04.『新月の指輪』の材料集め
「立ち話もなんです。さあ、中にどうぞ」
ネオロはカチュア達を家に招いてくれた。
何故かクルトも一緒だ。
「早速だけど、『新月の指輪』を作って欲しい。君なら『新月の指輪』の指輪を作ることが出来るとここにいるクルトに聞いた」
ベルンハルトがガンマチームを代表してネオロに依頼をする。
「ふむ」
それを聞いたネオロは腕組みをして考え込んだ。
しばらくして彼は顔を上げ、言った。
「確かにお作りすることは出来ますが、材料が足りません」
「材料?」
「ええ、『新月の指輪』を作るにはまず、暗闇大鎧魚の鱗が必要なのです」
「暗闇大鎧魚?」
「八十八階の湖にいるという硬い鎧で覆われた凶暴な魚モンスターです」
「八十八階……」
カチュアは思わず絶句した。
ここは五十二階。
ここまで来るのにも大変だったのに八十八階は、随分遠い。
「八十八階まで行くにはちょっと時間が掛かるわね。でもその暗闇大鎧魚の鱗を手に入れたら『新月の指輪』を作ってくれるの?」
カチュアは驚いてしまったが、アンは冷静にネオロに尋ねる。
「いえ、『新月の指輪』を作るには、ただ暗闇大鎧魚を倒すだけでは駄目なんです」
「駄目?」
「暗闇大鎧魚はその名の通り辺りが暗ければ暗いほど全身を覆う鱗が硬くなるという珍しい性質を持っています。『新月の指輪』を作るには暗闇大鎧魚の鱗が最大の強度になる時、つまり新月の晩に倒す必要があります」
「では新月の晩に暗闇大鎧魚を倒してまた来るとしよう」
とベルンハルトが言った。
だが、ネオロは「暗闇大鎧魚の鱗だけでは材料が足りません」と首を横に振る。
「あと何が必要なんだ?」
「新月石という鉱石です。これはこのドワーフの里の近くにある百鉱の洞窟で手に入ります」
「ひゃくこうの洞窟?」
「わしらがここに里を作ったのは、この百鉱の洞窟が近くにあるからなんだ。百鉱の洞窟はその名の通り、百種類もの鉱石が採れる洞窟だ」
と横からクルトが口を挟む。
「へー、便利」
「新月石は新月の晩のみに光るという石です。新月以外にはまず見つけることが出来ない石です」
「こっちの材料も新月じゃないと駄目ってことですか」
とリックが聞いた。
「はい。さらに新月石は新月の晩以外、月の影に隠れたように石の気配が消え、存在も忘れてしまいます。そのためよく紛失するという鍛冶屋泣かせの石でして」
「ふうん」
いろんな石があるんだーとカチュアは感心した。
「そして暗闇大鎧魚の鱗の方ですが、太陽と月の光を浴びると劣化すると言われています。指輪の効果を最大にしたいなら、その日のうちに作るべきでしょう」
「つまり、暗闇大鎧魚の鱗と新月石は新月の晩、同時に手に入れるのが望ましいってことね」
「ふむ、二手に別れる必要があるのか……」
ベルンハルトの呟きにネウロは訂正を入れる。
「いいえ、三手です」
「三手?」
「もう一つ、火モグラの屁が必要なんです」
「へ?」
「はい、おならです。火モグラの屁は火力を高める効果があります。暗闇大鎧魚の鱗はとても硬いので制作には火モグラの屁が欠かせないのです。新鮮なものの方が火力が上がりますので、こちらも入手したてが望ましいのです」
「火モグラは近くの林の中に住んでるぞい」
とまたクルトが横から口出しした。
『新月の指輪』を作るには三つのアイテムを同時に手に入れないといけないようだ。
さらに暗闇大鎧魚の鱗は入手するのがかなり先になりそうだ。
「これでは『新月の指輪』をすぐに制作してもらうのは難しいそうだな」
「いえ、ちょっと待ってください」
ネオロはおもむろに立ち上がると奥の方から巻紙を手に戻ってきた。
「そちらの方はとても強そうですね。よろしければこれを使ってください」
そう言って、ベルンハルトに巻紙を差し出す。
「これは?」
「八十八階行きの転移魔法の巻物です。あなたはどうやら名のある冒険者のようだ。一人で暗闇大鎧魚を倒すことも可能でしょう。その間に残りのパーティーの人達で新月石と火モグラの屁を入手すればいい」
転移魔法の巻物さえあれば八十八階にすぐにでも行ける。
「丁度明日は新月です。明日の夜、材料が揃えばすぐにでも『新月の指輪』を作りましょう」
とネオロは言った。
「しかし、これは貴重なものではないのか? どうして僕らに?」
八十八階への転移魔法の巻物は客とはいえ、初めて会った相手に渡すようなものではない。
ベルンハルトが疑り深く尋ねると、ネオロは笑った。
「これは僕の鍛冶屋としての探究心です。以前、質の良くない材料で『新月の指輪』を制作したことはありますが、納得いく出来にはならなかった。もし条件が揃った最高の素材で『新月の指輪』が作れるなら是非作ってみたいのです」
「一級の鍛冶師になるには二級の制作物をいくつも作るか、昇段出来るすごいものを一発作るかなんだ」
とクルトが説明した。
「へー」
ネオロは苦笑して頭を掻く。
「ヒロイカネやオリハルコンのような伝説級の素材を使った制作物なら、一気に鍛冶の等級も上がりますが、そうでなければこつこつと鍛冶仕事を繰り返し、経験値を上げていくしかないんです」
「『新月の指輪』はそこそこ経験値が高い仕事だ。ネオロの実績作りにもなる。やってみろよ、俺も手伝う」
クルトがたきつける。
通常の方法で八十八階に行くのは遠すぎる。
パーティー全員で行くにのは危険だが、ベルンハルト一人なら動きやすいというもの。
ガンマチームとしては願ってもない申し出だ。
「あの、すみません。その巻物、見せてもらって良いですか?」
リックはネオロにお願いした。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
レベル四十を超えたリックはもう盗賊としては一人前だ。
鑑定スキルに似た『目利き』という盗賊スキルを身につけている。
『目利き』は鑑定のように分析は出来ないが、逆に鑑定では分かりにくい売買の相場や真贋、呪われていないかなどが分かるトレジャーハンター向けのスキルだ。
「これ、本物だと思います」
とリックが太鼓判を押した。
「どうする?」
というアンの質問に皆は答えた。
「やる価値はあるな」
「ですよね」
「いいと思う」
「うん」
最後にオーグがためらいながら、言った。
「皆がいいなら、俺もやってみたいです」
「じゃあ、決まりね。ネオロさん、材料は明日揃えるわ。『新月の指輪』を作ってちょうだい」







