13.デトックス温泉郷かえるの湯その1
「ドワーフ達が住む隠れ里に一番近い入り口は五十二階だ」
とダンジョンの情報屋は教えてくれた。
「五十二階……」
「あら、案外近いのね」
カチュアが今いるのは四十七階。
もうちょっとの距離だ。
「た・だ・し、そこに行くにはちょいと必要なもんがある」
情報屋はもったいぶった口調でそう言った。
「えっ、何?」
情報屋は背負っていた行商の箱をおろし、中をごそごそとあさる。
「ふひひ、コイツだ」
と彼が取り出したのは、服一式に道具。
「コイツは『ドワーフセット』。隠れ里への道は人間達には開かれない。ドワーフだけが通れる道だ。だがこのセットを身につければ、人間でもその道を通れるようになるアイテムだぁ。今なら一セットたったの20万ゴールド!」
***
カチュア達は百二十万ゴールドを支払い、ドワーフセットをパーティメンバー分買った。
カチュア達がお金を払うと、情報屋は「ふひひ、毎度ありー」と煙のように姿を消した。
残されたカチュア達は、ドワーフセットを見てみたが。
「どう見てもただの服ですよね……」
リックが脱力しながら呟く。
迷宮都市ロアの市場なら1000ゴールド出せば買えそうなチュニックとズボンの上下に、帽子、ツルハシ、コンパス、何故か虫眼鏡。
全部合わせても5000ゴールドくらいだろう。
そして五十二階の地図が一枚。
そこに書かれた×印がドワーフの隠れ里の入り口のようだ。
ちょっとぼられた気もするが、カチュア達はドワーフの隠れ里へ行くマップとアイテム一式を手に入れた!
ドワーフの隠れ里は五十二階から行けるらしい。
それとは別にダンジョンの情報屋は『デトックス温泉郷 かえるの湯 団体様ご招待券』のチケットもくれた。
デトックス温泉郷は五十階にあるらしい。
「とりあえず、五十階に行きましょう!」
カチュア達は五十階にあるという、デトックス温泉郷を目指して進む!
***
五十階のようなキリが良い数字の階には特別なボスモンスターが出現することがある。
五十階のボスモンスターは金塊ゴーレムと呼ばれるモンスターで、その名の通り、体は金塊で出来ている。
倒すと高額な金塊が手に入るお得な相手だ。
しかし、この金塊ゴーレム。
硬いことでも有名で、さらに何故か毒攻撃を仕掛けてくる。
ガンマチームはなんとか勝つことが出来たが、戦闘の後、疲れ切ってしまった。
「あー、疲れたー」
おまけにリックが毒に冒されてしまった。
ローラが魔法で毒を治療するが、あまり効果がない。
ローラはレベル45。
中堅クラスの治療師にレベルアップし、毒の治療も出来るようになったが、その効果が及ぶ範囲は一般的な毒だけだ。
金塊ゴーレムが使った毒は特殊な毒のようだ。
特殊な毒はまだローラの手に負えないので、教会や病院に行って治すしかない。
幸い、命に別状はなさそうだが、リックが受けた傷口は緑色に染まっている。
ローラの治療のかいもなく、その色は徐々に広がっているように見える。
リックはキズが痛むのか、ぐったりしている。
一刻も早く治療しないといけない。
ガンマチームは焦った。
「早く地上に戻りましょう!」
その時。
「何か聞こえませんか?」
とオーグが耳をピンと立てて、皆に言った。
「えっ、何?」
カチュアも耳も澄ましてみる。
「おんせん~」
確かにどこか遠くから声が聞こえてくる。
マップはダンジョンではよくある感じの地下牢風のジメジメして暗いマップだ。
周囲は全て石の壁に覆われ、明かりはところどころに置かれたたいまつだけで薄暗く、音が反響して相手がどこにいるのかも分からない。
そして声はなんだかちょっと甲高い。
「ケロケロ~ケロケロ~、温泉~温泉~はいらんかねー」
だがその声は変なかけ声とともにこちらに近づいてくるようだ。
それにしても。
「温泉?」
「キズ、毒、疲労、何でも治すデトックス温泉郷だよー。温泉いらんかねー」
と正体不明の声の主は言った。
「えっ、毒?」
「毒を治してくれるの?」
珍しくローラが大きな声を上げる。
その声で、正体不明の人物はガンマチームに気付いたようだ。
「おっ、お客さんだケロ」
ピョーンと飛んできたのは一匹の大きなかえるだった。
大がえるはすくっと二本足で立ち上がった。
背丈は一メートルくらい。人間の腰の高さくらいある。
「え、かえる?」
「喋ってる?」
ロアダンジョンには多くの種類のモンスターがいるが、人間の言葉を喋るモンスターはかなり珍しい。
だが、五十階を超えるとそうした知能が高いモンスターに出会う機会が増えるといわれている。
かえるは温泉マークが付いたはっぴを着ていた。
かえるは唖然とするガンマチームに向かってケロッと頭を下げた。
「お初にお目にかかります。デトックス温泉郷かえるの湯の従業員、温泉あまがえるのあま吉です。よろしくおたのもうします、ケロ」
そんなあま吉にローラは聞いた。
「毒を治してくれるって本当?」
あま吉は大きく頷く。
「もちろん治しますよ。金塊ゴーレムが使うのはどくどくかえるの毒ですから。かえるの湯につかればすぐに治ります、ケロ」
「どくどくかえるだと?」
それを聞いたベルンハルトが眉をひそめる。
「どうもおかしいと思っていた。ゴーレムが毒を使うなんて聞いたことがない。金塊ゴーレムに毒を渡していたのはお前達か?」
以前にベルンハルトが戦った時は金塊ゴーレムに毒を使われる前に倒したが、今回は運悪く、リックが毒を受けてしまった。
毒を食らわなかった時は、温泉かえるも出てこなかった。
ということは……?
あま吉はギクッと肩をすくめた。
「そっ、そんなことはどうでもいいじゃないですか、ケロ」
あま吉は「ケロ~」と口笛を吹いて誤魔化そうとしたが、ベルンハルトは許さない。
「良くはない。さっさと吐け」
ベルンハルトが詰め寄るとアメ吉はあっさり白状した。
「確かにお渡ししました、ケロ。ですが、ダンナ。金塊ゴーレムがダンナ方に倒されてもすぐに再生するのはうちの湯につかるからですし、冒険者の方も金塊ゴーレムを倒してふところが温まっているでしょう? そこでうちの温泉で毒を治療し、疲れた体を癒やせば、三方皆お得じゃないですか?」
金塊ゴーレムの毒はかえるが提供したものだった!
「えっ、じゃあ、温泉がえるって悪いモンスター……?」
カチュアが思わず呟く。
オーグとアンは武器を握りなおした。
ローラが杖を片手に一歩前に出ようとする。
臨戦態勢だ。
あま吉はあわてて否定する。
「悪くない! 悪くないケロ! 証拠にそこの人の毒をちょっとだけ抑える薬を差し上げるです」
あま吉が取り出したのは軟膏だ。
「貸して」
ローラはそれを慎重に毒を受けたリックの傷口に塗ってみる。
緑色に染まり、広がりつつあった傷口は、軟膏を塗るとあら不思議。
少しだけ色が肌色に戻った。
「効いているみたい」
とローラは胸をなで下ろす。
「毒は完全に治ったわけじゃあないですよ。うちの温泉で湯治しないと治りませんですケロ。そのままだと一週間戦闘力1のかえるになります」
とあま吉は説明した。
「じゃあ、行ってみる? デトックス温泉郷」
とアンが言った。
「えっ、危なくない?」
カチュアはちょっと心配だ。
「あの……」
リックは軟膏のおかげで少し元気になったのか、声を上げた。
「俺、街でデトックス温泉郷のこと、ちょっと調べてみたんです」
「えっ、そうなの?」
「そうしたら、『ぼったくりだけどいい温泉だった』とか『ぼったくりだけど血行良くなった』とか『ぼったくりだけどキズは治った』とか『ぼったくりだけど疲れは癒えた』とか『ぼったくりだけど痩せた』とか……」
「痩せた!」
アンの目がキラリと光る。
「俺が探った限りでは、そんな評判でした」
それだけ言うとリックは限界だったのか、ガクッと首を垂れた。
ガンマチームはあわてた。
「えっ、大丈夫?」
「だ、大丈夫です、ケロ」
リックは皆に弱々しく返事する。
「リックくんがちょっとかえるになりかかっている……!」







