10.【閑話】エド、ジュニア校に入学するその2
「スコット、距離を取れ」
「下がるんだ!」
先程のダンネス先生のアドバイスを聞いた少年達はスコットに向かって叫ぶ。
「顔に張り付かれるぞ」
「言われなくたって!」
スコットはタイル張りのトイレの床を蹴り、全速力で逃げる。
「ムギギギギ」
その背中を張り付き毒ミミズが奇妙な雄叫びを上げて追いかける。ぐねぐねと不気味に体を揺らし迫ってくる!
「うわー、気持ち悪い」
少し離れたところでダンネス先生おすすめの長めの武器、ほうき、モップ、デッキブラシといった掃除用具を構えたエド達は想像以上に気持ち悪いモンスターに思わず身震いする。
そんな中、一人イサークは意を決したように前に出た。
しかも彼は武器も持っていない!
「イサーク」
マークはあわてて彼の名を呼ぶが、イサークはじっと張り付き毒ミミズを見つめ、手を突き出し、大きく息を吸うと、魔法の呪文を唱えた。
「炎よ、我が手に宿れ! ファイヤー」
火属性の初級攻撃呪文、ファイヤーだ。
炎が、イサークの手から放たれる。
だが、その火が張り付き毒ミミズに命中する寸前、張り付き毒ミミズは素早く身をひるがえし、攻撃を避けた。
「もう一度だ! ファイヤー!」
イサークは再び魔法を唱えるが、またも張り付き毒ミミズに逃げられてしまう。
「うわっ、当たんない!」
ダンネス先生の忠告通り、張り付き毒ミミズは素早い。
攻撃はかわされてしまった。
「イサーク、下がれっ」
またマークが怒鳴る。
「うっ、うん」
今度はイサークも素直に後退した。
イサークの炎攻撃は張り付き毒ミミズにダメージこそ与えられなかったが、スコットが逃げる時間を稼いだ。
この隙にスコットは走ってエド達に合流する。
「逃げるぞ、先生達を呼んでこよう!」
スコットはごくごくまっとうなことを言い、いつものエドなら一も二もなく賛成しただろうが、スコットをのぞく少年達は顔を見合わせた。
ダンネス先生の言ったように、これが、戦わねばならない時なのだとしたら。
自分達でモンスターを倒せるなら……?
「もうちょっとだけ、やってみないか?」
ウィリアムの言葉はエドが考えていたこと、そのものだ。
「うん、やろう」
エドが同意すると、マークとイサークも続いて頷く。
「やるか」
「そうだね」
「馬鹿なこと言うなよ、顔面に張り付かれたらどうするんだ!」
スコットは頭をかきむしった。
「エド、この前のクマのぬいぐるみは持っているか?」
そんなスコットは無視して、マークがエドに尋ねる。
「うん!」
お母さんのカチュアがくれたぬいぐるみ傀儡、くまたろうはポケットの中にいる。今は眠っているようだが、ピンチになったら助けてくれるはず。
マークは頷いた。
「よし、ちょっとだけ戦い、危なくなったら逃げよう」
「戦うって僕らが? 嘘だろう! 今、もう危ないって!!」
スコットが悲鳴を上げる。
「ムギギギギ」
張り付き毒ミミズはこちらを警戒しているようで少し離れたところで立ち止まり、様子をうかがっている。
好都合だ。
今の隙に少年達は頭をくっつけ話し合う。
「スコットが言うことも一理あるんだよね。スコットは先生を呼んできて」
イサークはスコットに向かって言った。
「わっ、分かった」
スコットは脱兎のごとく駆け出した。
残るは、エド、マーク、ウィリアム、イサークの四人だ。
「僕らが戦うのはスコットが戻ってくるまでだ。誰か作戦はあるか?」
マークの言葉にエドが手を上げる。
「聞いて。上手くいくか分からないけど、ためしてみたいことがあるんだ」
エドがポケットに入れて持ってきたのは、くまたろうともう一つ、この前倉庫の戦いが手に入れたベトベトの粘液、『ムカデエキス』が詰まった瓶だ。
あの後、お母さんと一緒に街の道具屋に行き、査定してもらったところ、一番低いランクFの道具で、『ムカデの恐怖』と『ムカデの毒』というごく弱い状態異常を起こす効果があると分かった。
『ムカデの恐怖』はスロウの効果だそうだ。
Fランクは一番価値も効果も低い道具だ。
でもエドにとってはくまたろうや皆と一緒に戦って得た初めての戦利品だ。大事に取っておいた。
「皆の武器にこれを塗って」
エドは『ムカデエキス』をマーク達の武器であるデッキブラシやモップの先端に垂らす。
「あいつ、毒を持っているのに毒が効くのか?」
マークはモンスターのことはあまり詳しくないようだ。不思議そうに聞いてくる。
「うん、これは知り合いの冒険者の人に教えてもらったんだけど、毒を持っているモンスターは自分の毒には耐性があるけど、他の毒には耐性がないことがあるんだって。『ムカデエキス』が効く可能性はあると思うよ」
道具屋にはたまたまカチュアの知り合いというトレジャーハント専門の冒険者チーム『夜明けのギャンブル団』の団員達がいて、彼らが教えてくれたのだ。
到底母カチュアの知人には見えないアングラ系の人々だが、一緒に戦ったことがある戦友だとかで仲良さそうに話していて、エドにも色々と親切にしてくれた。
別れ際、彼らにエドはこっそり耳打ちされた。
「お前の母ちゃん、怒らせるなよ」
「ママ、めちゃくちゃ強えぞ」
「うんうん」
何故かカチュアはその人達に恐れられているようだった。
「イサーク、さっきの炎攻撃はまだ使える?」
エドはイサークに聞く。
「少しだけなら」
「火の玉じゃなくて、壁みたいにすることは出来る?」
イサークは考え考え、慎重に答える。
「出来ると思うけど、面で炎を出すには近くでないと無理だ。それに高さは十センチくらいが限界じゃないかな」
「近づくのは危ないんじゃないか? それにその高さの炎なら飛び越えてくるかもしれない」
とマークが心配そうに言う。
「多分だけど大丈夫。張り付き毒ミミズはイサークのことを怖がっている。向こうから距離を取ってくるはずだよ」
エドはさっきの攻撃を見て確信していた。
「そうかな? 攻撃は当たらなかったんだよ」
当のイサークは信じられない様子だ。だが横からウィリアムが言った。
「俺はエドの言う通りだと思う。きっと炎はあいつの弱点だから警戒しているんだ」
ウィリアムも張り付き毒ミミズの動きをよく観察してたようだ。
「トイレから廊下に出よう。左右に分かれて、左がイサークとウィリアム、右が僕とマークだ。ウィリアムは万が一のためにイサークを守る役目だ」
「オッケー」
「わかった」
とイサークとウィリアムが了解する。
「イサークが炎で壁を作ったら、僕とマークの二人同時に張り付き毒ミミズを攻撃する。今、『ムカデエキス』を塗ったから、一回でも当たれば、スロウと毒の効果で弱らせることが出来るはずだ」
「それなら僕らは二人同時に攻撃しない方がいい」
エドの話を聞いてマークが言った。
「えっ、どうして?」
なんとなく二人一緒に攻撃した方が有利だと思っていたエドは驚いた。
エドの疑問にマークではなく、ウィリアムが答える。
「相手が素早いからだ。俺達は戦闘に慣れていない。新人は立ち回りの時、仲間の動きを邪魔してしまうことがあるんだ。まずは一人ずつ戦い、呼吸を合わせられそうなら二人で戦う方がいい」
エドの計画をマークとウィリアムが補強し、『張り付き毒ミミズ退治』作戦が決まった。
エド達は作戦通り、移動を開始する。
トイレから廊下に走り出た彼らは二人組になって素早く左右に分かれる。張り付き毒ミミズを挟み撃ちにする布陣だ。
そこでイサークが魔法の呪文を唱える。
「ファイヤーウォール!」
壁というのにはちょっと低いが、十センチほどの炎が列を成して燃える。
張り付き毒ミミズは炎に驚き、ひるんだ様子だ。
「えい!」
そこをまず最初にエドが攻撃する。
だが。
「うわっ、素早い」
エドのデッキブラシ攻撃は躱されてしまう。
「次は僕だ」
張り付き毒ミミズにマークが攻撃を仕掛ける。
エドの攻撃は当たらなかったが、スタミナは消費させることが出来た。
少し動きが鈍くなったところで、マークが見事、張り付き毒ミミズにモップを命中させる。
「ムギギギギ」
一撃を浴びると、モップに塗られたムカデエキスのスロウとムカデ毒の効果が発動!
さらに動きが遅くなる。
「エド! 今だ」
「うん!」
エドとマークは今度は一緒に攻撃し、エド達は張り付き毒ミミズを倒した!
***
「先生、こっちです!」
そこにスコットが大人を連れてやって来る。
「おーい、大丈夫かぁ?」
この声はダンネス先生だ。
「先生!」
「俺達、張り付き毒ミミズを倒しました!」
「おー、よくやった。皆無事か? 噛まれた者はいないかー?」
「大丈夫です」
「誰も怪我してないです」
少年達がそう答えると、先生は急に真面目な顔で少年達に言った。
「それは本当に良くやったな。怪我は状況によっては避けられない。だが、今回誰にも怪我がなかったのは、お前達がチームとしてよく考え、行動出来た証だ」
エド達は九歳だ。
九歳になれば、冒険者ギルドに冒険者登録が出来るようになる。
ダンジョンロアがある迷宮都市と名高いこの街では、冒険者登録が出来る年齢になったら、すぐにダンジョンに入り冒険者として活動する子供もいる。
張り付き毒ミミズはダンジョンロアの最低層でよく見かける最も弱いFランクのモンスターだ。
エド達と同じ歳でこのモンスターを倒した子供は沢山いるだろう。
だが、その子達の防具は普段着ではないし、武器だってデッキブラシじゃない。
なにより、初めての戦闘を自分達だけで作戦を組み立て、戦った者はどれほどいるだろうか。
「よくやったな」
ダンネス先生は心からエド達を褒めたのだった。
それを聞いて、スコットがわくわくしながら尋ねる。
「これって特待生の試験に加点されますか?」
「多分されるぞ。俺が報告する」
ダンネス先生はまたゆるい感じに戻ってのんびり答えた。
「やった!」
スコットが歓声を上げる。
エド達も少しくすぐったい気持ちで顔を見合わせた。
スコットほどではないが、評価されるのは嬉しいし、ここまで頑張ったので特待生になれるならなりたい。
「ただし、特待生の適性は総合的に判断される。他の生徒達がお前らより適性があったりしたらそっちが特待生になるだろう。あんまり期待しすぎるなよ」
とダンネス先生は少年達に釘を刺した。
『夜明けのギャンブル団』は36話くらいから登場。カチュアがすごろく蛇を殲滅したところを見てます。
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