11.【閑話】エド、ジュニア校に入学するその3
そして迎えた入学の日――。
エドは無事に特待生に指名された。
エドだけではなく、マーク、イサーク、ウィリアム、そしてスコットもだ。
特待生は寮で同室になる決まりらしい。
エドのルームメイトになったのは、マークとスコットだった。
「なんでお前らと僕が一緒の部屋なんだ!」
スコットは文句を言うが、エドは知っている顔が揃ってちょっと心強い。
引っ越しの荷物を部屋のそれぞれのスペースに詰め込んでいく。
寄宿舎の共用部屋はドーミトリールームと呼ぶ。
共用部屋はそれほど広くない。
個人のスペースはベッドと勉強机、それから私物入れ兼用のクローゼットだけ。
着替えや勉強道具の他にエドが持ってきたのは、ぬいぐるみのくまのすけ、そして幸運を呼ぶ壺だ。
いらないと断ったんだけど、お母さんのカチュアがくれた。
「これ、一体何の役に立つんだろう」
とエドはもらった瞬間から疑問に思っている。
カチュアが持たせてくれた変なものはもう一つあった。
そっちも「使い道なさそう」と思うエドだったが、意外にもすぐにすごく役に立った。
「ねえ、ウィリアムが起きないんだ。起こすの手伝って」
寮生活初めての一夜を過ごした翌朝、エド達の部屋に飛び込んできたのは、隣の部屋のイサークだ。
大変だ! 早くしないと朝食を食べそびれる。
「放っておけばいい」
とマークは見捨てる気満々だが、エドは戸棚から『それ』を取り出した。
「僕、いいもの持っているよ」
早速エドはイサーク達の部屋に行き、熟睡しているウィリアムを仰向けにする。
「ウィリアム、起きて」
エドはかなり激しく揺すったが、起きない。
そこでエドはとっておきの道具を取り出した。
母のカチュアがくれた『お目覚めガム』である。
お目覚めガムをウィリアムの口に入れると……。
「むにゃむ……うわっ、なんだこれ」
なんとウィリアムはすぐに飛び起きた。
横でイサークが驚いて言った。
「すごい! こいつ、何しても起きなかったのに! これなに?」
「お母さんがくれた『お目覚めガム』なんだ。寝ている人の口の中に入れると、どんなに深く眠っていてもガムを噛んで目を覚ますんだって」
「君のお母さん、何なの!? すごくない?」
***
カチュアがくれたお目覚めガムの効果は絶大だ。
だが、エドが持っているのはあと九十九枚。
まだたっぷりあるが、毎日使うとすぐになくなってしまう量だ。
「なくなったらお母さんにもらえばいいのかな。そもそもお母さん、どこでこれ買ってきたんだろう」
近所の菓子屋では見たことがないガムだ。
ちょっと心配になるエドだったが、なんとウィリアムはそれから時々しか寝坊しなくなった。
だからあんまりガムの出番はない。
エドとマークそれにスコットが、寄宿舎内にある食堂、ダイニングホールで朝食を食べていると、
「おはよう」
「おはよー」
とウィリアムとイサークがやって来た。
「今日もちゃんと起きられたんだね」
エドとイサークが聞くと、ウィリアムは頭を掻きながら言った。
「あの感じはちょっとさぁ」
「味が嫌なの?」
エドはお試しでお目覚めガムを食べてみたが、甘酸っぱくて爽やかな香りのブルーベリー味。結構美味しいなと思っていたが、ウィリアムの口には合わなかったのだろうか?
「いや、味はいい。俺も好き。でも勝手に口が動くのがすごく変な感じ」
「あー、それはそうだろうね」
とイサークは納得した。
「でもエドには感謝してるんだ。寝坊、家族によく注意されたけどどうしても治らなくて。ガムのおかげだよ」
「うん、良かったね」
寝坊癖があるウィリアムはガムの苦しみを忘れた頃、また寝坊する。
その時はイサークがガムを口に入れるので、ウィリアムは一応、遅刻はしないですんでいる。
エドとイサークとウィリアムは同じ一年B組になった。
マークはA組、スコットはC組だ。
学校の授業はそれまで通っていた学校のカリキュラムよりぐんとレベルが高くなった。
予習と復習が必須だが、勉強が好きなエドは苦にならない。
午前の授業が終わると、次は昼食の時間だ。
エド達は昼食を食べにクラスから学校の食堂に移動した。
食事は低学年から順番に提供されるので、新入生のエド達は授業が終わったら先生に引率されて、すぐに食堂に向かう。
「はい、どうぞ」
食堂では給仕の女性が食事が載ったトレイを手渡してくれる。
「ありがとうございます」
エド達はトレイを受け取り、食堂の指定の場所に座って食事する。
今日は魚料理の日なので、メインメニューは白身魚のフライとフライドポテトだ。
大人気の料理に皆、テンションが上がる。
ジュニア校では、お昼は担任の先生と共にクラス単位で食べる決まりだった。
上級生になったら席の移動も出来るようになるらしいが、今は禁止だ。
周りを見回すと、C組のスコットは隣のテーブルにいたが、マークの姿は見つけられなかった。
「組が分かれて残念だね」
イサークとウィリアムは同じクラスだから一緒に昼食が食べられるが、マーク達とは別々だ。
残念がるエドに対し、イサークは周りを見回した後、声を潜めて二人に囁いた。
「A組はさ、特別なんだよ」
「特別?」
「貴族とかアカデミーの教授の家族が入るクラスらしいよ」
「そうなんだ」
「食堂も別って聞いたけど本当みたいだね」
「だからマークはいないのか」
エドは納得した。
「僕らの代ではいないけど、王族の方もこの学校で学ぶから、A組は特別室で特別に調理された食事をするって聞いたけど」
「それならB組の方が気楽でいいなぁ」
とウィリアムが言う。エドも同感だ。
ある程度主食を食べたところで、先生がクラス皆のテーブルを見る。
「うむ、そろそろ良かろう」
と言うと、給仕の人がデザートを用意してくれる。
この時ちゃんと食事を食べ終えてないと、デザートはお預けだ。
しっかり食事を終えた三人の前にデザートの皿が乗せられた。
今日のデザートはキャラメルクリームの上にホイップクリームがたっぷり乗ったキャラメルクリームパイ。
「うわー、ラッキー、幸せすぎるんだけど」
イサークが感嘆の声を上げた。
キャラメルクリームパイを食べながら、エドはイサークに質問する。
「イサークのお家は貴族なの?」
「違うよー」
「そうなんだ、色々詳しいし、トイレ掃除したことないって言うから、貴族かと思ったよ」
とウィリアムも言う。
「違う違う。うちは代々魔法使いなんだ。家には家事用のゴーレムやテイムしたモンスターがいるからトイレ掃除はしたことないだけ」
「えー、家にゴーレムがいるなんてすごい」
「アカデミーを卒業した人が親戚に結構いるから色々教えてもらったけど、普通の職業に就いている人もいっぱいいるよ。まあちょっとは普通じゃないところがある家だけど」
「ロアアカデミーの教授陣には魔法使いも沢山いると聞いたよ。A組に知り合いとかいる?」
「あんまりいない。一口に魔法使いと言ってもいろんな派閥があるんだ。王家や公の組織、アカデミーとは距離を置く魔法使いも大勢いるよ。だからうちはまったくの庶民。エドのお父さんは騎士だろう? 君の方がよっぽど貴族だよ」
エドはそれを聞いて首をかしげた。
「うーん、そうかな?」
エドの父、アランは王国の正騎士なので、騎士爵という爵位を持っている。いわば貴族の一員なのだが、庶民と同じぐらいの生活水準だ。
自分が貴族だと言われても全然ピンとこない。
「イサークは将来魔法使いになるつもり?」
ウィリアムがイサークに聞いた。
イサークは首を横に振る。
「まだ分からない。色々勉強してから決めようと思っていたんだけど」
「けど?」
「この前みんなでミミズ退治をした時、思ったんだ。もっと強い魔法が使えたらって。一通りの魔法は習ったけど、僕、今まであんまり魔法に興味がなかったんだ。でもちょっと魔法の勉強がしたくなった」
「魔法の授業もあるもんね」
「うん」
ジュニア校の勉強科目に魔法学の授業があり、魔力がある生徒はもちろん、魔力がない生徒もこの授業を受ける。
魔法が使えなくても、魔法がどんなもので、何が出来るのか、魔法のことを知るのは重要なことなので、そのための授業だ。
魔法の才能がある生徒は選択授業で実践魔法も学べる。
学校ではその他にも生徒の能力や個性を伸ばす様々な選択科目があるのだ。
「エドは将来騎士になりたいの?」
今度はイサークがエドに質問する。
「子供の頃はなりたかったけど……、多分僕は騎士にはなれないんじゃないかな?」
「どうして?」
エドは考えながら答えた。
「前の学校は騎士学校の下部組織のスクールで、武術の授業が多めだったんだけど、僕は運動苦手だったから才能ないと思う」
「へー、そんな感じには見えないけど」
「お父さんにも小さい頃に剣とか教えてもらったんだけどあんまり上達しなかったし……」
運動はちょっぴり苦手な代わりに勉強は出来たから、それほど劣等感は抱いてないが、少しだけ引け目を感じていたのは事実だ。
お父さんは「騎士の強さは運動能力だけじゃない」と慰めてくれたけど。
「でも、イサークの言う通り、僕も張り付き毒ミミズと戦った時、強くなりたいと思ったから、運動の授業は真面目に受けてみる」
決意を新たにするエドだった。
そんなエドとイサークにウィリアムが言った。
「……なあ、それなら、一緒に冒険クラブに入らないか?」
「冒険クラブ?」







