06.スレッドベイン戦2
「カチュアさん、無事か?」
ベルンハルトとオーグもやって来た。
「皆、来てくれたのね! 早速だけど、三人でスレッドベインを攻撃して欲しいの」
「だけどカチュアさん、俺達の攻撃はスレッドベインに通じにくいんじゃないですか?」
オーグは懸念を口にする。男性はスレッドベインに対し力が1/10に減衰してしまうのだ。
カチュアはそんなオーグに向かって首を横に振った。
「効果は二の次よ。三人には出来るだけスレッドベインの注意を引きつけてほしいの。お腹を水責めにするわ。その時間を稼いで!」
頭部に生えた鋭い顎はスレッドベインの強力な武器の一つだ。
その頭部を攻撃するのはかなり危険な行為である。
「……つまり、カチュアさんはここでスレッドベインを倒す気か?」
ベルンハルトの問いに、「そうよ」とカチュアは頷く。
「水魔法使いに、アンを加えて八名の攻撃役。そして『彼女達』。最高のメンバーが揃っているの。私達なら必ずスレッドベインを倒せるわ。大変だろうけど、皆も一緒に戦って!」
「分かりました!」
「引き受けた!」
オーグとベルンハルトが頷いた。
「カチュア、アンタ、一人で大丈夫なの?」
とアンは心配そうだ。
「ええ、生け贄にされた女性達の中にメリダさんていう、アポーツが得意な物質魔法使いの冒険者ギルド職員さんと、ジョアンナさんていう土魔法使いがいるらしいの」
アンはその言葉を聞いてピンときた。
「土魔法ってことは、階段が作れるわね」
「そう。ここは蜘蛛の糸の上だから、『土』がないのをどうしようかと思ったけど、メリダさん達がいるなら冒険者ギルド新聞に載っていた『スレッドベイン討伐作戦A』がそっくりそのまま使えるわ。 私は水を撒きながら、彼女達と話してみる。上手くいきそうだったら、アン、お願い、皆で頭部を攻撃して!」
「分かったわ」
その時、またグレイスの魔花アマリリスが喋った。
「カチュアさん、カチュアさん」
「あっ、グレイスさん」
「今、体力を回復出来る魔蜜を送るわ。四人で使って」
シュルルッとどこからともなくツタが生えてきて、ポポポポッンと花弁の真ん中にまん丸な蜜を蓄えた花が四輪咲いた。
「グレイス……魔花のグレイスか」
ベルンハルトが呟く。
「知ってるの? ベルンハルトさん」
「ああ、『紅蓮の翼団』所属の有名な花魔法師だ。稀少な花魔法使いの中でも、これだけの魔花を瞬時に咲かせられるのは彼女しかいない」
「やっぱりすごい人なのね」
魔蜜は触ると、プルンとつまみ上げることが出来た。そのまま口にいれて飲めるらしい。
カチュア達は魔蜜を飲んだ。
カチュア達の体力が回復!
三人と別れたカチュアは逃げ回りながら腹部に水をかけ続けていたが、元々体力のないカチュアはもうフラフラだ。
「も、もう駄目、走れない」
カチュアが座り込みそうになったその時。
「女、乗れ!」
現れたのはなんと迷路エリアのモンスター、スフィンクスだ。
カチュア達を攫った張本人でもある。
「えっ、敵!?」
思わずお玉を構えるカチュアにスフィンクスは言った。
「敵ではない。ローラにお前の力になってくれと頼まれたのだ」
「えっ、ローラちゃんが? 彼女、無事なの?」
「話はあの邪神を倒してからだ。乗れ」
「そっ、そうね。お願いします……」
フラフラでもう走れないカチュアはスフィンクスの言葉に甘えることにした。
ライオンの背中には生まれて初めて乗ったが、意外と乗り心地がいい。
「女、どうするつもりだ?」
スフィンクスは背中のカチュアを振り返り、尋ねた。
「なるべくスレッドベインを引きつけながら腹部に水をかけたいの、出来る?」
スフィンクスは自信たっぷりに言った。
「造作もないわ」
カチュアは知らないが、スフィンクスは先程、カチュアの『防御の腕輪』の効果で、行動不能になるほどの怪我を負った。そのキズはすっかり癒えている。
カチュアはスフィンクスに乗ってお鍋の蓋でスレッドベインを水攻めにする。
目標であるスレッドベインの腹部、呼吸孔に水魔法を当てるのは大変だが、
「頑張ってー、もう少しよー」
「そっちも頑張ってー」
「あー、辛いー。終わったらお酒! 飲みましょう!」
「いいわねー」
と水魔法が得意な攻撃魔法使い、コロンと氷魔法が得意な攻撃魔法使い、オリーファとエールを送り合うカチュアだった。
「あ、スフィンクスさん、多分、あの人達だわ!」
カチュアは魔法陣の端で、冒険者ギルドの制服を着た女性と茶色のローブを着た女性を見つけた。
物質魔法使いのメリダと土魔法使いジョアンナだ。
二人ともあまり戦闘能力が高くない。
そのため土魔法で壁を作り、防御に徹していた。
スフィンクスから降りたカチュアは二人に駆け寄る。
「二人とも。聞いて! スレッドベインを倒すために二人の力が必要なの」
「えっ」
「わっ、私達の力?」
「そうよ」
冒険者ギルドが発行している新聞、その名も冒険者ギルド新聞ではこのところ邪神スレッドベインに対する特集記事が紙面のほとんどを占めている。
人気記事は各界のスペシャリスト達が考察する『邪神スレッドベイン』の倒し方だ。
愛読する四コマ漫画の隣だったので、カチュアは毎回ついでに読んでいたのだ。
「そのうちの『作戦A』を決行しようと思うの」
とカチュアは二人に言った。
「『作戦A』?」
『作戦A』はまず腹部の呼吸孔で水魔法か、氷魔法を使う女性魔法使いが複数名で水攻めにする。
呼吸孔から水が入ると、スレッドベインは呼吸が困難になり、窒息に近い状態になる。
理論上はこれで一時的にだが、行動不能に至る深刻なダメージを与えられるはずだ。
その隙を狙って、八人の女性攻撃役が頭部にある八つの目を攻撃する。
攻撃の際、一人が一つの目を担当し、同時に破壊するのが最適解だ。そうでないと、残った目が呪いと強酸の涙を飛ばし、攻撃してくる。
だが巨大な邪神スレッドベインの頭部は三階建ての建物に匹敵する高さがある。
そこで土魔法の出番だ。
「土魔法で頭部まで届く階段を作り出してほしいの。八人が同時に登れる大きな階段よ」
「……」
カチュアの言葉を聞いてジョアンナは考え込んだ。
沈黙の後、それまでの少しおどおどした様子は消えて、ジョアンナは別人のように堂々と答えた。
「条件さえ整えば、出来ると思います」
「条件て?」
「硬すぎず、柔らかすぎない適切な状態の土が大量に必要です。……でも」
とジョアンナは周囲を見回す。
「ここの地面は、土ではなく、蜘蛛達が作り出した糸。何もないところから土を作り出すのは……」
無理です。
ジョアンナがそう言う前に、メリダが声を張り上げた。
「出来ます! 私は物質魔法使いです。土ならいくらでも運んでみせます!」
メリダはそう断言した。
「良かった! じゃあ、メリダさん、ジョアンナちゃん、合図したらお願い!」
「はい!」
「あの、あなたのお名前は?」
ジョアンナがカチュアに聞いた。
「私? 私はカチュアよ」
「カチュアさん! 気をつけて!」
「あーりーがーとー。二人も気をつけてー」
カチュアは再びスフィンクスの背に乗り、メリダとジョアンナに手を振り去って行く。
「さて、もう少しね」
カチュアの目の前にはスレッドベインの黒々とした巨体がある。
水をかけられ、苦しいらしく、スレッドベインはカクンと脚を曲げ、体を斜めにしている。
息も絶え絶えの様子だ。
あと一息で、行動不能に出来る!
だが、二人の魔法使いコロンとオリーファの魔法の威力が衰えている。限界が近いのだ。
一方カチュアのお鍋の蓋から出る『美味しい水』は魔力を消費しない。どういう原理かサッパリ分からないが、お鍋の蓋を掲げると湧き出てくる。
ただ腕は疲れる。さっきから、ぷるぷるしている。
「あと一踏ん張りよ!」
二人に比べれば、少しだけ余裕があるカチュアは自分自身を鼓舞する。
――そんなカチュアの元に音もなく忍び寄る影があった。
ベルンハルト達はスレッドベインを攻撃する傍らで、カチュアの周囲に敵が近づかないように警戒しているが、その防衛網をかいくぐり、一匹のウェバーがカチュアの元に襲いかかった。
「シャー!」
「きゃっ」
不意を突かれたカチュアはウェバーの攻撃から逃れられない。
しゅぴーんっ。
その刹那、一筋の閃光が走った。
鋭い爪でウェバーの横っ面を思い切り殴りつけたのは、
「くまちゃん!」
カチュアの傀儡ぬいぐるみシェフ(食料調達係)くまのすけだった。
「くまちゃん、無事だったのね」
カチュアはくまのすけに話しかけた。
カチュアはくまのすけが、カチュアを守ろうと爆殺したのを知らない。素直に落としてしまったと思ったぬいぐるみとの再会を喜んだ。
「……」
くまのすけは何も喋らない。
でもほんの少し、いつもより嬉しそうだ。
「シュ、シュッ……」
情けない息を吐いて倒れるもう一匹のウェバー。
その傍らに立つのは、まち針の剣を装備したもう一匹の傀儡、ぬいぐるみ剣士のくまきちだ。
「あなたも無事だったのね、良かったー」
くまきちもカチュアに駆け寄り、肩に乗る。
「よーし、やるわよ! スフィンクスさん、飛んで!」
「よし」
くまきち、くまのすけとの合流し、気合いを入れ直したカチュアを乗せ、スフィンクスは大きく跳躍する。
呼吸孔のすぐ近くまで飛び上がり、カチュアは、お鍋の蓋を構え、叫んだ。
「最高水流!」
***
お鍋の蓋から勢いよく水が噴射され、その一撃がとどめとなり、スレッドベインは呼吸困難に陥った。
「クキキッッ」
スレッドベインの動きが止まる。
カチュアは魔花アマリリスに向かって叫んだ。
「グレイスさん、今よ! 皆に合図して」
「分かったわ、メリダさん、お願い!」
グレイスの合図で、メリダが魔法を唱える。
「物質錬成『土』! アポーツ開始します」
物質魔法使いと称される術者達は、大きく分けて二種類の能力に分類される。
一つは物質を無から作り出す物質魔法使い。宝石や限られた条件下でしか見つからないレア金属を錬成することが出来る。また物質を『強化』や『変質』させて別の性質を持たせることも可能だ。
一方メリダの物質魔法は、アポーツ。
物質を引き寄せる能力で、何もないところから何かを生み出すことは出来ないが、大量の物質を調達することが出来るのだ。
メリダは横穴近くの土を大量に転移させた。
ジョアンナが必要とする『硬すぎず、柔らかすぎない適切な状態の土』を。
続いて、ジョアンナが魔法を唱えた。
「土魔法! 『生成:階段』!」
ジョアンナが魔法を唱えると土は見る間に巨大な階段に姿を変えた。
「行くわよ!」
アンが七人の女性達に号令をかける。
「ええ」
女性達が一斉に階段を駆け上がる。
「シャーーー!」
そこにあったのは巨大なスレッドベインの頭部だ。
八個の眼はぎらついた赤い光を不気味に放ち、見る者に底知れぬ恐怖を与える。
その姿は、まさに魔物の王、邪神である。
だが、アン達は怯むことはない。
付与魔法師のシンシアが最大のバフを掛けたので八人の体には力が漲っている。
アンが槍を
マーサが剣を
イラーナが弓を
キャルが双剣を
セリアが必殺の蹴りを
サリーがモーニングスターを
マリーが大鎌を
ベルゼアが炎を纏った鉄扇をスレッドベインの目に叩き込む!
「□◎▲!!◯△□×!!!!」
スレッドベインは音とは認識できないような、天を裂く凄まじい悲鳴を発した。
周囲の大地を震わせながら、大蜘蛛はのたうち回る。岩のような外殻が無数にひび割れ、砕け散っていく。
魔法陣の真ん中が真っ赤に光る。
それはスレッドベインがこの世界に召喚された時と同じ、不気味で異質な輝きだった。
「ヒュルル、シュシシュュュ…」
スレッドベインはその光から逃れようともがくが、砕けかけた巨体は、抗う術もなくその光に吸い込まれていく。
「シャア…」
最後の断末魔がか細く途絶えた瞬間、圧倒的な威容を放っていたはずの邪神スレッドベインの姿は完全に消え失せていた。
世界は嘘のように静まり返り、張り詰めていた空気と魔力の奔流が霧散した。





