112話 開眼しちゃった
踊り踊り、そうして一夜が経ち、ヘーゼルナッツ博士とはもうソウルメイトになった。
シルクハットマンイレイザーとは全然赤の他人のまま。あんまこっち見てくんな。
祭のあった次の日に、隊長のウィルバートさんとヘーゼルナッツ博士が話し込んでいる間も、イレイザー先生はずっと警備として室外にて待機していた。別に会話に入れないコミュ障って訳じゃない。どっちかというと、イレイザー先生はコミュニケーション能力が達者な陽キャタイプだ。
それだけ警戒するにはそれなりの理由がある。このヘーゼルナッツ博士だが、ただの王立魔法学園の先生に非ず。国から重宝されている学者で、黒い魔力、ひいては魔獣問題を解決するかもしれない人物だと言われており、大層贔屓にされている。
そんな人物が自身で魔獣騒ぎの捜査に出て来たのだ。本人の実力も相当凄いと聞き及んでいるものの、それでも護衛にイレイザー先生をつけられた。絶対に何かあってはならないという意思の現れ。どれだけ大切にされているかわかるというものだ。羨ましい。
それだけイレイザー先生の責任も大きいが、同時に彼への信頼も手厚いのだと伺い知れる。
魔獣に対応できるかもしれない戦力イレイザー・ディサイドか。自分で強い、強いと散々主張してはいたが、まさかこれ程とは。……給料とか高いんだろうなぁ。
「村の中で異常を感じた我々は林へと向かい、そこで魔獣らしき存在と鉢合わせました。その後様子を観察しているときに、ハチから進言がありました」
「なるほど、そのタイミングでハチ君が魔獣かもしれないと」
話し合いの場には俺も座っている。
何もヘーゼルナッツ博士が手土産に持って来た大福餅食べたさではない。目撃証言を取るため、博士自ら俺に居て欲しいと頼んで来たのだ。
まあ、大福餅は全部食べるけど。
「ハチ君、もう一度なぜその存在が魔獣かもしれないと思ったか話して貰えますか?」
なぜ、か。
うーむ、難しい。
自身の感覚の話を言語化するのって、なんだか難しいんだよな。
「こう、あのでかつよを見た瞬間、ブワッと心の中がざわめいて、ゾクッと背筋が波打った後、うわっこれは死ぬかもって思って、さっと逃げたくなったからかな」
「ふむ、わかりやすい」
「わ……わかりやすいですか?」
納得してくれるヘーゼルナッツ博士に、戸惑うウィルバート隊長。やはりソウルメイトだ。博士、この騒動が終わったらまた一緒に踊ろうな。
「2人と隊員たちの話を聞くに、私も段々とその存在が魔獣な気がして来ました。ただし、一つだけ気がかりなことはあります。その魔獣らしき存在から人の腕と人の声がしたという点です」
そう、それだ。
もちろんそのことは隠さず、真っ先に博士に知らせている。話の順序が少し狂ったのは申し訳なかった。
新型の魔獣かもしれない。魔獣についてはわからないことの方が遥かに多い。進化する可能性だって否定は出来ないのだ。
「うーむ、どうやら私は宿命からは逃れられないようですね」
顎に手を据えて、博士が首をひねる。
長い話になるからと少し休憩を取り、お茶を運んできてくれた。新しい大福餅もある。ラッキー、ラッキー。
「皆さんが魔獣らしき存在と遭遇した村ですが……そこは私の生まれ故郷なのです」
「「「えっ!?」」」
室外で壁にもたれかかって警備しているイレイザー先生の驚いた声まで聞こえてきた。
そんなことってあるんだねと純粋な驚きだ。
「といっても、私は生まれてすぐにあの村を出ていますから、記憶はないんですけどね」
眼鏡を直しつつ、お茶をすする博士。どこか寂しそうな思いも感じられる。
「ハチ君、あの村に行った時、昔の発展の名残なんかを感じませんでしたか?」
「あっ」
言われてみて心当たりがあることを思い出す。どうやらウィルバート隊長にもその記憶があった。
寂れた街道。空いた家。それは、かつては人の行き来が多かったことの証だ。でも、今はそうじゃない。なぜか廃れた村。
「言われてみれば、そんな痕跡が多かった気がします」
「でしょう。今はもう亡くなった両親から聞いた話ですが、あの村にはその昔、神が住んでいたらしいです。それも人の価値観に凄く近い神で、村に多大なる恩恵を齎したのだと」
「神って、いるところにはいるんですね」
なんだか、久々にウルスの爺さんを思い出した。変な白い世界で元気にしってか?
あの爺さんも神らしくなかったし、変なところにポンと静かにいたものだった。神ってのは、やはり存在を隠しているだけで、そこそこの数はいるのかもしれない。
「ふむ、私も人生でまだ数人しかあったとこがないですが、いるところにはいるみたいですよ。しかし、あの村の神はいわくつきというか……詳しくは話して貰えなかったのですが、あの村の神は『人が作った』と両親が話してくれたことがあります。まだ幼かった私は簡単に聞き流してしまいましたが、ハチ君の話を聞いて、その話がとても強く脳内に蘇って来ます」
「神が作られた!?」
驚いて声を出したのはウィルバート隊長だが、俺だって酷く驚いている。
神って作れるの?
「オーダーメイドですやん」
「オーダーメイド? ともかく、今はとても関係がない話とは思えないのです。あの村で平穏に暮らしていた両親が幼い私を連れて村から出た理由にも繋がります。どうやら、これは魔獣調査だけに留まらず、私の人生そのものに深く根付いた問題に向き合うときかもしれない」
キリッ。日の光に反射する丸メガネの奥に、ヘーゼルナッツ博士の決意した目つきを感じた。やはり有能な男は、顔つきから違う。研究者肌の大人しそうな人なのに、視線は強く、鋼の意志を感じさせる。
よっしゃ!
こりゃ、魔獣騒動も問題ないで!
この人たちに任せておけば、全部解決よ!
「よしっ。話はまとまりましたね。ヘーゼルナッツ博士とイレイザー先生はこの後あの村に出向いて再調査。俺たち辺境調査隊は一旦この場から離れて、他を当たると。適材適所、臨機応変、逃げるが勝ち。そうと決まればみんな行動あるのみです!」
うまい具合にまとまったし、もう飲むお茶も食べる大福もなくなったので立ち上がった。
さーて、さよならと決め込もうかと思いきや、入口からイレイザー先生が入って来た。
「なんだかきな臭い話になって来たが、ヘーゼルナッツ博士よ。難しく考える必要なんてないぜ。どうして俺が付けらたと思う? どんな敵が来ようと、要は倒しちまえば良いんだよ」
シルクハットマンイレイザー。
入り口に仁王立ちし、帽子を片手で押さえる。
直後、室内に衝撃波が波打った。
イレイザー先生が身体強化を最大限まで使用し、魔力の余波で俺たちを驚かせる。
「よう、ハチ。俺の全力の身体強化どうだい? お前の目から見て、その魔獣らしき存在とやりあったら、どっちが勝つ?」
凄い魔力量だ。
こんな魔力量……初めて見た。
以前、イレイザー先生は自身の魔力総量を一万オーバーだと俺に伝えたことがある。……嘘じゃなかった。近くにいるからこそわかる。この人の魔力量は、うちの化け物姉さん達よりも多い! 少しだけ!
けど……。
「普通に魔獣が勝つと思います」
「なっ!?」
「いや、何言ってんすか。魔獣ですよ。どんだけ強くても、一対一で勝てる訳ないでしょ。何言ってんすか」
何言ってんすかって二回も突っ込んじゃったぞ。何言ってんすか、この人。
「ばっ、お前っ。よくよく俺の身体強化を見てみろ。人間離れしているだろ? 絶対に勝てるから、な? よく見てみろ」
もう同意しようかな。適当に。それでいいや。
「はいはい、勝てる勝てる」
「この野郎、急に投げやりなっ。それにな、俺には――」
「「神の目だってあるんだぞ」」
なぜか、声が同時に響いた。
えっ?
声の主は俺とイレイザー先生のもの。なのに、言葉を発した俺が一番驚いてしまっている。
「おっおい……ハチ、それってお前……」
自分の神を自慢するために開眼させたイレイザー先生。その両目には黄金の目が輝いている。学園に入学する前に、あの目で体の隅々まで覗かれたことがあった。……いやん。
なぜかその目が開いた途端、俺の左目が熱くなり、少し先の未来が見えた気がした。
「……熱い、なにこれ」
片手で左目を覆うように抑えた。
けれど、視界は遮られない。
普通の視界とは違う。人や、壁、地面に流れるエネルギーの動きがずっと見えて来る。覆っている自分の手にも、その流れるエネルギーが見えた。
あっ、これたぶん魔力だ。
手を少し放すと、手の内部に細々と伸びた俺の魔力線たちが見えて来る。ああっ、俺の魔力線イメージ通りに育ってんじゃん。
ずっとイメージしながら育てて来た魔力線。今こうして初めて見てわかる、イメージ通りの完成度。
「おいおいおい! お前、いつから神の目を持ってやがったハチ!」
驚きと、問い詰めるような声量でイレイザー先生が叫んだ。
いつって、ついこの間だよ。
精霊の世界に行ったときに、ログインボーナスで貰っちゃったわけではなく、激情の神カナタ様の恩情で頂いたものだ。
ずっと異変が無かったから放っておいた。まあ腕と目が戻ってラッキー程度にしか考えていなかったのに、急にこれだ。俺だって戸惑っている。
「ちょっ、おまっ。俺の唯一のアイデンティティなんですけど! ちょっ、神の目を持つ男イレイザーなんですけど!? ハチ、てめーも持ったらアイデンティティ崩壊するんだが!?」
「……優秀なスキルタイプ戦闘に、魔力量10500。太い魔力線は教科書通りに育った典型的なエリート。さぞ育ちも良いらしい。胸元の傷は人による攻撃じゃない。魔力によって抉られたものだ。……過去の所属先は天壊旅団、そのすさまじい威力を鑑みるにおそらく神からの攻撃による負傷痕」
神の目を通して見える情報を口にする。
凄い、全てを見通しているみたいだ。まさに神のごとき、全能感。
「ちょっ、見透かすのやめて! それ俺がいつも他人にやって優越感に浸ってるやつだから! ちょっ、その目で見ないで! いやんっ」
見ないようにしたいけど、収め方がわからない。
どうしたらいいのだろうか。
「なんか目がずっと熱くて、魔力が轟々と流れているような感じで」
「魔力を完全に遮断するか、いつもみたいに自然に身体強化をしろ。今はどうやら俺に触発されて目に魔力が大量に流れている状態だ。まさか、神の目の制御方法を他人に教える日が来るなんて思いもしなかったぞ……」
言われてみて気づいた。
確かに魔力が大量に目に留まっている。
魔力を淀みなく体内に戻し、いつもみたいに全体に自然に流れるように無限身体強化をすると、目の熱も取れ始めた。
「やれやれだ。ふぃー、あの黄金の目で見つめられるとこんなにプレッシャーあるものなのか。神の目、改めてすげーな」
自分では気づいていなかったらしい。
あれで見られていた人たちがどれだけ不快だったか、分かったか! このシルクハットマン!
それにまだ終わりじゃない!
傲慢なお前にはもう一押しが必要だ!
「しかも俺にはまだ『神の腕』もあります。神の目は片目で十分機能するみたいですし、ふふっ、完全に上位互換ですね」
ニチャー
「ちょっ! お前、神の腕ってなんだよ! ……おいおい、左腕だけ魔力の流れが変だし、魔力線も特殊だ。ちょっ、ハチてめー、それどうなってやがる!」
ちゃんと見せろと迫って来るが、断る!
散々気にならせておいて、見せてやんない。これが小物流の嫌がらせじゃ!
「2人は仲が良いんですね」とウィルバート隊長が。
「私もイレイザー先生とこれだけ打ち解けている人を初めて見ました」とは、ヘーゼルナッツ博士が。
誰が仲良いだ。
こいつとは入学前からの犬猿の仲です。教師の中では結構嫌いな部類です。
「仲なんてよくありませんよ。可愛い生徒たちが多い中、ハチの野郎は憎たらしい生徒代表みたいな男です」
「こっちのセリフですよ。それと、そのシルクハット全然格好良くないから」
「ちょっ!? ……え? うそ。ちょっ、ヘーゼルナッツ博士、ほんまに? ねえ、ウィルバート隊長、格好良いですよね? このシルクハット」
2人は苦笑いをしていた。ふん、察しろ。
完全に勝ったと思っていたところ、イレイザー先生の神の目がまだこちらを捉える。目を見開いて、まじまじと。
……ごめんて。マジギレしないでよ。シルクハット馬鹿にしたのは流石に悪かったよ。後でお詫びするから。
そんなことを考えていると、驚きの内容を伝えられる。
「ハチよぉ、毎度毎度俺のことを驚かせやがって。けれど、これは流石のお前でも気づいていないみたいだ。こんなもの、初めて見ちまった」
「……なっなんですか?」
ニチャーと笑われた。無言の間。
この野郎!
焦らしに来てやがる。
「お前、どうやら五理の一つを極めちまったみたいだ。知っているが、魔力の理、その五つには成長段階があり、極みが一番上の評価となる。極みに達するためには、それなりに異常な行動を取らなければならないんだが……その異常な道をお前は自覚無しに進んでしまったらしい。お前の身体強化、明らかに俺たちと違うぞ」
五理の一つを極めた?
全然そんなこと気づかなかった。誰も言ってくれなかったし、特段変化も感じていなかった。
「くくっ、これには驚いたみたいだな。まあ……俺も小便ちびるくらい驚いてはいるんだが。記録上、身体強化を極めた人はいない。なあ、身体強化の極みって何ができるんだ?」
「いや、今の今まで自分でもしらなかったので何が出来るかなんて……」
「それもそうだな。今度王都で詳しく調べて貰え。いろいろわかると思うぞ」
五理の一つを俺がね。
まさか無限身体強化がイレイザー先生の言う異常な道だったのか? でも、それしかないよな。
なんだか、嬉しいような、怖いような。急なことなので、すんなりと情報を飲み込めなかった。
「ヘーゼルナッツ博士、一つ提案だ。ていうか、もう決めたことだ。警備要員としてハチの野郎も連れていく。魔獣が俺よりも強いらしいから、俺一人じゃあんたを守り切れない可能性がある」
なんちゅうことを言ってんねんこいつ!
俺はもうお帰りだよ!
魔獣騒動とはおさらばさせて貰いますわ!
「しかし、学園の生徒を巻き込むわけには。ハチ君は職場体験中ですし」
「いいえ、構いません」
なぜか俺の意志とは関係なく、話が進んで行く。背中を押し始めたのはウィルバート隊長だった。
「ハチ、お前は元からそのつもりだったのだろう? なんとなく、お前がここにやって来た目的もわかって来た」
はい? なんか誤解されてない。俺は職場体験に来ただけなんだが?
「ただし、ハチを連れていくなら私も同行する。神の目を持つイレイザー・ディサイド。その名は辺境調査隊にも届いている。横に並ぶことは適わずとも、脚を引っ張るようなことはしない。役に立てるはずだ。最悪、足手まといだと判断すれば切り捨ててくれてもいい」
「……言うねぇ。覚悟のある男は大好きだ。ウィルバート隊長、あんたもついて来な」
許可が下りた。
決意に満ちた男たちと、逃げ腰の小物。
すんません、この空気で断るのは少し気まずくはありますが、でも余裕で断ります。
「あのー」
挙手をする。すまん、俺は帰る。
「おい、ハチ。お前が神のパーツと五理の一つを極めたこと、言いふらしちゃおうっかなぁ。さぞ話題になるだろうなぁ。貴族の嫉妬ってのは面倒だぞー。ねちっこいぞー。お前に耐えられるかなぁ?」
「きたなっ!」
こいつきたなっ!
汚い大人だ!
イレイザー・ディサイド。大物の皮を被った、小物の成れの果てみたいなやつ!
「……俺は、調査までしかしませんからね」
「それで十分だ。俺だって、魔獣と戦うのは出来るだけ避けたい。その魔獣が俺よりも強いなら、単騎まともに戦えるのは学長と団長くらいだろうからな」
戦えるやつがいるのか……。それに驚きだ。
話はまとまったらしい。
ヘーゼルナッツ博士も護衛が増えて嬉しいというより、話し相手が増えて嬉しいといった感じか。
ウィルバート隊長が辺境調査隊に報告に向かい、隊長代理にテミアさんを指名した。
辺境調査隊とは別に、ウィルバート隊長だけが俺たちと共に行動する。
そんな流れがまとまった頃、隊長代理に指名されたテミアさんに呼び出された。
さっきまでウィルバート隊長と話し込んでいたけれど、何かあるのだろうか。
「ハチ君、呼び出してごめんね。これから大切な仕事だって言うのに」
「美人のために割く時間を惜しいと思ったことはありません」
食事と美人のための時間は、いつだって作れます。
「その……彼のことをよろしくお願いします。ハチ君が大変なのもわかるけど、隊長は……不器用だから。ハチ君が凄い人だってことは、この数日でなんとなく感じてる。だから、あの人に何かあったら、少しでも力になって欲しいの」
お願い、と消え入りそうな声で俺の手を両手で包み、祈るようにギュッと握りしめた。
……もう結婚しちゃいなよ。ユーたち結婚しちゃいなよ。
普通なら断っている。小物は自分のことで精一杯だからだ。
けれど、飯、金、権力、美女。これらを前にした小物は引けないだ。
「はい、頼まれました。ウィルバート隊長はこのハチが責任も持ってテミアさんの前に連れ戻してみせます」
「……ありがとう、ハチ君。本当にありがとう」
だから、結婚式には招待してね。式に並ぶ料理たちは、豪華であればあるほど良い。量はあるだけあると良い。
小物に逃げてはならない戦いはない。けれど、いろいろ雁字搦めにされて逃がして貰えない戦いはある。今回はそういう戦いになりそうだ。
そうして旅立った俺たち。
あの気味の悪い村ではあたりの植物が枯れ、川の水が減り始めていた。
どうやら、精霊がこの地を恐れて離れ始めたらしい……。





