03.ドワーフの里到達
「要するに、さっさと先に進みましょうってことよね」
話が長くなって面倒くさくなったアンが雑に話をまとめる。
アンの言う通り、話していても何も解決しないし、ダンジョンの情報屋が教えてくれた「ドワーフの隠れ里」に皆興味津々だ。
王国では亜人種は珍しい存在だ。
迷宮都市ロアで暮らしているドワーフ達も少数ながら存在するが、彼らはもっぱら職人街にある工房に閉じこもって鍛冶仕事に励んでおり、職人街を出ることは滅多にない。
職人街は同じ街の中でもカチュア達が暮らす地区から離れているので、カチュアはドワーフを遠くから見かけたことがあるだけだ。
リック達も同様らしい。
そんなドワーフが暮らす里はどんな場所なのか見てみたい。
ドワーフの隠れ里はダンジョンの五十二階にある。
現在五十階に到達したカチュア達は、ドワーフの隠れ里を目指し、ダンジョンを進む。
***
「ここよね……?」
ガンマチームは情報屋からもらった地図に記された場所にたどり着いた。
五十二階は坑道ダンジョンで、採掘の跡らしい縦穴が四方八方に伸びていた。
迷路のように入り組んだ穴を進みたどり着いた先は、固い岩盤が行く手を阻む行き止まりだ。
場所はここで間違いなそうなのだが……。
カチュア達は情報屋から買ったドワーフセットに着替えていた。
情報屋いわく、隠れ里への道は人間達には開かれない。ドワーフだけが通れる道だそうだ。
このドワーフセットは、人間でもその道を通れるようになるアイテムらしい。
ダサ目の服と小物一式にしか見えないドワーフセットに果たしてそんな効果があるのか?
ちょっと心配だが、ダンジョンの情報屋の指示は、「突き当たりをそのまま進め」だ。
意を決して巨大な岩盤に近づくと、ガラガラという鉄の鎖が巻き上がる音とともになんと岩盤が上へとせり上がっていく。
ドワーフの隠れ里への道が開かれた!
カチュア達が隠し通路に入ると、石の扉はまたガラガラと音を立てて閉じられた。
先に進むしかなさそうだ。
行く手は真っ暗闇だ。
カチュア達はランタンかえるのケロちゃんなどの手持ちの明かりを灯し、道を行く。
しばらく歩いた時、ふいに先頭を歩くリックが声を上げた。
「皆、明かりを消してくれ」
「?」
「先に明かりが見えた気がします」
リックの指示に従い、カチュア達が明かりを消すと、確かに前方に小さな光が漏れている。
明かりを目指して歩くと、先程までの坑道とは打って変わって、郊外の村のような場所に出た。
「ここがドワーフの隠れ里?」
一見すると、のどかな村にしか見えない。
しかし。
「おっ、あんた達、人間だな」
目ざとくカチュア達に声を掛けてきたのは、小柄で耳が尖り髭を生やした中年の男だ。
噂に聞くドワーフそのものの見た目だ。
「そうよ」
アンが答えるとそのドワーフは愛想良く話しかけてくる。
「ドワーフの里にようこそ。買い物かい?」
ドワーフというのはもっと職人らしく偏屈で、目が合った瞬間に「帰れ」とか言われるんじゃないかと思ってカチュアはドキドキしたが、意外と歓迎されている。
「あの、ここって本当にドワーフの隠れ里なの……?」
カチュアがおそるおそる尋ねると、ドワーフは朗らかに頷いた。
「ああ、ドワーフの里だぞ。その様子じゃあ、初めてのお客だな。わしが里を案内してやろう。わしはドワーフの鍛冶屋クルトだ」
さらにクルトは案内を買って出てきた。
クルトは村の中心に向かって歩きながら、ドワーフの里について説明してくれた。
「ここはドワーフの里、わしらは生まれ故郷のドワーフの国を離れてここで鍛冶の修行をしている」
「ダンジョンの中で修行ですか?」
リックが驚いて声を上げる。
カチュアも同感だ。
なんでこんな危なそうなところで修行をしているんだろうか?
「ここの方が鍛冶に使う素材が手に入りやすいからだ。お前さん達も知っているだろうが、ドワーフは手先が器用なんで大抵の若い男は鍛冶屋を志す。女性の鍛冶屋もいるがまあ男が多いな。だから、ここで修行しているのはほとんどが男性だ」
「ふーん」
「ドワーフの鍛冶職には等級があって、四級が見習い、三級が一人前、二級が親方。親方になると自分の工房を構えることが出来る」
と言った後、クルトが自慢げに髭を撫でた。
「わしも親方だ」
「へー」
二級というのがどのくらいスゴイのかよく分からないが、カチュアはクルトに聞いてみることにした。
「じゃあクルトさんは『新月の指輪』を作れる?」
「…………」
そう質問すると、クルトは無言になった。
ややあって、
「わしには無理だな」
という返事が返ってきた。
「ここは一級の鍛冶職人を目指して修行する里で、一番等級が高い鍛冶屋でも二級だ。『新月の指輪』は二級の腕前でも作れるとされているが、火加減が難しく、一級に迫る実力者でないと無理だ。里でもそんなのは、二人しかいない」
『新月の指輪』を作るのは難しそうだが、不可能でもなさそうだ。
「じゃあ作れる人はいるんですか?」
『新月の指輪』が欲しいオーグが目を輝かす。
「ああ、ネオロとボアドなら作れるはずだ。わしのおすすめはネオロだな。ネオロは誰にでも優しくて親切な男だよ。仕事も早いし、文句の付けようがない。二人は今ドワーフの里で『一級鍛冶屋に最も近い男達』と呼ばれているが、絶対にネオロの方が先に一級になるよ。ボアドはダメだ。アイツは不親切で偏屈だ。あんたらもネオロに頼むと良いよ」
クルトはネオロ押しらしく、饒舌に話す。
そして、「さあ、ここがネオロの工房だ」ととある家の前で立ち止まった。
ドワーフの里は修行の場なのでどちらかというと簡素な造りの家ばかりだ。
それでもネオロの家は周囲と比べちょっと大きくこざっぱりとした家だ。
「さてと」
というとクルトはニヤリと笑ってカチュア達に向かって手を出した。
「ここまで案内したんだ。報酬をくれ」
「報酬?」
「大したもんじゃない。その姉ちゃんの槍、珍しい鉱石で出来ているね。一目でいい、見せてくれよ」
アンはここに来る前に何故か槍を布でぐるぐる巻きにして隠していたのだが、ドワーフは特別な鉱石で出来ている武器だというのを見抜いたらしい。
「嫌よ」
アンは即座に断った。
クルトは食い下がる。
「頼むよ、見せてくれるだけでいいんだ」
「嫌」
とアンはつれない。
カチュアは少しだけ、「見せるくらいならいいんじゃあ……」と思ったが、アンはクルトをじろりとにらんで言った。
「あんたらドワーフは見せるだけで済まないでしょう。次は『ちょっとでいいから削らせてくれ』って言い出すから、嫌」
「見たら欲しくなるに決まってるだろう?」
「そりゃ断るわー」とカチュアはクルトに味方してしまったことを反省した。
代わりにベルンハルトが、懐から小さな石を取り出してクルトに差し出す。
「ここまで道案内してくれた礼だ」
以前に採取したちょっとレアな石ラウムストーンのかけらをあげた。
「仕方ねぇな。貰っとくよ」
クルトは引き下がった。
その時。
「おい」
と声を掛けられ振り返った先には、ドワーフの男が立っていた。
ひげ面で背が低くしっかりとした体格。クルトとよく似ているのが、どことなく陰気で不機嫌そうな表情の男はカチュア達をじっと見つめ、やはり、
「その槍を見せてくれ」
とアンに言った。
「だから、嫌よ」
アンはやっぱり断った。
するとドワーフの男は、「ふん、知らねぇぞ」と言い捨ててどこかに行ってしまう。
「あの人、なんなの……」
カチュアが呆然と呟くと、クルトが、
「あれがボアドだ」と言った。
「あの人が」
確かにいかにも偏屈そうな雰囲気のドワーフだ。
「おやおや、声がしたと思ったら、お客さんですか」
家の側で騒いでいたからだろう。
玄関のドアが開いてドワーフの男性が顔を出す。
「あ、ネオロ」
とクルトが言った。
彼が『新月の指輪』が作れるという鍛冶屋のネオロらしい。
ネオロは先程のボアドと違い、ずいぶん優しそうなドワーフだ。
ネオロは柔和そうに微笑む。
「はい、僕がネオロです。何かご用でしょうか?」







