着いて聞こえた。
「気づいた?」
何を。
答えようとして、喉が引きつる。
舌が、痺れている。
その瞬間、嫌な感覚が腹の奥から込み上げてきた。熱い。
「……毒、ですか」
絞り出すように言うと、ラン姉さんが小さく頷いた。
「氷華螺旋樹、毒持ち。花粉、樹液、破片。とても強力。あんなに近づいちゃダメ」
視界が、さらに揺れる。
そうか。
氷華螺旋樹を攻略したと思った時点で、俺は姉さんたちの強烈なカウンターを貰っていたのか。
変刃が、手から滑り落ちた。
足元に落ちたはずなのに、金属音が、やけに遠く聞こえる。
「……くそ」
膝が、地面に落ちる。
力が、抜けていく。
姉さんたちが、目の前に立つ。
もう抗う力などない。
強い。強すぎるよ。こんなの勝率なんて0.1%も無いじゃないか。
けれど、まだ諦めたくなかった。
姉さんたちが俺を試すために作ってくれた機会。こんな大物と戦える機会なんて、もう二度とないかもしれない。
俺は頭を捻りに捻って、一つの策を打つことにした。
舌を噛んで、血を口の中に貯める。
「勝負ありね、ハチ」
「楽しかった、ハチ」
二人とももう俺のこと本物って認めてるじゃん。絶対に楽しむためにボコボコにしているだけじゃん!
まあいつの時代も、弟は姉のおもちゃにされるものだ。
けれど、たまには痛めを見て貰う!
貯めに貯めた血を、豪快に吐き出した。
ごぼっ!
血が勢いよく吹き出し、砂を赤く染める。血はまだ流れ続け、口からだらだらと垂れる。
「……!? どういうこと!? 氷華螺旋樹の毒は麻痺性にしたはず!」
「カトレア、ミスしちゃったの!?」
「そんなはずはない。致死性の毒にするにはもう少し魔力が必要。そんなに魔力は使っていない」
「ハチ、死んじゃう!?」
「急いで治療をするわ。きっと……まだ間に合う」
カトレア姉さんが種を砂に埋め、砂から植物を生やし、植物が俺の血管に棘を突き刺して何やら成分を流し入れ始めた。
やっぱりだ……。くくくっ……。
治療の効果はてきめんだ。
先ほどまでめちゃくちゃ視力の悪い人の視界みたいになっていたのに、徐々にくっきりと見え始めた。
姉さんたちに気づかれないように、手をグッパグッパしていく。
うごく……!
心配そうに治療を見守る二人。
苦しんでいるふりをして傍にあった変刃を手繰り寄せ、刃の形を斧状に変える。
ぱっと起き上がり、カトレア姉さんとラン姉さんのちょうど間、どちらの首も取れる位置にピタリと突き出した。
「勝負あり。騙されましたね、姉さんたち」
くくくっ、これが小物の戦い方だ!
姉さんたちが俺のことを大事に思っている、それを信じて俺は賭けに出た。
舌をかみちぎって血を出して、まるで毒に冒されている状態を偽装する。
心配した姉さんたちは無防備で治療してくれるはずだ、と信じて作り上げた策だ。見事に成功し、俺は姉さんたちの首筋に変刃をピタリと沿わせていた。
卑怯、卑劣、卑猥……卑猥? まあいい、全ての侮辱を受け入れよう。小物と戦うときはな、相手のずる賢さを舐めない事だ。
変刃を首筋に当てられたカトレア姉さんとラン姉さん。一瞬二人はぽかーんとしていたが、すぐにクスクスと笑い始め、次第にその笑いは我慢できないくらい大きなものになり、お腹を押さえて大笑いしていた。
「あー、おかしい。ハチにしてやられちゃった。最後の最後、あんな状態でこんな騙し討ちを考える?」
「ハチ、脳みそ柔軟。おもしろい、かわいい」
二人は軽く涙を流して笑っている。どれだけツボったんだよ。二人の涙は凍らないんだね。この極寒のフィールド効果を受けないのは、二人のスキルにまだ秘密があるからだろう。まだまだ二人には余裕があったか。遠いなぁ、この二人は本当に。
「ハチ、来なさい」
「おいで」
変刃を地面に突き刺し、二人の元に歩み寄った。
二人が同時に抱きしめてくれた。
ぎゅっと強く、強く。2年半会えなかった分の想いを込めて。
「生きていると信じていた。ずっとずっと、それだけを信じて探してたわ」
「お帰り、ハチ」
「……はい! ……ご心配をおかけしました。カトレア姉さん、ラン姉さん」
気づけば俺は、抱きしめられたまま、また泣いちゃっていた。やっぱり涙は凍った。
それと、これも急いで伝えなければならない。
「戦士長様をそろそろ治療してあげてください。あの人、そろそろ冷凍マグロになっちゃいそうです」
あの人、いい人なんです。本当に!





