06.【閑話】エドとくまたろうの冒険その1
66話目にしてようやく主人公一家の名字判明。オコナー家長男、エドとフレンズの冒険です。
ロアアカデミーのジュニア校入学試験から少し後、エドは一通の手紙を受け取った。
「オコナーさん、郵便です」
「はーい」
そこにはジュニア校の試験に合格したことが書かれていた。
一時はジュニア校を諦めようと思っていたエドだが、本当は通ってみたかったので、合格できたのはすごく嬉しい。
進学を後押ししてくれたお母さんのカチュアも大喜びで、「おめでとう! エド。今日はご馳走よ」と鶏をまるごと一匹使ったローストチキンを作ってくれた。
エドは三ヶ月後の新学期、ロアアカデミーのジュニア校に入学する。
しかもエドは試験で高得点を取ったため、特待生候補に選ばれたのだ。
特待生は才能のある生徒を支援する制度で、選ばれるのは非常に名誉なことだ。エドが特待生候補に選ばれたと聞いて、学校の先生もとても喜んでくれた。
名誉なだけでなく、特待生は授業料も免除されるという。
「そんなのエドは気にしなくていいのよ」
とお母さんは言うが、エドは授業料が免除されたらいいなと思っている。
お母さんがダンジョン探索を頑張っているので、家計には少し余裕があるようだが、お金があるのならエドはお父さんに会いに行きたい。
先日は直前まで行く予定を立てていたのに、突然行けなくなってエドとバーバラはがっかりした。二人の前では普通にしているが、影でお母さんもがっかりしていたのを、エドは知っている。
また国境地帯が平和になれば旅行も出来るようになるらしい。
そうしたらすぐに行けるよう、お金はその時用にとっておいてもらいたいのだ。
特待生は学業成績だけでなく、普段の生活態度も評価される。
新入生の場合は、合格から入学までの三ヶ月、学校が休みの日にジュニア校に通って様々な活動に参加し、特待生としての適性を計られるそうだ。
だからまだエドは特待生になると決まったわけではない。特待生「候補」だ。
ジュニア校に初めて行く前日の夜、エドはリュックに明日の荷物を詰めていた。
持って行くのはハンカチ、ちり紙、非常食の飴ちゃん。メモ帳と鉛筆。それから鉛筆が書けなくなった時用に、ギルバード・ガルファにもらった筆ペン。
ギルバードはガルファ商会の次期商会長ととても偉い人なのだが、ガンマチームと一緒に食事をした時、エドにも気さくに話しかけてくれた。
彼もロアアカデミーのジュニア校出身だそうだ。
「受かったら後輩だな、試験、頑張れ」と言ってジュニア校の話をしてくれた。
ギルバードはエドがジュニア校に合格したことをジェシカから聞いたようだ。お祝いに筆ペンを贈ってくれた。
これは永久にインクが切れない上にすごく頑丈で巨大なことで有名なモンスター、ビッグエレファントが踏んでも壊れないそうだ。
高価なもののようなので恐縮したが、同封されたギルバードからの手紙には「自分は妹しかいないので、エドを弟のように思っていること。お母さんのチームにある大切なものを譲ってもらい、家中がとても感謝していること。この程度のことではあの時のお返しにはならないと思うが、お祝いの気持ちなのでぜひ受け取って欲しい」と書かれていたのでもらうことにした。
ペンはとても書きやすくて気に入っている。軸の部分が金色なのも格好いい。
準備中、何故かケロちゃんがリュックに飛び込んできた。
「一緒に行くの?」とエドが聞くと、ケロちゃんは「ケロロ」と鳴く。一緒に行きたいようだ。
「じゃあ一緒に行こうか」
一人はちょっと心配なのでエドは嬉しかった。
準備が済んだと思ったら、カチュアがやって来て、エドに小さなクマのぬいぐるみを差し出す。
「エド、これ、持って行って」
「これ、何?」
何気なくそう尋ねたエドだったが。
「実はお母さん、ぬいぐるみを傀儡にする新たな力に目覚めたの」
真顔でそう答えられ、エドはちょっとひるんだ。だがダンジョンでは不思議な力に目覚めるのは、よくあることらしい。
ただ、母が一生懸命縫っていたのは、手のひらにのるくらい小さなクマのぬいぐるみだ。
ごくごく普通のぬいぐるみにしか見えない。
「こうすればなくさないでしょう?」
カチュアはそのぬいぐるみの首の後ろにひもを付けてエドのかばんに引っかけられるぬいぐるみチャームにしてくれた。
そしてカチュアはクマのぬいぐるみをじっと見つめた。
「その子の名前はくまたろうですって。ぬいぐるみ槍使いで使用技はくまくま槍術のくまスピア、それとくまボンバーよ」
と真面目な顔で言うのでエドは再びちょっと引いた。
クマは手に何も持っていない。
なのに槍使い?
「このクマ、槍は持ってないよね」
「そうね」
「なのにこのクマ、槍使いなの?」
そう聞くと、カチュアは困った顔をする。
「私にもよく分からないの。でもきっとくまたろうはエドのことを守ってくれるわ。くまちゃん、意外と強いから、何かあったらくまちゃんに任せてちゃんと逃げなさい」
最後にカチュアは真剣な表情でエドに言うのだった。
***
ロアアカデミーのジュニア校はロアアカデミーの構内にある全寮制の学校だ。
生徒の年齢は九歳から十八歳まで。
卒業後、優秀な生徒はロアアカデミーの学生となり、本校舎で学ぶことになる。
前回はロアアカデミーまでカチュアと一緒に来たエドだが、今日は初めて一人で乗合馬車に乗り、ジュニア校に向かった。
「はー」
ジュニア校の正門で、エドは感嘆のため息をついた。
前回のウォークラリーはアカデミーのキャンパスだったし、試験会場もアカデミーの講堂だった。
エドがジュニア校に入ったのは今回が初めてだ。
ジュニア校はエドが通う学校と雰囲気が全然違う。大きくて立派な建物にエドは圧倒される。
だが周りにいる二十名ほどの子供達もエド同様特待生候補達のようで、皆緊張気味だ。それを見て、皆も同じなんだなとエドは少しだけホッとした。
そんなエドに大きな声で声を掛けてくる少年がいた。
「おーい、君、こっちだ」
「えっ、僕ですか?」
「そうだよ、君は僕の班だ」
手招きされたのでエドはあわてて彼に駆け寄った。
ジュニア校の制服を着た生徒だ。
エドより二、三歳年上ってところだろうが、とても頭が良さそうで、すごく大人びて見える。
彼は一同を見回し微笑むと、
「やあ、初めまして。僕はジュニア校の特待生、ロバート・ハミルトンだ。今日は僕が君達を構内に案内するよ」
と言った。
彼の胸には特待生バッチが輝いている。
「「「「「よ、よろしくお願いします!」」」」」
ロバートに声を掛けられた数名の候補達が一斉に挨拶する。エドは思わずビシッと背が伸びた。
「まず最初はこの門の説明からだな。我が校の入り口はこの正門と、ロアアカデミー側の通用門の二カ所だけだ。ここは寄宿学校で未成年の少年少女達を預かるため、警備は厳重だ」
そう言った後、ロバートはニヤリと笑う。
「君達も入学したらそう簡単に脱走は出来ないぞ。ここでは決められた外出日しか外出は許されない。今のうちに色々と済ませておいたほうがいい」
「済ませておくって何をですか?」
エドの隣にいた子が質問した。
「そうだな、僕が君なら、市場に行って片っ端から食べ歩くだろうね。ここの学食はマズくはないが、毎日だと少し飽きる」
他にも数人の特待生がおり、集まった二十名ほどの試験の合格者達は彼らに連れられ、校内を見て回った。
途中からはジュニア校の教師も来て、専門的なことを話してくれた。
「このドアは今から二百年前、ダルム王の時代に作られたもので、意匠は生命の木を意味しており……」
エドは興味津々で時折メモをして先生の話を聞いた。
***
「あれ?」
続いて次の休日、二回目の活動にジュニア校に行った、エドはふと周りを見回して、首をかしげた。
前回は二十名以上居たはずなのに、特待生候補達の数が少し減っていた。
「どうして?」
思わず呟いた声に、後ろから誰かが答えてよこした。
「適性を見ているんだ。僕らはチェックされているぞ」
そう教えてくれたのは同じ特待生候補の少年だ。
エドは戸惑った。
「僕、普通にしていただけだよ。あの子達も騒いだりしてなかったよね」
自分といなくなった子に違いなんてなかったようにエドは思う。
彼は「やれやれ」と首を横に振る。
「僕も理由は分からないよ、試験官じゃないんだし。ともかく、言動には気をつけた方がいいってことだ」
「そうだね、ありがとう」
エドはお礼を言った。
「僕はマークだ。マーク・ホーソーン」
「僕はエドワード・オコナー。よろしく」
エドはそう言ってマークに手を差し出す。マークは少し照れたようにその手を握り返してきた。
「こちらこそ」
今日は学内の前回に案内されなかった場所を見て回った。
他の子供もこの活動が特待生のテストであることを改めて思い出したようだ。
萎縮してうつむいている子や、逆にガイド役の特待生や先生に質問を繰り返す積極的な子供がいたりと、反応は様々だ。
その週の活動は無事に終わり、次の回の活動の時。
「…………」
やっぱり数名の子供がいなくなっていた。
極端に怯えた子はなんとなく分かるが、とても積極的だった子も姿が見えない。
「どうしてかな?」とエドはマークに聞いた。
「さてね、彼らは選考する連中のお気に召さなかったんだろう」
マークはちょっぴり皮肉めかした口調で言った。







