09.うさぎのダンス
一方その頃、カチュアはダンジョンにいた。
休憩時間にアンに付き合い、チームが小麦ではなく豆で作ったヘルシーなソイクッキーを食べていたちょうどその時。
「きゃっ」
突然カチュアの目の前に、ステータスボードが出現し、メッセージが表示される。
『くまくま槍術 くまスピア!』
「ええっ! なにごと?」
驚くカチュアの前に次のメッセージが表示されていた。
『傀儡 ぬいぐるみ槍使いくまたろう、毒ムカデ(幼虫)撃破!』
撃破、撃破、撃破、撃破とメッセージは連続して十回も繰り返される。
「えっ、くまたろうってまさかエドに何かあったの?」
カチュアはいてもたってもいられない。
動揺するカチュアにチームの皆が声を掛ける。
「どうしたんですか、カチュアさん」
「何かあったの?」
カチュアは涙目になりながら、皆に言った。
「あのね、うちの子にあげたぬいぐるみのくまたろうが、毒ムカデ(幼虫)を撃破したって」
「毒ムカデ?」
「なんでまたそんなモンスターが学校に?」
いつも冷静なアンやベルンハルトまで驚いている。
「毒ムカデは噛まれると上級毒消し薬っていう結構強めの毒消しじゃないと効果がないのよ」
「ええっ」
それを聞いて思わずカチュアは身震いする。
今日は特待生候補の活動をしに、ジュニア校に行く日だ。それ以外、カチュアにはエドの身に何があったのかさっぱり分からない。
「そんな……エド……」
「幼虫ならもし噛まれても大丈夫です。普通の毒消しで治ります。うちの町でも時々出ました」
リックがそう教えてくれた。
横でローラも勇気づけるように大きく頷いている。
毒ムカデはダンジョン外で繁殖しやすいモンスターで、ここ迷宮都市ロアよりちょっと田舎の町出身の二人にとっては見慣れた害虫の一種らしい。
幼虫のうちは色が気持ち悪いくらいで大したことはないのだが、アン達の言う通り、成長するとかなり大型化して、毒性がアップしてしまう。
繁殖する前に全滅させるのが吉な害虫だ。
「とにかく一度戻りましょう」
「う、うん、そうね」
カチュアが広げたおやつをリュックに戻そうとしたその時、カチュアのリュックから一匹のぬいぐるみが飛び出してきた。
くまきちでもくまのすけでもない。
バレリーナみたいな衣装を身につけたウサギのぬいぐるみだ。
ウサギの名はうさみ。
カチュアが作った三体目の傀儡だ。
彼女(?)は傀儡ぬいぐるみバレリーナ。
使用技 うさうさ舞踏術
うさぎダンス
うさぎ身代わりの舞(身代わりになって攻撃を受けます)
……と護衛役には向いてなさそうなぬいぐるみ傀儡だったので、その次に作ったぬいぐるみ槍使いのくまたろうの方をカチュアはエドに渡したのだ。
そのウサギのぬいぐるみ、うさみがカチュアの目の前でくるくると踊り出した。
『傀儡 ぬいぐるみバレリーナうさみ、うさぎダンス チームにマジックポイント10回復の効果』
とメッセージが表示される。
うさみはくま達とは違い戦ったりはしないのだが、うさぎダンスを踊ると、チームにちょっと嬉しい支援効果が発動する。今回は魔力を10回復する効果らしい。
回復魔法薬の一番下のランクが魔力30回復。魔力回復支援魔法は上から下までいくつか種類があるのだが、一番下のランクの支援魔法でも一回に一人20回復される。
それに比べるとうさぎダンスは10回復だしランダムだし、決して支援効果は高いものではないが、回復魔法薬は高価な消耗品で支援魔法も術者の魔力を消費する。ローコストでチーム全員が10回復するのは結構お得な回復技だ。
うさみは一曲踊り、それで終わりかと思われたが。
『踊りに込められたメッセージ:(エドは無事)』
なんと、カチュアの前に追加メッセージが表示された。
「えっ、エドは無事なの? 怪我はないのね」
カチュアは思わずうさみに尋ねる。
うさみはもう一度踊り出す。
『傀儡 ぬいぐるみバレリーナうさみ、うさぎダンス チームに素早さポイント10の効果』
と、今度は素早さの支援効果のようだ。
そしてまた追加メッセージが表示される。
『踊りに込められたメッセージ:(エドは元気。怪我していない)』
どうやらうさみは傀儡同士、くまたろうの状態が察知出来るらしい。くまたろう越しに一緒にいるエドのことも分かるみたいだ。そしてダンスに込められたパッションでカチュアと会話出来るようだ。
「良かったぁ」
とカチュアは安心して胸をなで下ろした。
「…………」
ローラはうさみをじっと見つめ、「……可愛い」と呟いた。
うさみはローラの声が聞こえたようで、ローラに向かって手を振ってから、パタリと倒れてただのぬいぐるみに戻った。
一応エドは無事なようだが。
「どうする? 戻る?」
アンにそう尋ねられ、カチュアはちょっと考えてから答えた。
「ううん。このまま行きましょう」
「いいの?」
「ええ、エドはまだロアアカデミーのジュニア校にいるはずの時間なの。学内なら先生もいるだろうし、うさちゃんが無事っていうなら、無事なのよ、きっと」
カチュアは自分で作った傀儡が何なのかまだいまいち分かっていないが、信頼出来るのは知っている。
くまたろうは多分どんなことがあってもエドを守ってくれるはず。
「それにジュニア校は生徒の主体性を大事にする学校らしくて、生徒のことを親が問い合わせするのもあまり良くないみたい」
カチュアとしてはちょっぴり、いや、かなり心配だが、用もないのに問い合わせをしては、エドに迷惑が掛かるかもしれないのだ。
「じゃあエド君の戻りに間に合うように今日の予定ポイントまで急ごう。せっかくウサギのぬいぐるみが素早さをアップしてくれたことだし」
ベルンハルトがそう提案する。
「うん」
「そうしましょう」
「ありがとう、皆」
ガンマチームは少し急いで今日の目標地点、四十五階に到達した。
***
「エドっ!」
「あ、お母さん」
皆の協力でカチュアは、アカデミーから都市の中心部に戻る乗り合い馬車に乗ったエドを迎えに行くことが出来た。
馬車の停留所まで急いで走ったカチュアは、ちょうど乗り合い馬車を降りる元気そうなエドの姿を見て本当にホッとした。
「どうしたの?」
エドは何故カチュアがこんなにあわてているのか分からず、不思議そうな表情だ。
カチュアはあんまり運動神経が良くない。急に走ったので息切れしてしまい、大きく息をついた後、エドに言った。
「どうしたのじゃないわ。エドこそどうしたの? モンスターに遭遇するなんて。怪我はない?」
エドは驚いて目を見張る。
「えっ、どうしてママがムカデのことを知っているの?」
「くまたろうがモンスターを撃破したらママの所にもメッセージが送られるのよ」
「そうなんだ」
「そうみたいよ、ママも初めて知ったの。それでエド、大丈夫なの」
二人は並んで歩き出す。
行く気はバーバラのいるギルド保育園だ。今日、バーバラは保育園の休日延長保育に預かってもらっている。保育園の友達がいるので楽しく過ごしているだろうが、それでもきっと二人を待っているはずだ。
「うん、大丈夫。あのね、ママ、くまたろうがムカデを倒してくれたんだ」
「ふーん、そうなの?」
カチュアが手を差し出すと、いつもは恥ずかしがるエドだが、話に夢中なせいか、自然とその手を握り返してきた。
「すごかったんだよ。くまたろうは槍使いなんだ。それでね、僕、友達も出来たんだ。マークとイサークと、それから……」
二人は話しながら、保育園に向かった。







