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小物貴族が性に合うようです  作者: スパ郎


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123話 飲むより売る

 グランサリオの加工場も早く見てみたかったのだが、ここ移動都市アラ=ファルマにやってきたら、まずやらないといけないことがある。俺みたいな外部の人間は特に失礼があってはならない。


 族長様へのあいさつだ。

 やたらと噂の多い人だ。


 砂の一族のトップであるだけでなく、未来が見え、一族の信頼が厚く、更にはグラン学園長とも因縁があったりする。一体どんな人生を歩めばそんなことになるのか。

 なぞ多き人物ではあるが、明確なこともある。それは、大物だということだ。


 大物へ失礼があってはならない。これイズ小物界の常識。挨拶を提案されずとも、自分からきっと提案していたことだろう。断られていたら、顔を出させて下さい! 靴を舐めさせて下さい! お尻出します! くらいには譲歩できる覚悟もある。


 しかし、幸運なことに自然な流れで戦士長から族長様へ面会するように案内して貰えた。失礼のないようにしないと。アラ=ファルマには何層かの階があり、族長様は最上階にいらっしゃる。都市のもっとも高い場所にて砂を見晴らし、砂を見守っていらっしゃるらしい。流石族長。見るだけで砂を守れるのだから、凄まじい。我々とはやはり目力からして違うのだ、とかいじったりしてはならない。決して。少しふざけ始めた自分の気持ちを叱咤し、真面目な表情を作る。


 5階層ほど登った先にある完全封鎖された部屋の前へと到着する。扉の前を守護する二人の戦士はかなり屈強な男で、危ない物を持っていないか散々にボディチェックをされる。戦士長様が「怪しい者ではない」と口添えしてくれたが、それでも譲る気はないらしい。彼らがどれだけ仕事に真面目で、どれだけ族長様のことを大事に思っているか伝わったので「大丈夫ですよ。徹底的にお願いします」と伝えて置いた。けど、お尻は! お尻だけは優しくして!


 なんとかボディチェックを通過し、ようやく族長様のおられる部屋へと通された。

 扉を押し開けた瞬間、外と空気が一変したのがわかった。

 神秘的という雰囲気に似ているけど、少し違う、もっと深い……感じがする……たぶん。飲まれているだけの可能性は大いにある。


 なにかプレッシャーを感じて自然と顔が下がっていた。ゆっくりと顔を上げると、

 中央の座に、族長様がいた。傍付きの女性も数名いて……美人ばかりだった。はい。


 族長様の白い髪は肩まで流れ、穏やかに座っておられる。目を開けていないが、意識がこちらに向いているのがなんとなくわかった。

 ただ老人というだけでなく、厳しい環境で長年削られながらも、なお残っている芯の強さを感じさせる部分があった。


「よく来た、予言の子よ」

 声は枯れているのに、不思議と響く。


「はっ、はい」

「砂漠での暮らしはいかがか?」

「とても良くして貰って快適です」

「それは良かった。好きなだけ、この地にいなさない」

「あっ、はい……」


 え? って感じだった。

 もっと族長様との会話は……その、凄い話が出るかと思っていたのに、なんか子供を気遣うおばあちゃんみたいな会話だったので。

 なに? あんた族長様との会話がしょぼいって言いたいの!? いいえ、全然そんなことありません。なんか心の中のおばさんに説教されました。


「どうした? なにか少し戸惑っておるようじゃが」

 やはり目を開けずとも俺の様子がわかるらしい。いや、声の感じからして、もう戸惑っているのがわかるのだろう。


「すみません。何か凄い話をされるんじゃないかと身構えていましたので。ここにいる人達だけじゃなく、イェラも族長様へ深く敬意を表していましたし……」

「ふふっ、あまり固くなるでない。別に世界はいつも危機に満ちあふれている訳じゃないであろう?」

「た、たしかに……」

 それもそうだよな。

 族長様は凄い方だが、なにもいつも凄いお告げをする訳もないか。考えてみたらむしろこっちの方が自然な会話だったりもするか。ははっ。


「ごめんなさい。なんかめちゃくちゃ身構えていました。また変な大予言とかあるんじゃ……とか」

 ホッ。ドキドキしてたよね、ぶっちゃけ。もう癖になってんだ、難が押し寄せるの。

「まあ、あるんじゃけどな」

「ん!?」


 えええええええええ。やっやられたぁ。

 安心させてから落とすやーつ。族長様、歳とっても全然遊び心忘れてないんですが! 俺もこうなりたいっす!


「さて、どこから始めようかの。ふふっ、焦らしてドキドキさせちゃうぞー」

 なんか、全然イメージと違ったんですけど。もっと厳かな感じかと思っていて……。


「取りあえずは、あれじゃの。お主が呼びよせ寄せた例の怪物から話さねばならん」

「怪物?」

 何のことだって思った。全然心当たりがないからだ。


「若い者はあれに怯え切っておる。全く、もう少ししっかりして欲しいものじゃ。のう、そうであろうバッサールよ」

「すみません、族長様。もっと精進致します」

 バッサールと呼ばれて返事をしたのは戦士長様だった。そんな格好良いお名前だったとは。

 しかも戦士長様は全然怯えていない側の人なのに怯えている人の中に含まれる理不尽さ。だが、それでも許される。だって族長だもの。


「さっきから、何について話をしているのでしょうか?」

「話は聞いておるだろう。賊のことじゃよ。放置しておけと伝えたのに、議会の若造たちが慌てふためいておっての。仕方なしに討伐を許可した。まあ、成功するとは思えなかったが。バッサール、お主の要件はそれじゃろう?」

「族長様のおっしゃる通りです。砂が賊を隠し、行方を完全に眩ませました。守護聖獣をもってしても追跡がかなわず、異常事態と判断し報告に上がりました」

「それも当然。賊は我が砂漠を守る守護聖獣を味方につけた。ふふっ、バッサールよ、お主程の男でも追えぬのは当然のことよ」


 ずっと平静さを保っていた戦士長様も、この言葉には驚かずにはいられなかった。

 俺は終始驚きっぱなしだ。なんかやばそうな雰囲気を感じるから。


「そもそも、あれは我らに害を成す者ではない。むしろ、真逆と言って良い」

「そこまで知っておられておいででしたか」

 族長は全部知っている。そう、族長だもの。


「あのぉ、俺が呼び寄せたっていうのは……」

「言葉の通りよ。賊の目的はそなたにある。ふふっ、ドキドキしてきたかの?」

「めっちゃ、ドキドキしています」

 族長様の目論見大成功。小物の心臓は今破裂しそうなくらいの勢いで避難警報を発令中です。賊のターゲットまさかの俺でした!

 族長様、絶賛爆笑中でございます。小物いじりの達人です。まあ、健康そうで何よりです。だって族長だもの。


「あれとぶつかっていた方が問題じゃ。バッサール、お主もただでは済んでおらん。議会は私が黙らせるから、そなたはしばらく休暇に入るとよい。もうじき渇きの時期じゃ」

「備えておきます」

 またわからないワードが出て来た。

 考える暇もなく、族長様の意識が再度こちらに向いたのがわかった。


「さて、ハチよ。一番大事な話をしよう」

 ごくり。喉がなる。もう十分緊張し尽くしているのに、これ以上に大事な話だと!?

 死んじゃわない? 俺今日で逝っちゃうよ。出来れば聞きたくないかも!


「恋バナじゃ」

「へ……コイバナ?」

 満を持して出来た言葉がそれだった。バナナの新しい品種ですか?


「私のキュンキュンする恋バナじゃ。ずっと共通の知人に聞いて欲しかったのじゃ」

 は? 俺は自分の耳を疑った。

 恋バナ……恋の話? 濃い話じゃなく?


「その昔、私は王国の学園に通っておった」

 聞いてないよ。全然聞いてないよ。先も促してもいないよ。


「そこでグランという男と、ディゴールという男と出会った。そして恋に落ちた」

 あっ、とんでもねー大物の名前がぞろぞろと。

 現学園長と、元外務大臣。

 族長様ってその年代なの?


 そういえば、以前グラン学長と砂の一族族長に因縁があるようなことを聞いたことがある。学園入学時の試験山頂にて、戦士長様がそのようなことを言って場を収めていた。

 あの人たちの因縁は、もうそんな100年も前から続いていたのだ。ぞっとするような長い期間である。


「二人とも私に惚れて、散々に喧嘩していたものだ」

「あの二人がね……」

「ディゴールと戦ったらしいな」

「それも知っているんですね」

「私のスキルと関係する。あれは随分強いであろう?」

「死ぬかと思いました」(まじ)

「グランは、それすら超えるほど強いぞ」

「……戦うような関係性じゃなかったことに感謝します」

 話は更に続く。

 主に族長視点からの、二人の若い頃の武勇伝、そして三人で成し遂げた偉業など。それは、それは幸せそうに話すものだから、族長の部屋にいた者たちが聞き入ってしまっていた。きっと、普段はこんな話をする相手がいないのだろうな。この地にはあの二人を知る者はいないから。


 知らぬ土地で青春を過ごした新鮮さ、彼女しか知らない孤独、口にしない苦労など、不思議と感じられるものの多い語りだった。聞いてよかったかも。流石、族長だもの。


「ぷはー、随分と長くしゃべった。聞いてくれてありがとう。長年積もっていた感情がスッキリしたものじゃ」

「……なんだかんだ楽しかったですよ。グラン学長や、ディゴール元外務大臣の過去なんて聞く機会滅多にありませんし」

「そう言って貰えると救われる」


 すっかり満足した族長様。傍付きの者に指示を出し、族長が何かを運ばせる。

 日焼けした肌を持つ美人さんが俺の前へやってきて、瓶を渡す。


 瓶……そう。瓶だった。

 中に透明度の高い水はあるものの、財宝を一瞬期待していただけに、妙な感じだ。


「それは聖域の水。この地で金よりも価値のある水だと言われておる」

「金より? ……だ、ダイヤよりは?」

 ご、ごくり。

「それは知らん」

 流石ダイヤ先輩。聖域の水に勝つポテンシャルがある可能性があるとは。


「先ほどバッサールに『渇きの時期』が来ると話したのを覚えておるか?」

 気になってたワードだ。

「覚えています」

「もうじき、砂漠に水の湧かぬ期間が訪れる。これは数年に一度定期的に起きることでの。この砂漠特有のものじゃ。けど、心配はいらん。水はやがて戻る。……必ず」

「そんな大事な時期に、聖域の水なんて貰っても良いのでしょうか?」

「聖域の水は渇きの時期になっても乾かない希少な水じゃ。けれど、それは魔性を秘めておる」

「魔性……」

 魔性と聞いて思い浮かぶのは、美女です。


「渇きの時期が来ると、人は聖域の水に耐えがたい欲を感じる。今までその水を前に耐えた者はおらんの。私も、バッサールでさえ、渇きの時期が来たときに渡しておいた聖域の水に手を出した。人を試す、いやらしい水じゃよ」

 すまない。秒で飲んじゃいそうです。

 もう飲みたい。ちょっと喉乾いてたんだよね。


「試練って程のものではない。お楽しみ程度に考えればよい。お主の本当の試練は、他にある。ハチよ、そなたが背負っているものは、まだまだ残っておるぞ」

「最後までドキドキさせますね」

「お主がこの地に来たのも、賊がやって来たのも、渇きの時期が重なったのも、全て意味があると思っておる。そう、意味が……」


 では、以上! と急に目が覚めるような声で締めくくり、族長様が立ち上がった。ここは族長様の部屋というよりは、面会するための部屋らしい。


「寝る!」

 と言い残して、族長様は満足した表情で去って行った。

 なんだか、イメージとは違ったが、随分と元気なお方だったなぁと思った。族長だもの。


 挨拶も済んで、族長様の部屋から退出した俺と戦士長様。

 手にした聖域の水を眺めていると、戦士長様から助言があった。


「それは族長様のおっしゃった通り、好きにすると良い。あまり気にするな。族長様もただの享楽で渡したのだろうし。それよりも、加工場を見ていくか?」

「うん、そうする」

 もともとアラ=ファルマに来たのはその為だ。


 聖域の水をポケットにしまう。ぐふふっ。俺は思わず笑みが零れかけた。

 おっとと。いかん、いかん。


 言質、頂きました。

 族長様からも、戦士長様からも! 好きにして良い、と。


 俺はこの聖域の水、価値を聞いた瞬間から使い道を決めていた。

 飲む?

 いやいや、そんな勿体ないことはしませんて。


 売ります。

 普通に売ります。


 金よりも価値があるんだよ? あの何に使うか不明なのに、異世界でも高価なものとして扱われるゴールド先輩を上回る価値。そんなもの、飲むわけない。お金に変えます。

 儲かる額を考えると、そりゃね。今から笑みも零れてしまいかねないですよっと。人間は報酬を受け取った瞬間よりも、受け取る前のわくわく感の方が楽しいらしい。今それをまじまじと感じています。


「戦士長様はどちらへ?」

 なんとなく一緒に来ない感じがしたので、訪ねてみた。


「族長様には休めと言われたが、その賊がますます気になって来た。無事では済まないと言われれば、尚のこと戦いたくなるのが戦士の性というものだろう?」

「族長様に怒られても知りませんからね」

「二人だけの秘密で頼む」

「頼まれました」

 賊の狙いは俺らしいので、戦士長様が片づけてくれるのであればそれに越したことは無い。みんなハッピーである。


 砂の守護聖獣って数体いるらしいが、一体はここに来る道中で乗っていたあのでかいクジラらしい。

 アラ=ファルマから飛び降りると、事前連絡を入れていたのかってくらい完璧なタイミングで守護聖獣が飛び出して戦士長様を背に乗せた。


「がんばってー」

 手を振って見送る。

 俺は俺で、そろそろ加工場の見学に行かねば。豊饒の紋章にとって黄金の地。さてさて、その実力をのぞかせて頂きましょうか。


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― 新着の感想 ―
急な恋バナ! そう思わせて何があるのかなと思ったけどやっぱり青春時代のお話だった!
まぁ少なくとも自分で飲むことにはならなそうだね…金銭を対価に取るとも限らないけど
オチのネタバレwサブタイ変えた方が腹痛いかも(笑)
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