125話 やっぱ最強なんすわ
砂漠が渇きの時期に入った。
渇きの時期に入ったからといって、急に水がなくなる訳じゃない。
生活の知恵で皆水は蓄えているし、砂漠に生えるサボテン類の植物からも水は補給できる。
通常渇きの時期は1ヶ月くらいで終わるらしいから、この時期は活動量を減らして、余暇を楽しむのだそう。
一見やばそうなイベントなのに、逆にその期間を楽しんじゃおう! だなんて、逞しいわね砂の一族。
今は移動都市アラ=ファルマを離れて、戦士長様の故郷に当たる集落に戻っている。やはり田舎育ち故かな、アラ=ファルマのような人が多い場所は疲れてしまう。集落のゆったりして静かな空間が、やはり俺に合う気がした。
お世話になるのだからしっかり働かせて貰う予定だったのに、余暇の期間は働かない事こそ美学なのだと諭されてしまった。なので、最低限必須の雑事しかやっておらず、暇を持て余している。
天幕内で筋トレやスキルを磨くくらいしか時間をつぶすことがなかった。
そういえば、族長様から頂いた『聖域の水』だが、まだ売らずに手元に置いてある。瓶に入れられたままだ。
渇きの時期に入ると、この水は魔性を帯びると聞いていた。飲まずにはいられない程強烈に人を魅了するのだと。
……ごくり。
確かに、そう言われてしまえばそういう気分にもなってくるのだが……普通に我慢できた。はい。
飲みたいか飲みたくないか二択で問われたら、当然飲みたい。やはり人を惑わす力があるのだろう。
けれどね、余裕で耐えられる。
だってこれ、高く売れそうだもん。
全然そっちの欲の方が強いよね。魔性より、普通に金銭欲が勝ってしまった。すまない。俺の金に対する欲の強さを舐めて貰っては困るのだよ、ちみ。
そういう訳で聖域の水は今日も肌身離さず大事にポケットに仕舞っている。天幕内の私物と共に置いておくのもありだが、金よりも価値のある水をそんな扱いって、流石に不用心だよね。だから大切に持っている。
ゆったりとした贅沢な時間が過ぎた。
ずっとここにいてもいんじゃないかと思うほどに快適だった。けれど、俺はそろそろ出発することを考え始めていた。この地を発つのだ。
ここで過ごした時間はとても良いものだった。砂の一族に返しきれない程の恩が出来た。まだまだこの地にいたい気持ちはあるものの、それでも再開すべき人たちがいる。
ノエルにも会いたいし、姉さん達にも会いたい。無事を伝えたい。
みんな、今頃何をしているんだろうか。脳裏にみんなの顔を思い浮かべると、会いたい気持ちがより強くなる。
帰らなくちゃ、そろそろ。自分のあるべき場所に。小物ポジに!
夜になった。
砂漠の夜は、昼の熱をすっかり吐き出してしまったらしい。
天幕内でも靴を履いていないと足を踏み出すたび、砂が冷えた金属みたいに底から体温を奪っていく。
どこかで小さな虫が砂の下を移動する気配がする。やることもないし、気がまぎれることもないので、こういう気配には敏感になる。
天幕の隙間から見える空はやけに近く感じる。
眼を閉じ、耳を澄ますと遠くから獣の声がした気がした。生き物が砂の上を歩くときの、わずかに沈みこむような音も聞こえる。
自分の耳が驚くほど研ぎ澄まされていることに驚いた。
その音が、少し不自然で……気づいたら天幕を出ていた。
中が相当あったかかったんだなとしみじみと思わせるほど寒い。吐く息も白かった。砂漠の夜を舐めるべからず。
砂漠をしばらく進むと、砂丘の影に、黒い塊が沈んでいた。
最初は岩かと思ったが、月に照らされた毛並みがわずかに揺れる。砂の上にうずくまる大きな狼に似た獣の姿を見た。
一歩踏み出した瞬間、獣の耳がぴくりと動いた。次の瞬間には、空気を引き裂くような低い唸りが砂漠に響く。
喉の奥から洩れる音は、砂を震わせるほど重い。
巨大な狼は前足を踏ん張り、こちらを威嚇するように背中の毛を逆立てた。
恐ろしかったのだろう。敵と思われる俺に、胆力を振り絞って飛び掛かる。
肘を突き出して、腕をガシリと噛ませた。
牙が肉に食い込んで背筋に鳥肌が立つほど痛かったが、かみ千切られることはない。随分と唸り声をあげて睨まれたが、次第に噛む力が弱まった。
こちらに敵意が無い事が分かったからだろう。
俺も無謀なことをしたものだと自省するものの、なんとなく大丈夫だろうという気持ちもあった。
最近、鍛えているからね!
それだけじゃない。怪我を負った獣。体力も落ちている。一方で俺は万全な状態で、もちろん身体強化もしていた。
噛まれても致命傷になることはないという確信があっての対処だった。
慌てず、ずっと穏やかだったのが良かったのだろう。
獣からも警戒の気配がすっかりと無くなり、砂漠に伏せて視線だけこちらへと寄こす。綺麗な目だ。
月明かりがその灰色の毛と瞳を輝かせて、美しさを際立たせる。
「ああ、ここかぁ」
初めから、怪我を負っているのはわかった。
観察してみると、脚の腿部分から出血しており、今は傷を癒すため静かに寝そべっていたらしい。
しかし、砂は冷える。
近くにあった生物の死骸を運んでくる。肉も骨もほとんど残っていなかったが、分厚い皮が残っている。
皮は乾燥していた。少し不潔かもしれないが、砂で体温を奪われるかよりはいいだろう。
カーペットのように敷き、抱き上げて獣を皮の上に寝そべらせた。
既に勝ち目がないことは理解しているのだろう。大人しくされるがままにしていた。たぶん、害をなさないことも理解しているのだろう。もしくは小物だからと侮られている。ふっ、賢いやつだ。
少し落ち着いたので、目を合わせて様子を観察する。
こいつは……なんなのだろう。
魔物ではないし、精霊って感じでもない。俺はそもそも精霊が見える恵まれた人生じゃないし。
神聖さを感じるが、その正体は一体……。
傷が痛むようで、なんどか顔に苦悶の表情を浮かべる。
「ちょっと待ってろ。何か良い物あったかな」
傷に効くもの、もしくは食べ物でもあったらと懐を探っていると、あっ……。
聖域の水が出て来てしまった。
うそだろ……。
獣の目が聖域の水を捉えて離さない。
うそだよな……。
こっこれはちょっと。あのですねー。これだけはちょっと。
金よりも価値があるんですよ?
「くぅん」
「……はいはい」
諦めた。そんな可愛い声を出されたらね。
上目遣いもやめて!
瓶を開けて、くぅー、一瞬渋ったが聖域の水を獣の口に注いだ。
ごくごくと美味しそうに飲んでくれちゃって。
おっとっと、こぼすなよ。
あっという間に全部飲まれた。
最後に垂れる一滴まで綺麗に飲み干す。
直後、獣が立ち上がる。
立ち上がると獣の頭が俺の頭よりも上に来た。迫力が数段増したよ。
「お前、傷はもういいのか?」
ペロリと顔を舐められた。
嬉しそうに何度も。
脚にあった傷が、なくなっていた。
なるほど。ただ聖域の水と呼ばれているだけじゃないらしい。ちゃんとそれっぽい効果もあるんだね。
元気になったならいいか。
獣に治療費を請求することもできないし、やれやれって感じで天幕に戻ろうとしたら脳内に声が聞こえた。
……砂漠の寒さや昼の熱さに頭がやられた可能性は否定できないが、確かに脳内から声がしたのだ。
『もしかして、ハチ?』
「……あんたが話しかけているのか?」
獣を振り返ると、こくりと頷かれた。
意思疎通が出来ているっぽい!
『私は精霊だよ。けれど、ただの精霊じゃない。精霊王ヴァルハザスの後継。次の精霊王といったところかな』
初めて会った時に感じた神聖な正体をようやく理解した。
次の精霊王か。精霊は見えないが、精霊王ほどの存在だとこうしてみることが出来ちゃうんだね。
「そうだよ、俺はハチだ」
『会えてよかった。まさかこんな形でハチに会おうとは。君は精霊王が魔獣になることを知っているよね? 私もいずれヴァルハザスに代わって精霊王となり、そして魔獣となる』
「……全く、嫌な循環だ」
『砂の一族はそれを止めようとしてくれている。彼らばかりに業を背負わせたくはない。君とエル=アルムのおかげで、新しい時代が来ようとしているんだ』
エル=アルム。あの白い空間で出会った者の名だ。
その人も言っていた。新しい時代がようやく来るのだと。魔獣の誕生しない時代が。
『砂の一族には大きな借りがある。世界の汚れを彼らが何代も背負ってくれたのだから。……バッサールを死なせたくはない。あれは砂の一族の中でも優れた男だ』
バッサール。
族長様が戦士長様をその名で呼んでいた。
「戦士長様に危険が?」
『大きな力がぶつかろうとしている。強き者ハチよ、バッサールを助けてやってくれないか? きっとあの娘たちを止められるのは君しかいないから。私の話を聞いちゃくれないんだ、あの娘たちは』
「砂の一族、いいや、戦士長様に恩があるのは俺も同じ! 微力でも力になれるなら、助けに行くよ!」
迷いはなかった。
小物がどれほどの力になれるかはわからない。
相手の目に砂を投げつけて3秒稼ぐくらいはできるだろうか。たぶん可能。
『背中に乗って。君を送り届けるよ。そしてどうか、戦いを止めて欲しい。バッサールにも生きていて欲しいし、あの娘たちも無事で居て欲しい。だって、あの娘たちは次の紋章の覚醒者なのだから』
背中に飛び乗って、砂の上を雄大に駆ける獣……いや次代の精霊王のモフモフをたっぷりと味わっておいた。すんごい気持ち良いです。香ばしい匂いもします。
戦士長様がぶつかろうとしている相手は、おそらく賊と呼ばれている人達。戦いたがっていたもんなぁ。
賊も聖域に勝手に入ったりとやりたい放題。きっと引き下がる気はない。
賊がそれほど強いとは思っていなかったが、戦士長様が危機に陥る程の相手……。ごくり。それはやばい。やばすぎる。
駆けろ、速く。もっと速く。
間に合え……でも間に合わなくても最悪良し! 道に迷っても大丈夫!
それはそれで、仕方ないよね!
――。
砂漠の夜は冷える。
遮るものが無い分、熱が逃げやすいらしく、焚火の赤い光が熱としても光源としてもやけに頼もしかった。
暖を取る一人が火に手をかざし、もう一人は鍋の蓋を軽く押さえながら、ぼんやり空を眺めていた。
どちらも警戒は解いていないが、動きには余裕がある。
二人は“賊”と呼ばれているが、盗みも殺しもしない。けれど、聖域と呼ばれる場所には入った。一切の遠慮なく。
本来の目的は別にあったが、聖域に足を踏み入れるごとに得たこの地の秘密。その重大さに、2人には新しい目的が出来始めていた。
ぱちぱち、と焚火が弾けた音と同時に鍋を見つめていた方が首を上げる。
「……来る。今までと、桁が違うのが」
忠告と同時に、もう一人もその強敵の存在感を感じ取っていた。目を細め、口元はほころぶ。強敵の登場を歓迎しているみたいだった。
「鍋タイムが」
砂漠の地面がほんの僅かに震えている。周囲の砂粒がざわつく。
数秒後、地平線が盛り上がった。
砂漠の一部が波打ち、巨大な影がゆっくり姿を現す。
砂の下を泳ぐように進む、異常なほど巨大な生物。
月明かりに照らされ、背の稜線が長いカーブを描く。
砂を泳ぐクジラ。この地の守護聖獣だ。
砂を押しのけながら猛スピードで前進し、地面が大きく持ち上がるたび、焚火の火が揺れた。
「砂の一族、激おこみたい。逃げる? 相手してあげる?」
「鍋がある」
鍋を置いて逃げるつもりはないらしい。
「ふふっ、そうね。相手してあげましょうか」
「食事前の運動にちょうどいい」
二人は立ち上がった。
足の裏に伝わる振動が、さっきより強い。
砂クジラの進行に合わせて砂丘が崩れ、重い音が響き渡る。
クジラの上に人の影が見える。この地に住む者の衣を見に纏い、顔には鉄の仮面が付いている。
砂漠の戦士長バッサールがようやく賊を発見し、接敵する。
彼が腕を横に払うと、周囲の広大な砂漠一面の砂が一斉に舞い上がり、吹き荒れる砂嵐となって二人へ向かった。
「少し面倒ね」
「服が汚れる」
「そういえば……あいつ知ってる気がする」
「三年前、弟に手を出した男」
「なるほどね。あの時の。少しやる気が出て来た」
「あの時はたどり着けなかったから」
まだ会話中の二人を、巨大な砂嵐が飲み込む。
通常ならこれで戦いが終わってもおかしくはない。
ここは砂漠だ。砂を自由自在に操るバッサールの前では、神でさえも彼に屈したことがある。
だが、吹き付ける砂の奔流の中で、ひとりが手を突き出した。
その手の周りの空気が一気に冷える。乾燥したこの地でも関係はないらしい。
嵐のように吹き荒れ人の肌も切り裂くほど獰猛な砂粒が瞬く間に広範囲で凍りつき、白く変質し、固まった塊となって落ちていく。
迫るバッサールへと近づくための氷の道が出来た。その上を滑るようにもう一人が踏み込む。
砂漠の植物ではない。バッサールには見たこともない植物が砂を割り、氷の道を進んでフードを深く被った女性をこちらに運んでくる。
彼女が到達するよりも早く、乾いた砂の下から棘の着いた鋭い茎が伸び、バッサールの足元へ向かって猛烈な勢いで迫る。砂漠はバッサールのホームなはずなのに、この賊たちはそんなのお構いなしに、地形のアドバンテージを覆して来る。
バッサールは砂を操り、地面を更に高く盛り上げて砂から伸びて来た植物の襲撃をかわす。砂を固め槍上に変化させ、迫って来る女性の胸元目掛けて突き出す。
氷使いが腕を振る。
氷壁が瞬時に展開され、砂槍を受け止めた。
だがバッサールが拳を握ると、槍は内部から炸裂し、砂煙と衝撃が氷壁ごと迫る植物使いを押し返す。
その隙に、砂クジラが動く。
砂丘を割りながら跳ね上がり、巨大な尾が二人を横一線に薙ぎ払おうと動く。あれに近づかれたらまずいと、守護聖獣も本能から理解していた。
植物使いがすぐに反応する。
砂の下に伸ばしていた根が一斉に飛び出し、クジラの尾の下から突き出る。
複数の太い根が尾を押し上げ、軌道を逸らした。
氷使いもスキルを使いながら距離を詰め、追撃に入る。
クジラの体に沿って氷が張り付き、体表を固めていく。まずは守護聖獣から仕留めようという算段だった。
バッサールが隙間にすぐに砂を流し込み、氷の侵食部分を補修しようとする。流石のバッサールでさえ、この完璧に連携の取れた二人に相手に後手、後手に回り始めていた。
ほんの一瞬が命取りになる、そんな極限の戦いはいつ以来かと少しわくわくしている気持ちもあった。
両者のスキルがぶつかり合うたび、砂と氷が混ざり、押したり押し返したり。しかし、地面には植物の根が広く展開されて蔦が伸びて来る。戦場は目まぐるしく姿を変えていくが、徐々に賊が押し始める。展開した守護聖獣を削り、地の利を得る下準備が整い始めていた。
押されている自覚のあったバッサールも反撃の一手に出る。大量の魔力を練り込んで作り上げた罠。
一帯の砂が一斉に沈み込み、地形に突如できた巨大な穴へと落ちる。
二人を落とし、そこに砂を押し潰すように流し込むつもりだ。必殺のはずの一手。
しかし落下の途中で、穴の側面から伸びて来る氷と植物が絡まった道が階段のように形成された。
二人はそれを足場として、穴から脱出する。大技をいとも簡単に対処されてしまった。この差は大きかった。
植物使いが植物の根をバネにして跳躍し、バッサールへ直線で突っ込む。
バッサールは砂嵐を再構築し、砂の壁を形成し突進を防ぐ。先程から感じている通り、接近戦はまずいと考えているからだった。
しかし、その砂の壁すらいともたやすく破られる。
迫る植物使い。拳を受け止めるように砂を硬質化させ、砂の盾とする。
お構いなしに攻撃が来る。魔力を大量に込めて硬質化した砂の盾に罅が入る。
背後から、もう一人がバッサールの足元を狙って氷を走らせる。
バッサールは砂を勢い良く噴出させて視界を一瞬奪うと、手にしたこん棒で1人の横腹を殴りつけ、背後の賊を蹴飛ばして距離をとることに成功する。
吹き飛ばされる途中で、氷使いが腕を前へ突き出す。冷気の濃い霧が一気に噴き出し、バッサールの身へと襲い掛かる。
砂で躱しきれないと飛び上がって躱すと、氷がクジラを包んだ。体力の限界らしい。抗う術がなく、クジラの鼻先から凍結が広がる。脚を封じられた。
氷を貼って植物が迫る。この絶え間ない攻撃に守護聖獣無しで戦わないとならなくなった。ピンチだという自覚はあるが、それでもバッサールは仮面の下で笑った。
氷に封じられた砂クジラが砂へと飲み込まれる。これはバッサールが退場させた形だ。相棒を逃がせるうちに逃がす配慮。
というのも、戦場はもはや砂漠と言っていい状態ではなかったのだ。地面一面に異形の植物が生え、太い根が砂丘を裂き、尖った茎が槍のように突き出し、表面を氷が覆っている。
砂を操る者にとって最悪の環境。砂漠にて、砂が侵食されている異常事態が起きている。
足元の砂が、植物の根に押されてわずかしか残っていない。
それでも、彼はそこに指先を触れた。
「これで十分だ」
残っていた砂がバッサールへと集まり、周囲の氷の膜が円形に抉れた。
穴から更に砂が引き寄せられる。
準備時間はあまりない。しかし、砂の量は足りた。
氷が飛んでくる。
一撃ごとに空気が急激に冷え、白い霜がバッサールの腕、肩、頬に広がる。
皮膚が硬直し、動きがわずかに遅れる。
そこへ死角から植物の蔦が入り込む。
鋭い棘が皮膚を裂き、裂けた箇所から赤い血が流れ落ちる。
切られるというより削られる感覚だ。
相手は接近戦においてすぐに決着を付けたかったらしいが、こうして長期戦を戦うことも厭わないらしい。
反撃のため足を踏み込もうとした瞬間、ふらついた。
視界がかすむ。
足元が揺れて見える。
毒かと理解するのに時間は要さなかった。植物の毒が血に入り込んでいる。
呼吸が荒い。
腕の感覚も鈍い。
体内の熱が奪われ、指先の動きが遅れ始めている。
それでも姉妹の攻撃は止まらない。
氷が地面を凍らせ、足場を滑りやすくする。
植物が背後から伸び、退路を完全に塞ぐ。
そして――二人の魔力が同時に膨れ上がる。
冷気が渦を巻き、植物が生き物のようにうねり、両者が放つ大技が形成される。
氷と植物が融合した巨大な槍のような構造体。
空気が歪むほどの圧力。先程自分が向けた砂の槍のお返しと言わんばかりの攻撃だった。
受ければ、間違いなく命を落とす一撃。
逃げることは不可能。
技が放たれる。
一直線にバッサールへ迫る。
先ほど集めていた砂が圧縮され、一つの板へと変わる。
『砂鏡』
土と植物の隙間から少しずつ集め、密度を極限まで高めていた砂。
板が立ち上がる。
月の光が反射し、銀色の面が一瞬光る。
巨大な槍がその鏡面にぶつかり砕けた。
破片がそのまま逆方向へ跳ね返り、
氷片と植物片の衝撃が姉妹へと向けて叩きつけられる。
衝突音が夜の砂漠に響く。
二人の体が後方に吹き飛ぶ。
氷と植物で何とか直撃は防いだらしいが、あの恐ろしい魔力を自分たちで受けてしまった。
砂に転がり、着地の際に砂が大きく跳ね上がった。
額から血を流しながら、2人は立ち上がる。体にも傷を負っていた。
距離を取ったところで、ふたりは息を整えながらバッサールを見た。
その目に、驚きが混ざる。
「……反射、ね。砂でここまでの密度。しかもこの状況で準備していたなんて」
「称賛」
声には警戒よりも、純粋な称賛の色が強い。
「やっぱり今までのとは桁違いね。簡単には倒れないし、切り札をまだ持っていた」
「立派」
植物が二人に絡みつき、傷を癒していく。回復しながら戦う二人。魔力も余力あり、状況も有利。
一方で、血を流し、氷が張りつき、毒で視界を奪われた状態でなお、バッサールはまっすぐ立っていた。
鏡砂が砕け、破片が足元に落ち、音を立てて砂へと還る。
彼の逆襲はここまでだった。勝敗はついた。
「楽しかったわ。じゃあ、おやすみなさい」
「殺しはしない」
そのとき、砂を駆ける音が響いた。
二人を愛した精霊と、二人が愛した人物と、2年半ぶりの再会となる。





