05.ダイエット薬
「実はね、アンが急に三キロ体重を落とさないといけなくなって……」
スキル【主婦】のことは隠して、カチュアはアンのチームミッションを説明した。
「まあ、いい機会だから、アタシ、ダイエット頑張ってみるわ」
ブラックコーヒーを飲みながら、アンは言った。
「チームミッションには期限がなさそうだから、コツコツやってればいつかはクリア出来るでしょう」
「でもアン……」
「とりあえず甘い物断ちよね」
しかしアンはダイエット一日目だというのに、すでにもう深いため息をついている。
「アンさん、運動してますから、すぐに痩せますよ」
リックが思わず慰めた。
「そうですよ」
「うん」
とオーグやローラも励ました。
「ありがとう」
お礼を言うアンだが、
「でもあんまり悠長にしてられないのよねぇ、断食ダイエットでもしようかしら」
と呟くのでカチュアは心配になった。
「無理はしないでね」
「……あの、差し出がましいようですが、手伝いが必要でしたらご相談ください。健康的に痩せられる薬もありますから」
ミネルヴァも協力してくれるようだ。
「え、そんな薬があるの?」
アンが目を輝かす。
「はい。糖分の吸収を抑える薬もありますし、魔法薬の中には、一つ飲むとすぐに三キロ減の効果がある即効薬もあるんですよ」
アンは身を乗り出す。
「ミッションクリアにうってつけじゃない!」
アンに課せられたミッションは三キロ痩せろだ。
本当にちょうどピッタリの薬である。
「その薬、ミネルヴァさんも作れるの?」
アンは食い気味にミネルヴァに尋ねた。
「はい、作れますよ。でも……」
と頷くミネルヴァだが、すぐに表情を曇らせた。
「え、何?」
「すみません。その薬は魔法ダイエット薬という名前の薬なのですが、私もレシピを知っているだけで作ったことは一度もないんです。一つ入手困難なアイテムがありまして……」
ミネルヴァは申し訳なさそうに言った。
「手に入れるわ! なんとしても手に入れる! だからお願い! 作ってちょうだい!」
アンは必死である。
「必要なのは、『痩せ草』なんです」
「あ、それってアンが前にいってた薬草のこと?」
「『痩せ草』かぁ……」
アンはそれまでの勢いから一転、意気消沈して、談話室のソファーに体を沈み込ませる。
美人になるという『美人のポーション』の材料、月下美人草はガンマチームの手元にあるが、それはいつか最上級状態異常解除ポーションを作る時用に取っているので、使えない。
頼りの綱は、『痩せ草』だけなのだが……?
「それって珍しい薬草なんですか?」
オーグがミネルヴァに聞く。
「はい、『痩せ草』はいまだ生育条件も分かっていない、とても珍しい薬草なんです」
大抵の薬草は群生地が判明しているので、そこに行けば摘める確率が高いのだが、『痩せ草』の群生地はまだ発見されていない。
「上層階でごくごく稀に生えているものを見つけるか、箱形モンスターのハッピーボックスからドロップさせるしかないと言われてます」
リックとローラが顔を見合わせる。
「ハッピーボックスって確か前に……?」
「うん」
オーグがミネルヴァに言った。
「俺達、ハッピーボックスには一度遭遇したことがあるんです。でもその時はユーモアの書がドロップしました」
実はガンマチームは一度だけだが、レアウイークにハッピーボックスと戦った経験がある。
出現率がかなり低いレアなモンスターだが、当時のガンマチームでもあっさり倒せてしまったくらい、弱かった。
そのすぐ後にクイーンヒエヒエ鉄蟻との激闘があり、今の今まで忘れていたが、言われてみるとハッピーボックスの名前の通り、ハッピーなものがドロップした。
ユーモアの書は、新しいジョークを思いついたり、ギャグが上達する呪文書だ。
これを読むとギャグが滑らなくなったり、コントのネタがみるみる湧いてくるなどの効果があるそうだ。
ガンマチームには必要ないので売ったが、意外と高額で買い取らってもらい、皆で驚いた。
「ハッピーボックスのドロップ品は、所有アイテムの中からその時パーティーが一番欲しいものが自動で選ぱれドロップします。ガンマチーム様は特に欲しいものがなかったのでランダムでその呪文書がドロップしたのでしょう」
とミネルヴァは説明した。
「じゃあ、今、ハッピーボックスに遭遇したら、『痩せ草』が手に入る?」
ローラが質問すると、ミネルヴァは頷いた。
「はい、強く願えば『痩せ草』がドロップすると思います。ただ問題は、ハッピーボックスはそう滅多に出現することがないレア種なことだと思います」
「そうねぇ」
レアウイークが始まればチャンスが巡ってきそうだが、肝心のレアウイークがいつ来るのかは誰にも分からない。
再び暗礁に乗り上げてしまったガンマチームである。
「…………」
ただ一人、ベルンハルトは『普通に痩せればいいんじゃないのか?』と思ったが、先ほどアンに怒られたばかりである。
黙ってプロテインを飲んでいた。
落胆するガンマチームにミネルヴァの護衛女性騎士が声をかけてくる。
「あのう、皆様はダンジョンで会えるという秘密の情報屋をご存じですか?」
「情報屋」
「噂に聞いたことはあるが、本当に存在するのか?」
「アタシも知らないわ」
ベルンハルトもアンも情報屋に会ったことがないようだ。
「そんな人がダンジョンにいるの?」
カチュア達、駆け出しの冒険者組も情報屋のことは聞いたことがなかった。
『とあること』で名前だけは知っているのだが……。
皆の視線が女性騎士に集まる。彼女は大きく頷いた。
「はい、情報屋はダンジョンのことなら何でも知っているそうです。ピンチになったり、ダンジョン攻略に行き詰まると遭遇率が上がるそうです」
だから長く冒険を続けているベテランの中では有名な存在らしい。
知る人ぞ知るダンジョン攻略のお助け役だ。
「あ、じゃあアン達は会ったことないわね」
最強に強い二人はあまりピンチになったことがないのだ。
「情報屋はハッピーボックスの出現場所も知ってるようですよ」
女性騎士はそう言った後、苦笑して付け加えた。
「情報屋に会うのがそもそも難しいので、あまり有力な手がかりではありませんが、万が一情報屋に会えたら聞いてみると良いでしょう」
ハッピーボックスに会える確率より情報屋に会える確率の方が、ほんのちょっぴり高いらしい。
ミネルヴァ達には言えなかったが、カチュアのモンスターポイントカードの200ポイント達成でもらえるプレゼントは、『情報屋を呼ぶ秘密の笛』である。
「一体何の役に立つの?」と思っていたが、これはモンスターポイントを貯めるしかない。
「有益な情報、本当にありがとう」
カチュア達はミネルヴァ達にお礼を言った。
「いえ、お役に立ててなによりです」
「もし、『痩せ草』を手に入れたら、ミネルヴァさんにその薬、作ってもらえる?」
アンがそう聞くと、ミネルヴァは大きく頷いた。
「もちろんですわ」
「じゃあ、その時はお願いします」
200ポイントまで、あと47ポイント!







