04.どんぐり杯ころころ
「じゃあ、アンタ達も最上級状態異常解除ポーションを作ろうとしてたってわけか」
アンがうなった。
どうりでジェシカ達と探すアイテムを被っていたわけである。
「あの、お嬢さんを第三王子様と結婚させたくないってどういうことなんです?」
カチュアはガルファに尋ねた。
王子様との結婚なんて女性なら誰でも憧れる話だ。
ガルファ商会としても願ってもない良縁に思えるのに、どうしてガルファは断りたいのだろうか。
ガルファは苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
「殿下の前で失礼ですが、あのような卑劣な男に娘をやるわけにはいきません。第三王子は、娘が人狼と化したのを知って婚約を申し込んできたのです。我々の弱みを握るつもりなのでしょう。断っても断っても、しつこく申し込んでくる」
と辛辣に吐き捨てた。
ガルファは第三王子の目的はガルファ商会の富だと断言する。
獣人も人狼もこの国ではあまり好意的に扱われない。
そんな娘と「結婚してやる」ことで、第三王子はガルファ商会を利用するつもりなのだ。
「私は一介の商人に過ぎません。王族相手に強く出られない。そのためどうしても一度、元の姿に戻った姿で娘自身が第三王子に会う必要があるのです」
そう言うとガルファはガンマチームに向かって頭を下げた。
「お願いです。私にどんぐり杯を譲って頂けませんか。どんぐり杯があれば全ての材料が揃い、最上級状態異常解除ポーションを作ることが出来るのです」
***
しばらく、その場に沈黙が落ち、その沈黙を破ったのはオーグだった。
「あの、皆、この人にどんぐり杯を上げてもいいですか?」
「そりゃいいけど、アンタ、それでいいの? 薬が作れるかもしれないんだよ」
それにどんぐり杯を手に入れられるのは一年に一度開かれるどんぐり山相撲大会で優勝するしかない。
どんなに早くても手に入れられるのは来年だ。
「はい。俺も人狼化を解除したいです。だからどんぐり杯や他の材料を手に入れるのを手伝って欲しいですけど、でも今はこの人のお嬢さんを元の姿に戻す方が先だと思うんです」
「いや、ちょっと待てよ」
とリックが止めた。
「ガルファさん、あの、質問していいですか?」
「何かな」
「最上級状態異常解除ポーションって、何人分出来るんです? 一個ってことはないですよね。出来上がったポーションを半分ずつ分け合うとか……」
リックはなかなか建設的なアイデアを出してきた。
しかしガルファはゆっくりと首を横に振った。
「一度に作れる薬の量は十本だそうだ。だが、一つも君達に渡すことは出来ない。すべて、こちらで使わせてもらいたい」
「それじゃ、話にならないですよ!」
とリックが憤り、
「強欲ねぇ、どうする? オーグ、断ってもいいわよ」
とアンがたきつけた。
「そもそもどんぐり杯はベルンハルトさんからアンにプレゼントされたものだしねぇ」
カチュアが言うと、ベルンハルトが目を輝かせて頷く。
「僕から君に愛の証だよ、アン」
「それはどうでもいいわぁ」
とアンはつれない。
「どうしてポーションを十本とも欲しいの?」
ローラが尋ねた。
取引をよく知る商売人らしからぬ、申し出だ。
そんな理由ではこちらが納得出来ないのは商人のガルファなら分かっているはずだ。
ガルファには十本のポーションがどうしても欲しい理由があった。
「獣人に襲われた時娘と共にいた娘の侍女や専属の女性騎士達、総勢十名が人狼となった。男性の護衛達も餌食になったが、先にまず女性達を助けたいのだ。だから、君達に一つも渡すことは出来ない」
どの材料も集めるのに苦労した。
次にポーションを作ることが出来るのが、いつになるのか分からない。
それが故に、ガルファは一歩も譲歩することは出来ないのだ。
「それなら、十本使ってください。男でも大変だけど、女の人が人狼になってしまったら、外も歩けずとても困るだろうし」
オーグは自分が苦労したからだろう、心配そうに言った。
「でも、オーグ君、お姉さんの分はいいの?」
カチュアの問いかけにオーグは頷く。
「はい、小さな村で俺達は家族のように暮らしてきました。一人だけ元に戻ったら、姉さんは気に病むと思います。戻るなら、全員で、です」
ガルファは顔を上げて、オーグを見つめる。
オーグの全身は包帯でぐるぐる巻きだ。
その包帯で彼が何を隠しているのか、ガルファは知っている。
「君にはお姉さんがいるのか?」
「は、はい」
オーグは緊張しながら答えた。
「なんとかなりませんか? こいつのお姉さんは一ヶ月後に彼氏の両親に会うのに人狼姿で困っているんです」
とリックが言う。
「そうよねー。ナージャさんは狼耳のカチューシャが流行っているって誤魔化すって言ってたけど」
「そんなことで誤魔化せるのか?」
話を聞いてベルンハルトも驚いている。
「そう思いますよね」
「ふー」
ナージャを思うととても心配になるガンマチームである。
「そういうことでしたか」
ガルファはポツリと呟いた。
顔を上げると、ガルファは、
「このガルファにその姉君のことはお任せください」
なんとそう申し出てきたのだ。
「えっ、なんとかなるの?」
「あ、あの、姉さんも向こうのご両親に嘘をつくのが良くないのは分かってるんです。だから、その、相手のご両親に無理強いとかはしないでください」
オーグは不安になって思わず言った。
ガルファは頷いた。
「分かっているとも。私は君の姉さんの手助けをするだけだ。出来る限りのね」
***
「はい、どうぞ」
オーグはベルンハルトから受け取ったどんぐり杯をガルファに渡す。
ガルファはそれを慎重に持参した布に包み、一同に向かい一礼する。
「ではお礼は後ほど。どうもありがとうございます。このご恩は決して忘れません」
ガルファはどんぐり杯を持って部屋を出て行った。
「ふー。やれやれ」
ガルファ氏を見送り、一同はため息をつく。
疲れる一夜だった。
ガルファホテルの名前通り、ガルファはこのホテルのオーナーだ。
ガルファ氏はオーナー権限で全員分のホテルの客室を用意してくれた。
今晩は皆でホテルに泊まることになった。
「なんか遅くなったし、解散する?」
「そうね」
「じゃあ、もう子供達寝てるから、ベル、アンタはこの部屋をカチュアにやって、別の部屋に移りな」
「そうだね。二人だけで話すこともあるし、違う部屋に移ろうか」
ベルンハルトは屈託ない笑顔でアンに微笑むが、アンはつれなく言った。
「別々の部屋に寝るって。アタシとアンタはもう別れたの。大体、このロアに何しに来たのよ、アンタ」
「君に会いに」
「うわー、熱烈」とカチュアは横で聞いてドキドキしたが、当のアンは呆れ顔でベルンハルトを見つめた。
「アンタ、そこまで暇な身じゃないでしょう?」
「君のためなら自分の立場なんていつでも捨てる覚悟だ。だが、ここにいることは父王から認められている。心配しないでくれ」
「ふーん」
とアンは興味なさそうだ。
「でも本当に興味なければ、わざわざ聞かないわよねぇ」
「うん」
カチュアとローラは女子同士、こっそり話を聞きなから、ひそひそしあう。
ベルンハルトは表情を引き締めると、呟いた。
「僕は王宮から消えた『あるもの』を探してここに来た。それが見つからないと、大変なことになってしまう……!」







