12.ダンジョンの情報屋
「やった! 200ポイント到達よ」
カチュアは早速モンスターポイントカードを取り出し、二百個目のろあちゃんスタンプを指でなぞってみた。
その時。
カチュアの頭の上に棒状の何かが降ってきた。
「きゃっ」
カチュアは頭にぶつかるギリギリでその物体をキャッチする。
棒のようなものの正体は笛だった。
これが『情報屋を呼ぶ秘密の笛』らしい。
どういう仕組みなのか、未だにさっぱり分からないし、それにちょっと危ない。
ともかくカチュアは『情報屋を呼ぶ秘密の笛』を手に入れた!
「どれどれ」
「これが『情報屋を呼ぶ秘密の笛』か」
「へぇ」
「初めて見た」
「うん」
チームのメンバーは、興味津々で笛をのぞき込んだ。
見た目は普通の縦笛である。
フルートみたいな横笛だと音を出すだけでも初心者には難しい。もちろん初心者のカチュアはホッとした。
ピコーンとステイタスボードが開いてメッセージが表示される。
『モンスターポイント200ポイント達成! おめでとうございます!
記念に「情報屋を呼ぶ秘密の笛」をプレゼント! ダンジョンにとっても詳しい情報屋が呼べちゃうよ! 使ってみてね』
さらに注意書きの文章が続く。
『※注)1 情報屋は正体を見せたがりません。笛を吹く時は人気のない、少し暗い場所を選んでください。
※注)2 一回につき一度だけ情報屋を呼べます。モンスターポイント1000ポイントで、再び笛が使えるようになります。笛は大切に保管してください』
「あ、ポイントを貯めるとまた使える仕組みなんだ」
改めてポイントカードを見ると、1200ポイントのプレゼントは『情報屋を呼べる秘密の笛』が使用可能!』と書かれている。
「……ってことはあれですね、その笛で情報屋を呼んでハッピーボックスの出現場所を聞いたら、『痩せ草』のありがが分かって薬を作れて、そしたらアンさんのミッションが終わって、チームミッションクリアですぐにまたもう一度情報屋を呼べるってことですね」
とリックが言った。
「え、それ、すごくいいかも……」
アンを覗くチームメンバーは皆、チームミッションを既にクリアしている。アンのミッションがクリアされれば、チームミッション報酬のモンスターポイント1000ポイントを受け取れ、そうすればポイントは計1200ポイント。
リックの言う通り、短期間に二回も呼べてしまう。
情報屋にドワーフの居場所もハッピーボックスの出現場所も聞けちゃう大チャンスだ。
ガンマチームは予定を変更してまずはハッピーボックスの出現場所を聞くことにした。
早速カチュアは笛を吹いた。
注意書きに書いてあったのは、人気がなく、少し暗い場所。
ちょうどチームが到達した四十七階はうってつけの場所だ。
四十七階は秋の草原マップで辺り一面が秋に咲く花、パンパスグラスに覆われている。
これは箒をひっくり返したような植物で、ふわふわの花穂が特徴だ。
さらに今の時刻は昼少し前なのだが、何故かここは夕暮れ時で、パンパスグラスが夕焼けに映える。
地上にあれば、夕日が見える絶景スポット100選に入れそうななかなか雰囲気のいい場所だ。
「行くわよ」
そんな四十七階でカチュアは息を大きく吸い込むと、縦笛を吹いた。
曲名は『ククー』。
ククーククーククククククーと鳴く鳥の鳴き声を表現した可愛い曲だ。
この辺りの子供は学校で縦笛を習う。エドもこの曲を家で何度も練習していたので、カチュアもいつの間にか吹けるようになっていた。
吹き終わって辺りを見回すが、誰もいない。
カチュアもガンマチームのメンバーも首を傾げた。
「あれ?」
「失敗か?」
「そもそも、どういう理屈で情報屋が来るのかしら?」
とアンがもっともな疑問を口にする。
「さあ?」
それは本当、めちゃくちゃ不思議。
「もう一回吹く?」
とローラに問われてカチュアは待ったをかけた。
「もうちょっと待って、まだ息が……」
縦笛を吹くには案外肺活量が必要なのだ。
「よし! いくわよ!」
息を整えたカチュアが、再び縦笛を構えたその時。
「おい、やめろ」
どこからともなく聞こえてきた男性の声がカチュアを止める。
「……?」
「これ以上、下手な笛、聞かせるんじゃねぇ」
声は続けて言った。
カチュアの縦笛は下手だった!
「えっ、誰?」
「誰かいるのか?」
カチュア達は周囲を見回すが、辺りは背の高い草に覆われた草原だ。見通しがきかない上に、夕日のせいで辺りは見えづらい。
「俺が情報屋だ」
少し離れたところにある草が揺れて、何者かが姿を現した。
背はカチュアくらい。
つまり成人女性の平均身長程度だが、声は中年の男性のもののように聞こえた。
フードを目深に被って全身を地味な濃紺色のマントで覆い隠している。背には行商人が使う大きな木の箱を背負っていた。
「あ、あなたが情報屋ですか?」
リックは思わず近寄ろうとしたが、
「おっと、それ以上近づくな」
と男はリックを制止する。
長いマントを着ていて体格はよく分からない。
そもそも姿を変えられる魔法の薬や魔法具があるため、この世界では見た目や声はあまり当てにはならない。
その上さらに男は夕日を背にしているため、逆光でかなり見えづらかった。
用心深い性格のようだ。
仕方がないのでリックは声を張り上げ、男に呼びかけた。
「あのー、情報屋さんですか?」
リックの問いかけに男は「ふひひ」と肩を揺すって笑った。
「ああ、俺が情報屋だ。何でも一つだけ、このダンジョンの秘密を教えてやる。あんたら、何が知りたい? 金貨や宝石がたっぷり詰まった宝箱のありかか? 魔法の薬か? 珍しい魔法の道具かい? それとも百二十階にいるブラックドラゴンの弱点か?」
「はっ!?」
「ブ、ブラックドラゴンの弱点?」
ベルンハルトが言うには、ブラックドラゴンはモンスターを活性化させる存在の一つらしい。
百二十階とずーっと先にいるのであまり真面目に考えてなかったが、いずれは倒さねばならない敵だ。
「おうよ」
と情報屋は頷いた。
「こいつはとっておきの情報だぜ。ブラックドラゴンに特効効果がある武器のありかと安全に百二十階へ行けるルートだ」
「えっ、それは是非聞いておきたい情報じゃない?」
情報屋に聞くのはハッピーボックスの出現場所かドワーフの居場所のつもりだったが、聞きたいことが増えてしまった。
「どうしよう……」
「困ったわね」
最大二つしか聞けないのに、聞きたいことは三つ。
土壇場でいきなり迷う選択肢が現れた。
ガンマチームは急遽、円陣を組んで話し合う。
「いやでもとりあえずハッピーボックスの出現場所じゃない?」
「うん、まずは1000ポイントゲットでしょう」
「でもどっちの情報もアタシらには不可欠なものよ。ドワーフの居場所はすぐに聞いて『新月の指輪』を手に入れないといけないし、ブラックドラゴンの弱点はいずれ必ず必要になる」
「そうだな」
「おうおうなんだ。早くしてくれ」
情報屋はいらだっている。
「あのー、情報屋さん、ドワーフの居場所ってご存じですか?」
そもそも情報屋がドワーフの居場所を知ってるのかどうかカチュアは聞いてみた。
「もちろん知ってるさ。それがあんたらの知りたいことか?」
情報屋は自慢げに頷いた。
ダンジョンの秘密は何でも知っている情報屋と言われるだけのことはある。
「それも知りたいけど、ちょっと待って。ブラックドラゴンの弱点とハッピーボックスの出現場所も知りたいのよ」
「ハッピーボックスの出現場所かい?」
情報屋は少々意外そうだ。
ハッピーボックスは確かにハッピーなアイテムをドロップしてくれるが、その価値は非常に高いとまでは言えない。
狙って出会うとなるとかなり難しいが、低層階でも出現するため、冒険者なら一度は出会うモンスターだ。
「そう。『痩せ草』が欲しいの」
「ふうん、痩せたいってことかい?」
「ええ、そう」
アンが頷いた。
「そうかい、なら初めてのお客さんに大サービスだ。これをやろう」
情報屋はそう言うと懐から一枚の紙を取り出す。
手を離すとそれは風に乗ってカチュア達のところまでやってきた。
「おっと」
素早くリックが紙をキャッチする。
その紙には『デトックス温泉郷 かえるの湯 団体様ご招待券』と書かれていた。
「デトックス温泉郷?」
「五十階で温泉かえる達がやっている温泉宿だ。リウマチ、神経痛、血行不良、疲労回復、リラックス効果があるが、中でもデトックスで有名な湯で、痩身効果で評判だ」
「痩身効果? そこの温泉に浸かれば痩せるってことよね」
アンは情報屋に食い気味に聞いた。情報屋はちょっと引いている。
「まあそう言われているな。七つの湯全てに浸かれば一キロ痩せるデトックス温泉郷っていうのが、売りだ」
「…………」
アンは考え込んだ。
デトックス温泉郷には『痩せ草』みたいな確実な効果はないだろう。
だけど目標まで後二キロ減。
アンは皆に言った。
「アタシ、温泉に賭けてみるわ。だから今回はドワーフの居場所を聞きましょう」
「えっ、それでいいんですか?」
「楽してダイエット出来るチャンスですよ」
「でもドワーフの居場所を聞くのが先決よ」
「……いいんですか? アンさん」
オーグはアンに聞いた。
アンは頷く。
「確実に痩せるとは約束出来ないけど、出来る限り、努力するわ。だからここはドワーフの居場所を聞きましょう」
「ふひひ、決まったようだな、あんたらが欲しい情報は、『ドワーフの居場所』か。ドワーフが住む隠れ里に行く方法を教えてやろう」







