105話 クラウスはやっぱりクラウス
泥にまみれたディゴールの懐から、何かがはみ出していた。
「……なんだ、これ」
震える指でそれを引き抜く。
ぬれて皺になった紙。そこに書かれていたのは、信じがたい計画だった。
一年生の複数人が、クラウスを狩るために練り上げられた計画。
具体的な場所、時間、狙い。
……彼らの名前も、そこに記されてあった。
クラウス……お前、舐められているぞ!!
「まさか……これって」
言葉が出なかった。
そんなはず、ない。そう信じたいものの、手の震えは収まらなかった。
そのとき、地面に倒れたディゴールが、かすかに息を吐いた。
「……それは、本物だ」
目を細め、俺を見上げている。
雨に濡れた顔は、もう戦意はなく、ただの老人のものだった。
「頭を働かせて、苦労したみたいだね……ふぇっふぇふぇ。だけど、君が泥をかぶったところで、人は変わらん。人というのは、自分を守るために、他人に害を及ぼす……実に、弱き生き物だ」
低く、重い声だった。
俺は、その言葉に、ほんの少し、心が揺れた。
これは続きだ。
記憶の図書館で見たディゴールの物語の続き。
ディゴールとグラン学長にもかつて、この試験が課された。
そして今、俺たちにも重たい現実が突きつけられる。
目の前の、全てを台無しにしかねない計画書。
雨に濡れた顔から更に冷や汗が流れるんだから、小物の俺でさえ水の滴る良い男になれていることだろう。
再度、紙に目を通す。
胸の奥が、嫌な音を立てた。
計画書はいかにも生徒たちが頑張って作り上げたもの。
そこに記された名前は、ディゴールがその陰気なスキルを使用して集めた情報を書き加えたのだろうか?
まるで、この書類が俺の手に渡ることを予期していたみたいに。
そこに記されている名前に、親しい人物がいないのが唯一の救いだったが、それでもショックは拭えない。
でも。
「俺は……そうは思わない」
気づいたら、紙を破っていた。
濡れた紙は簡単に引き裂く事が可能で、手の中で細切れになって、丸めてぽいー。
「こんな試験を押し付けられたら……誰だって、不安になる。でも、俺は……あいつらが、この計画を実行していないって、信じてる」
そう言い切った。
雨音にかき消されるかもしれない声でも、しっかり言った。
ディゴールは、薄く笑った。
「そうかい。私も、そう願うよ。けれど、クラウスが退学してからではもう手遅れだよ」
ディゴールの言葉は全部が真実だろう。
彼もそんな悲劇を望んでいない。
だって、その痛みを最も知っているのはこの爺さんなのだから。
若き日のグラン・アルデミランを守るために汚れ役を引き受けたディゴールだからこそ言えること。
今行動すれば、この計画書を作成した者たちを排除すれば……クラウスは守れる。そして、試験の穴を突くこともなく、俺たちの退学は免れる。裏切り者を倒したんだという正義の名の下での行動と言い訳もできるだろう。
ディゴールの言葉には甘く、深く、危ない誘惑があった。
「……ああ、見ててよディゴール。それだけの傷を受けて尚、こんな短期間で目覚められるんだ。レジェンドは凄いや。どうせスキルもまだ使えるだろ?」
「……使えるが、それがどうした?」
使えるなら十分。
この人はカイネル先生くらい偵察が得意だからな。
「100年近く前、あんたが見られなかった光景を見せてやる。ずっと、ずっと、その後悔を胸に抱えていたんだろう? 俺が見せてやる。人ってのはそんなに汚くも弱くもない。そして、もうあんたも自分を許してやって欲しい」
「私を救うのかい? ふぇっふぇふぇ、不思議な子だね。こんな理不尽なことをしている私にさえ、救いの手を差し伸べてくれるのか」
「ああ、あんただって救ってやるさ。まあ、見てなって」
一瞬、この計画書のせいで酷く動揺してしまったが、もう気分はすっかり明るくなっている。
空もそれに釣られたのか、晴れ渡って来た。良くできた施設だよ。
「小物は明るく生きるのが得意なんだ。暗く生きるのは大物の特権だ」
影を背負った生き方や、辛い背景があるのはいつだって英雄や大物たちだ。小物にそんな深い背景があっても「いや、そもそもその小物誰やねん」となりかねない。
だから、俺は小物として生まれてからずっと、明るく生きるように努めている。
今回だって、きっとよくなると信じている。
小物に、そんな大きなハードルは用意されていない……はずだ。
「んじゃ、俺行くね。また会おう、ディゴール先生」
「……ハチ・ワレンジャール」
最後は目を合わすことなく、ディゴールと別れた。
彼と別れて戦いの傷を癒していると、すぐに夜になった。二日目が終わろうとしている。
大木のくぼみの中、俺はリスみたいに丸まっていた。
体の下に葉っぱを敷いて、木の根っこを枕に、全身をぎゅっと縮めて。
「うう、固い……でも、あったかい……」
傷が痛くて、泣いちゃいそう。
くぼみにすっぽり収まる感じが妙に落ち着く。小物は狭いところがお好きです。
今日の雨で、服はまだじっとりと濡れている。
服は泥だらけ。腕も傷だらけ。……それでも、寝れたのは寝れた。
全てが終わったんだ。きっといい方向に動くはず。そう信じて一夜を明かしたのだった。
――最終日。
ここで、俺のハンティングゲームの計画は正式な終わりを迎える。
仲間を信じて、後はあれを待つだけ。
特にやることもないので、鼻歌をご機嫌に歌う。木の上ではディゴールのスキルで作られたカラスもいた。
俺の歌、ちゃんと上手だよね?
そんなこと気にしているときだった。
「おい」
くぼみの外から、低い声がした。
人の脚が見える。
……待ち人、ではなかった。
見上げると、そこに、まさかまさかの人物、クラウスがいた。
「はい?」
寝ぼけてるのかと思った。だって、クラウスが俺の元に?
持ち込んだだろう豪奢なコートは泥に汚れ、髪も乱れ、顔はめちゃくちゃ真剣だった。こんなクラウスは珍しい。一生に一度見られるかどうかかもしれない。
「ハチ、よくやく見つけた。……お前に、話がある」
その目は、いつもの軽薄な貴族スマイルじゃない。
切羽詰まってる。何かを決意した男の目だ。
……なにこれ、めちゃくちゃ嫌な予感しかしないんですけど?
ふと、脳裏にディゴールの所持していた計画書が過った。
まさか……クラウスの身に!?
とか思っていたが、その杞憂はすぐに晴れた。
クラウスはちゃんと最終日まで自分のポイントを守り抜いていた。
それを手に持っているので、間違いなく盗られていない。
けれど、なぜ手に持っている?
そして、その真剣な表情はなんだ?
俺は先日、クラウスから追放されている。
元々派閥に所属していたつもりはないのだが、クラウスの中で俺は舎弟であり、大事なクラウス派閥を構成する一員なのだ。
実際、ワレンジャール家はヘンダー伯爵家の元、数百年太鼓を叩き続けて来た一家だ。その子孫である俺がクラウスの下に付くのは自然っちゃ自然だけれど。
「あのー、クラウス様? どうしたのでしょうか? お腹でも空きました?」
俺を探していたみたいだし、わざわざ呼び出すものだから大事な用事かと思って話すように水を向ける。たぶんお腹が空いたのだろう。もしくは、野外でトレイに困っているか。
クラウスのことだ、絶対に飯かうんちだろう。6対4でうんちと見た。
「この三日間、ずっと考えていた」
「うんちのことを!?」
「は?」
「いや、すみません」
ごめんなさい。絶対にうんちのことだと思って、つい口に。
ちなみに、俺は我慢派だ。試験が終わり次第、トイレに駆け込もうと思っている。
「ハチが、この学園からいなくなることを、だ。つまり、僕の傍から離れることを考えていた」
「ああ……」
お、おうって感じだった。クラウスにそんな真面目な思考が出来たとは。
食べ物と女と権力にしか興味がないと思っていました。ごめんなさい。
「離れるのか、ずっと一緒にいた僕たちが……」
そういえば、クラウスとの付き合いは長い。
実は、親友とも思っているアーケンやシロウより長かったりする。
この小物としての新しい人生。最初に親しくなった同年代は婚約者のノエルだ。しかし、男の同年代、友達ポジションで考えるとこのクラウスが最初となる。
いや、全然友達じゃないけど。クラウス、嫌なやつだけど。
「今回は、すみませんでした。クラウス様に追放されるのも当然だと思っています。甘んじて受け入れます」
しおらしいことを言うが、実は毛ほども気にはしていない。
クラウスの専属小物たちからこれから嫌がらせを受けないで済むと思うと、むしろ+の側面が大きい。
「……その件だが、取り消すことは出来るか?」
「取り消す?」
おいおい。
一度お祈りメールを出しておいて、後日やっぱり人員が足りないためうちに来ませんか? というとんでもない誘いを受けた就活以来の衝撃だぞ。
「ああ、その……あの時はつい感情的になってしまった。僕としたことが、柄にもなく冷静さを失って」
「クラウス様は普段クール系ですもんね」
自然に太鼓持ちしてしまう。もはや体に染みついた匠の技。他の小物どもにマネできようか? いや、出来ない。反語!
「ふふっ、やはり僕のことを一番理解しているのはハチだな。僕の深いところを見抜いている」
「クラウス様、深いですもんね。深すぎて、周りは逆に浅いと思っているまでありますもんね」
「だろう? あいつらは何もわかっていないんだ」
クラウス派閥が大きくならない理由はクラウスが深すぎるから。そういうことにしておこう。それが一番平和的な回答だ。
「でも、ハチはいつだって僕のことを理解している。……考えたんだ。ハチがいなくなった後のことを」
「ほう……」
意外と真面目な側面が……。
ごめん、絶対にご飯のことかうんちのことかと決めつけて。いや、ほんとごめん。
「考えた結果、ハチがいなくなるのは嫌だ、と思った。でも、僕には何も案がない。三日間、随分と大人しいものだった。たぶん、ポイントの奪い合いは起きていない」
それを聞いて心底安心する。
俺は戦いに忙しかったので、状況を把握できていない。
願うばかりで、後はみんなにお任せって感じだった。
けれど、クラウスは状況を把握していそうな雰囲気。その人から、実際に聞かされると随分と安心できた。
「このままだと、ランダムで50人が退学になってしまう。その中にハチがいた場合、僕はとても……嫌だ」
「ほうほう……」
これは?
一体、どういう風の吹き回しだ?
俺の全く予想していなかった展開に、流石に動揺する。
そして、決定的となる行動がこの後起きた。
クラウスが手に持っていたポイントを俺に差し出してきた。
ワッツ!?
あまりにも予想外。
嘘だろ……お前、本当にクラウスか?
熱、出てない? 誰かのスキルで化かされてない? 変なキノコ食べたんでしょ!?
「ハチ、このポイントは君にあげるよ。退学は、僕一人で十分だ」
「クラウス様……」
あまりの出来事に、開いた口が塞がらない。
本当に顎が外れそうなくらい驚いている。
嘘だろ? 嘘だよな? おい、嘘だと言ってくれ?
これがクラウスだと?
「僕はずっと呪いに縛られていたのかもしれない……」
「呪い?」
そんな厄介なものに引っかかっていたのか、クラウス!? どうせ格好いいアクセサリーを買ったら呪われたんでしょ! それ見たことか!
「幼少の頃、僕が優秀な成績を取らないと、使用人たちはあからさまにがっかりしていた。家族や、弟たちからの期待の視線も大きかった。僕は常に、優秀でエリートなクラウスでいなければならなかった」
なんか……全然違う話だった。
今日のクラウス本当にどうした? 俺の知らない人なんだけど。深い、ちょとだけ深いよ、クラウス!
「僕はずっと、彼らのために頑張っていたんだ。彼らのために優秀で、格好良い僕でいなくちゃならなかった」
「大物も大変ですね」
これは心から出た言葉。
たまに大物に憧れたりもするが、そりゃそうだよな。人には人の乳酸菌があるように、大物には大物の乳酸菌……じゃなく、大物の苦しみがあるんだよ、きっと。
「けれど、ハチの自然な姿を見ていると、たまにそれらが馬鹿らしく思えてくる。僕もハチみたいに、心のままに動いた方が良いんじゃないかって」
俺は心のままにってか、体のままに動いているだけだ。
腹が減ったら食う。腹が減ったら食堂へと駆け込む。パンが余ってたら、全部貰う。それだけだ!
「気づいたら、僕はハチと離れたくないと思ってしまっている。もう呪いはおしまいだ。僕はようやく、偽りから脱することができた気がする。これからは本当に大事なものを優先して生きる。だから、これ……」
それでこの行動に繋がるのか。
クラウスが自らの10ポイントになる貴重すぎるカードを俺に差し出して来る。
自分が退学する。
そして、俺を生かすための行動。
ううっ。
……泣いちゃった。
クラウスの行動に、あのくずキャラすぎるクラウスの成長に。
涙を我慢できなくなってしまっていた。
クラウスの差し出したポイントを掴む。
ありがとう、クラウス。
でも、解決したんだ。成功させたんだよ!
誰も退学しなくていいように、俺はこの三日間……いいや、みんなから嫌われていた期間も含めると一か月弱も頑張ったんだ。
でも、ありがとうクラウス。この行動は本当に嬉しいよ。初めて、お前のこと友達だと思えた気がするよ。
「……あれ? クラウス様? あのー、ポイントを放して下さいませんか?」
一応ね。
俺はクラウスのポイントを受け取るつもりなんてない。
そもそもクラウスだけじゃなく、みんなを守るために動いていたのだ。誰の退学だって望んじゃいない。
けどね。このクラウスの行動を一応、最後まで受け取って、返してから、ようやくクラウスの美しい自己犠牲が輝くかなと思ってたんだけど……。
ぎぎぎぎっ。
めっちゃ力凄いんだけど!!
ポイントをくれるとか言っておいて、全然放す気がないんですけどこの人!
身体強化まで使用して、カードが割れそうなくらいの力で掴んでいますよ!
「くっ、クラウス様? あのー、ポイントをくれるって先ほど」
「ぐぬぬぬ……!」
顔を真っ赤にして、クラウスが壮絶な葛藤をし始めた。
どっ、土壇場で悩みだしやがった!
おいおいおい。
さっきまでのクラウスはどうした。俺の夢だったのか?
返してくれ! 美しいクラウスを返してくれ!
嫌だ! こんなんじゃいつものクラウスだ。もうクズクラウスには飽きたんだ。頼む、神よ! 今こそ小物の願いを聞き給え。
美しいクラウスをもう一度だけお返し下さい!!
「ならん! やっぱりならん! なんで僕がこんな小物のために退学を! 名誉ある王立魔法学園を退学!? やっぱりあり得ない。くっそー! そんなことがあってたまるか! いいさ、このまま50名がランダムに退学だ! どうせ僕のことだ。きっと生き残る方になるに決まっている! 持っている運が違うんだよ! 小物どもととは!!」
あーあ、言っちゃったよ。
帰って来てはくれませんでした。
クラウスはやはりクラウスでしたー。
ポイントカードをポケットにしまい、クラウスが走り去って行く。
「バーカ! バーカ! 僕としたことがとんでもない愚かなことをするところだった! お前なんて退学してしまえ! 小物が! 小物のハチが! バーカ、バーカ!」
……ちょっ、言い過ぎじゃね?
寒暖差のギャップが凄すぎて、鳥肌が立ったよ。
美しいクラウスは、極寒の地域で水蒸気が一瞬で凍結し空気中に氷の粒が浮かぶ現象、ダイヤモンドダストのように儚く消えて行ってしまった。
ああ、クラウスよ。ああっ……。
……でも、世にも珍しいものを見られたな。
クラウスは結局まだクラウスだったけれど、俺が出会った頃のクラウスなら、きっとあんなセリフを聞くことなんてできなかった。寒暖差を味わうこともない。ずっと冷たいままだ。
やはりクラウスは良い成長をしている。環境がそうさせているのか、人との出会いがそうさせているのか。
……クラウス、俺はまだ待つよ。
きっといつか、本当にそのポイントカードを渡してくれる日を。
そんなとんでもない、予定外のイベントが起きた後、俺の前には更なる予定外のことが起きた。
走り去ったクラウスが見えなくなったタイミングで、木の上に姿を現した人物。
超人的な身体能力と、美しい容姿。この物語の主人公であり、そして彼と最近とても仲の良い女性も一緒にいる。
アーケンと砂の一族イェラが共に姿を現す。
二人の登場も予定外で、少し驚く。
「アーケンに、イェラ!」
呼びかけると、二人が地上まで降りてきてくれた。
何か用事があるのかと思えば、二人がクラウスと同じ行動を取った。
そして、こちらはクラウスとは違い、本当に実行した。
「これ、オラの分。そして、こっちがイェラの分だ。話し合って、決めたんだ。オラたち、この学園を辞めて旅に出ることにしたべ。この学園は確かに優秀な先生方がいて勉強になるけど、しばらくは砂の一族の方で世話になるつもりっしょ。あっちも凄い厳しく指導してくれるらしい」
「そういうことだ、ハチ。私たちは退学することにする。貰ってくれ。このままでは50名が退学になってしまうからな」
まさかの行動に、また泣いちゃった。わっ。
朝起きてからまだ水を飲んでいないんです。
泣きすぎて、水分が枯渇しそうです。
「ハチがいないのに、ここにいても意味ないっしょ。ハチと別れるのは寂しいが、また会えると思ってる。きっと再会できる」
「私もあなたに恩がある身だ。族長様に事情を話せばわかってくれるはず。ハチ、残るのは君が相応しい」
首を振った。
泣きながらも、大きく首を振った。
二人こそ相応しいんだ。
その美しい心意気、そして二人の才能こそが、この最高の教育機関である王立魔法学園に相応しいんだ。
感動で言葉が出なかった。でも、なんとか二人のポイントを辞退していると、また他の生徒たちが現れた。
シロウとその恋人。そして平民会の王であるニックンまでも同じタイミングで登場した。
「あっ、ニックン。たぶん、用事は一緒かな?」
「シロウ。そうだね、多分一緒だ」
シロウとその束縛の強い恋人がポイントカードを差し出して来る。
シロウの恋人はめっちゃ束縛強いタイプで、そのせいで最近はシロウと遊ぶ機会も減って少し疎ましく思っていたのだけれど、まさか!
ニックンも自分のポイントカードを差し出して来た。
「やっぱり一緒だったか。ハチ、僕と彼女のポイントは君のものだ。たぶんハチのことだ、何かをやっているんだと思うけど、この試験はあまりにも理不尽だ。失敗するかもしれないだろう? だから、退学するのは僕たちで良い。伯爵様の合宿でハチに救われたこと。そして実家のトラブルをハチが解決してくれたこと。僕は君に一生かかっても返しきれない恩がある」
「シロウが、そう言っていますので」
二人がポイントカードを受け取るように促す。
もうやめて!
わっ、泣きすぎちゃった。水分が!
「この学園は惜しいが、僕は君にこそ生き残る権利があると思っている。そもそも、君がいなければ僕はここにいない。ハチ、これを受け取ってよ」
「シロウもそうだったか。ハチ、君のここ最近の行動にはハッキリ言ってショックを受けたよ」
泥を被ったことか。
みんなに嫌われて、俺だけがターゲットになるように仕向けた。
ニックンには悪いことしたと思っているが、でもおかげで計画は成功したんだ。
「でも、冷静に考えてみればハチがそんな奴のはずがない。それに、追い込まれてそういう本性を晒したんだったとしても……僕は別にそれでいい。シロウと同じで、恩が消える訳じゃない。ハチがいなければ、僕は入学試験で振り落とされていただろう。そもそも、君がいなきゃここにいないんだ。僕のも受け取ってくれ」
シロウたちがポイントくれるのなら、ニックンの分は必要が無いというのに、何の抵抗もなくポイントを差し出してくれた。
クラウスの一瞬の暖かさに触れた後に、更なる暖かさがあったとは。
涙は血液から出る水分だと聞いたことがある。昨日の負傷で出血もしていて、今日の大泣きだ。
ポカリを所望する!!
「ありがどう……! ありがどう、みんな゛!!」
泣きながら、感謝を伝えた。
そして、一人一人に再度感謝を伝えて、ポイントを返す。
「でも、それは受け取れない。ていうか、受け取らなくて良いんだよ」
「でもそれだと……」
ニックンの杞憂はわかる。でも。
木の上を見上げた。
そこには、しばらく俺たちの様子を見守ってくれていたギヨム王子とレ家のテオドールがいた。
テオドールが俺に何かを投げつけて来る。
「ハチ、成功したみたいだな」
少し方向がずれたが、ジャンプしてキャッチする。
ここでキャッチできなかったら随分とダサい感じになってたぞ……気を付けてくれ。
まだ事情が分かっていなさそうなアーケンたちに、俺は自分のポイントカードを見せ、もう一枚のポイントカードも取り出す。
『30点』
そこに記された特大のポイント。
この試験、一番ポイントが高いのは俺とクラウスの10点のはず。
しかし、俺だけが持っている30点にもなるカード。
これはディゴールから奪ったものだった。
「この試験、俺たちは随分と踊らされちゃったけど、実は真の合格ルートがあったんだ。この30点がその証拠だよ」
ギヨム王子とテオドールは俺の計画を知っている。
けれど、ずっと可能性として考えていた真の合格ルートは二人には話していない。
そもそも確証もなかったし。
けれど、ディゴールを倒して彼から30ポイント分のカードが出て来た時、やはりこの試験には真の合格ルートがあることを確信したのだった。
全てはディゴールが俺たちを試すために用意したシナリオが。





