05.救難ホイッスル!
501号室の寝室にはダブルサイズより大きな、キングサイズのベッドが置かれている。
カチュアとエドとバーバラは、ベルンハルトが譲ってくれたその大きなベッドでゆったり眠った。
そして翌朝。
今日は学校も保育園もない日なので、焦る必要はないが、部屋をベルンハルトに返さないといけない。
身支度を調えて部屋のドアを開け、リビングに入ったカチュア達一家は目を見張った。
「あら?」
いつの間にかリビングが綺麗に片付いている。
昨日使った食器も下げられて、テーブルの上には綺麗な花が生けられていた。
飲み物も置かれており、
「オレンジジュースだぁ」
バーバラが歓声を上げる。
夜のうちに使った部屋を軽く掃除して、朝に飲み物を用意してくれるモーニングティサービスをしてくれたらしい。
さすが一流ホテル。
本来ならモーニングティサービスはその名の通りお茶や珈琲なのだが、子供達が泊まっているのが分かっていたようで、オレンジジュースが用意されていた。
ありがたく子供達にオレンジジュースを飲ませながら、カチュアはテーブルの上をふと見て、そこに手紙が置かれているのに気づいた。
封を開けると『朝食のご用意をしております。皆様でどうぞ』と達筆のメッセージが入っていた。
場所は一階のメインダイニングの隣にある個室だ。
「ガルファ氏かしら」
どんぐり杯を譲ったお礼のようだ。
せっかくなので朝食を食べさせてもらおう。
カチュア達は一階に行くと、部屋には既にリックとローラ、それにオーグがいて美味しそうな朝食を食べている。
なんと隅にはシェフが控えていて、その場で卵を焼いてくれる方式だ。
「「「あ、カチュアさん、おはようございます」」」
「おはようございまーす」
「おはようございます」
「マース」
と挨拶して、カチュア達が席に着くと、
「うー、おはよう~」
「やあ、皆、おはよう」
アンとベルンハルトもやってきた。
アンは朝が弱いのだ。
「「「「おはようございます」」」」
「マース」
「あ、おはよう。昨日は一緒だったの?」
「そんなわけないわ。コイツとは別れたの!」
アンが不満げにベルンハルトを指さす。
その横でベルンハルトは「僕は別れるつもりはないよ、アン」と笑っている。
朝食を食べ終えた頃、黒服の男性がやってきて、カチュア達に挨拶する。
彼はホテルの支配人だそうだ。
「オーナーのガルファが皆様を自宅にお招きしたいと申しております。馬車を用意いたしましたので、どうかお立ち寄りいただけませんでしょうか」
と、とても丁寧にお願いされてしまった。
しかし。
「えっ、ガルファ氏の自宅?」
どう考えても大邸宅である。
ベルンハルトはともかく場違い感半端ないカチュア達はせっかくのご招待ではあるが、正直言って気後れする。
「出来ればこのまま失礼したいかなー」
というのがチームの総意だったが、支配人は再度頭を下げてくる。
「ご無礼は重々承知。ですが、ミネルヴァ嬢のたっての願い、聞き入れてはいただけませんでしょうか」
人狼となったという、ガルファの娘ミネルヴァがガンマチームとベルンハルトに会いたいと言うのだ。
さらに「ぜひお子様もご一緒に」などと言われると断りづらく、結局カチュア達はガルファ邸にお邪魔することになった。
***
ガンマチームとエドとバーバラ、そしてベルンハルトは二台の馬車に別れて乗る。
一台目にはオーグとカチュアと子供達……の他に、
「アタシも乗せて」
アンがさっと馬車に乗り込んできた。
「アン、僕も」
とベルンハルトはアンに同乗したがったが、超大柄のベルンハルトが乗っては定員オーバーだ。
「無理よ。向こうに乗りなさいよ」
アンに促され、しょんぼりともう一台の馬車に乗った。
「なんでアンは彼と一緒じゃないの?」
カチュアが尋ねると、アンは肩をすくめる。
「だって、気まずいんだもの」
「ふーん」
都市の中心部にあるガルファホテルからガルファ邸までは同じ都市内とはいえ少し距離がある。
賑やかな大通りを通り抜け、馬車が瀟洒なお屋敷が立ち並ぶ高級住宅街に差し掛かった頃――。
「……!?」
馬車の座席に座っていたオーグがハッとしたように顔を上げた。
「気のせ……いや、やっぱり聞こえる! 皆、救難笛が鳴っている!」
「えっ?」
カチュアも耳をすましてみたが、何も聞こえない。
だが、オーグは「こっちです」と走っている馬車のドアを開け、飛び降りてしまった。
オーグは人狼だ。
人より何倍も聴力が優れているので、人間が聞こえない音も聞こえる。
「えー!」
驚いてカチュアが窓の外を見ると、オーグは郊外に向かってものすごいスピードで走って行く。
「御者さん、今の子追って!」
アンが御者に指示を飛ばす。
「はい!」
と御者はすばやく馬を方向転換する。
そんな馬車の横を何か、大きなモノが駆け抜けていった。
「今の何?」
その正体はベルンハルトだ。
巨大な男だが、脅威の俊敏さだ。
「少年! 何かあったか?」
あっという間にオーグに並ぶと問いかけてくる。
「あ、えっ、と、救難笛が鳴ってるんです」
人狼のオーグはかなりの素早さで駆けているのだが、そんなオーグに併走して息一つ乱れていない。
救難笛とは緊急の時に人を呼ぶための呼子笛のとこだ。普通の笛より大きな音が出て遠くまで聞こえる。
都市内は大体安全なのだが、郊外には魔物が出る。
街を離れる時は、必須のアイテムだった。
何かあったのは間違いない。
「ふむっ」
ベルンハルトは真剣な表情になる。
「方角は?」
「あっちです」
オーグは都市の外れを指さす。
「あちらか。ではこうしてはおれん。少年、スピードを上げるぞ!」
ベルンハルトはそう言うと速度を上げて走り出す。
「ええっ!?」
オーグは驚いた。
繰り返すが、人狼のオーグはかなり速い。
盗賊職のリックもオーグと互角に素早いが、リックはスタミナがない。
走り続けるとオーグより先にバテてしまう。
なのにベルンハルトはオーグと同じかそれ以上に早く、さらにスタミナもたっぷり……。
「行くぞ!」
「まっ、待ってください!」
オーグは遅れまいとベルンハルトの後を必死に追いかける。
その時、またもや、悲鳴のような音を立て、救難笛が鳴り響く。
かなり近い!
「こっちです!」
「ああ、僕にも聞こえた」
迷宮都市ロアから、別の街へと繋がる大きな街道がある。
その道で数名の人間が、魔物の群れに襲われていた。
角のあるウサギの魔物、角ウサギだ!
魔物は大抵ダンジョン内だけで生息しているが、ダンジョンから抜け出して環境に適合し、繁殖する種族がいる。
角ウサギもその一種だった。
一般的なウサギよりかなり大型で、気性が荒く、特に繁殖期には凶暴性が増す。
襲われているのは、近辺の村人達のようだ。
おそらく角ウサギの生息地に足を踏み入れてしまったのだろう。
あわてて逃げたが、怒り状態になった角ウサギは我を忘れて村人達を追いかけてきたようだ。
「むっ、村人が襲われている! 行くぞ!」
「はい!」
オーグとベルンハルトは角ウサギと村人達の間に突っ込んで行き、角ウサギに攻撃を開始した。
オーグの武器は、大型のミスリル製ナイフ。
一方、ベルンハルトは。
素手だった。
「はっーー!」
鍛え抜かれた腕で、正拳突きを繰り出すと、角ウサギが数匹まとめて吹っ飛んでいく。
角ウサギは怒りで狂乱状態になっている。
明らかに格上のベルンハルトとオーグ相手に一歩も引かず、彼らは「キーキー」と鳴き、足を踏みならす奇妙な動きを見せた。
「何だ?」
オーグは首をかしげたが、ベルンハルトは以前に見たことがある行動だった。
「少年、気をつけろ! 角ウサギはボスを呼ぶつもりだ!」
「えっ!」
そして現れたのは、熊より大きなウサギの魔物。
グレート角ウサギだった。







