955:山の階層
ヴァルフレアのダンジョン、その第三層である山の階層。
聳え立つ山と、その上に見えている巨大な塔。
特にその塔など、その頂上が見えない程だ。
山を登るだけではなく、あの塔まで登らなければならないとなると、ただ進むだけでも大変な道行となりそうだ。
「さてと……ルミナ、どうだった?」
「やはり、魔物の数は多いようです。特に、先ほどまでよりも飛行する魔物が多いようですね」
「それは……ちょっと面倒臭そうですね」
周囲を索敵してきたルミナの言葉に、緋真は嫌そうに眉根を寄せた。
まあ、こちらとしても同じ感想ではある。今ここに集っているメンバーは、あまり対空戦は得意であるとは言えないのだ。
俺のテイムモンスターたちは全て飛べるため戦うことはできるだろうが、レイド前提のこのダンジョンで果たして手が足りるのかどうか。
最悪、俺たちが飛びながら戦う必要もあるだろう。
逆に言うと、地上戦についてはそれほど問題視する必要は無いだろう。これだけの戦力が揃っているならば、対処に困ることはあるまい。
「登るルートははっきりしているのか?」
「はい、道はわかりやすく見えていると思います。ただ、登ること自体がそれなりに大変かと」
今度は、環境そのものが過酷なタイプのエリアと来たか。
先ほどの森は奇襲が多かったということもあるし、それぞれのエリアで何かしらの特色を持たせていることは間違いないだろう。
その場合、今回は空中戦そのものがテーマになるということか。今回は中々に面倒臭そうなエリアだ。
「とりあえず、全員常に頭上には警戒しておけ。いつ頭の上から攻撃が降ってくるか分からんからな」
「了解。まあ、いつも通り警戒しておけばいいだろ」
まあ、それを言われればその通りなのだが。
思わず苦笑しつつも、俺は山へと向けて足を踏み出した。
最初は比較的なだらかで、踏み固められた土の地面が見えている。
周囲は少し草が生えているため、進む順路はわかりやすい。
とりあえず、このまま道が分からなくなるまでは先に進んで行けばいいだろう。
「ルミナ、セイラン。お前たちは頭上を頼む。ただ、あまり飛びすぎるなよ?」
「敵を呼び寄せかねないから、ですね。了解です」
戦うことは別に構わないのだが、無駄な戦闘をする必要はない。
消耗は避けて先へと進むべきだろう。
上り坂を登るだけでもそれなりに体力を消耗するのだ。あまり、無理はしない程度に進むべきだろう。
(……空中の魔物は、やはりワイバーンか)
遠目に見えているのは、空を旋回するように飛んでいるワイバーンの影。
どのような種類なのかは不明だが、ここまで来て弱い魔物ということは無いだろう。
空中で戦うと厄介な敵なのだが、だからと言って地上戦に付き合ってくれるようなタイプでもない。
遭遇したら、まずは地面に叩き落とすことを意識するべきだろう。
地上に落としさえすれば、レイドのメンバーが一斉に片付けてくれるからな。
「シリウス、ベル。お前たちは空中の敵が接近したら対処してくれ。叩き落すことを優先してくれればいい」
「グルッ」
『ええ、それまでは待機しておきましょう』
こいつらが飛ぶとかなり目立ってしまう。
地上にいても巨大であるためある程度は目立つのだが、しばらくはサイズを落としておけば問題ないだろう。
とはいえ、こちらもかなりの大人数だ。飛んでいなかったとしてもある程度は目立ってしまうし、遠からず襲撃は受けるだろう。
――その懸念は、言葉にするまでもなく現実のものとなった。
「クェエエッ!」
山を登り始めてからそう時間が経つことも無く、セイランが鋭い鳴き声を上げる。
乾いた雷の音を立てて加速したセイランは、こちらへと接近してきていた二体のワイバーンへと向けて突撃した。
敵は赤と緑の翼竜。ブレイズワイバーンとトルネードワイバーンという二体の亜竜であった。
こちらまで接近を許せば、頭上から魔法なりブレスなりの襲撃を受けることになるだろう。
しかし、すぐさまその気配を察知したセイランは、嵐を纏って急激に加速しつつワイバーンへと襲い掛かった。
「翼を狙え、地面に叩き落とすんだ!」
「ケェッ!」
凄まじい速度で飛翔したセイランは、その接近に気づいて回避行動をとったワイバーンたちへと攻撃を仕掛ける。
咄嗟に軌道を変えようとしたところで、空の王者たる嵐王の機動力には及ぶべくもない。
その鋭い爪の一撃は、ブレイズワイバーンの翼膜に深い傷を刻んで見せた。
それによってバランスを崩したワイバーンは、それでも何とか魔力で体勢を保ち――そこに、光の魔法が炸裂した。
衝撃と共に起爆した光の玉は、その衝撃によって魔力を乱し、ブレイズワイバーンを地面へと叩き落す。
更に――
「光に目が眩みましたか」
傍にいたトルネードワイバーンもまた、ルミナの放った魔法によって一瞬だけ視界を奪われた。
そして、その一瞬があるならば、セイランにとっては再度の攻撃態勢を整えることも十分に可能。
雷と共に翼を羽ばたかせて加速したセイランは、トルネードワイバーンが再びその姿を捉えるよりも速く、鋭い爪による一撃をその翼へと叩き込んだ。
切り傷どころではなく、大きく破れることとなった翼。
そこに追い打ちとばかりに、ルミナの構えた薙刀が襲い掛かる。
その鋭い刃の一閃はもう片方の翼を斬り裂き、深い裂傷を負わせて見せた。
流石に両方の翼を傷つけられては飛行状態を保つこともできず、トルネードワイバーンはそのまま地上へと向けて墜落していく。
「よっしゃ! 地面にいるならただのトカゲだッ!」
大太刀を担いで突撃する戦刃と、それに続く門下生たち。
他のメンバーも、近くにいた面々はそれに続いて墜落したワイバーンへと接近していく。
先に墜落していたブレイズワイバーンは、飛行できずともそれを座視するつもりは無いらしく、その口腔から凄まじい炎を放つ。
だが――先頭を走る戦刃は、その大太刀を掲げながら避けることも無く真っすぐと突撃した。
当然、強力な炎は戦刃のみを包み込み――掲げた大太刀が、その炎を喰らいつくしていく。
「ハハハハッ、効くかよッ!」
こと、炎に関して言えば、その刃の性質で防ぐことができる。
正面からブレスを潜り抜けた戦刃は、一切の躊躇なくその刃をブレイズワイバーンへと向けて叩きつける。
属性的には相性が悪いかもしれないが、その攻撃力だけでもダメージを与えるには十分な威力だろう。
戦刃が、そしてそれに続く門下生たちが、その刃によって瞬く間にブレイズワイバーンの体を削り取ってゆく。
そして――戦刃が振り上げた返しの一太刀が、ダメージに怯んだブレイズワイバーンの首へと突き刺さった。
「そら、テメェは終わりだ!」
白輝・逆巻の一閃。
その鋭い一撃は、ブレイズワイバーンの長い首へと食い込み、断ち切る。
首を刎ねられたブレイズワイバーンはそのまま地へと崩れ落ち――それを見届けることも無く、戦刃は再び走り出した。
「さあ、そっちの獲物も早い者勝ちだ! ボーっとしてんじゃねえぇぞ!」
残る相手は今まさに地面へと墜落してきたトルネードワイバーン。
先ほどの炎のように防ぐ手段は無いのだが、その落下地点には既に他の門下生たちが集まっている状態だった。
その様子を確認して、俺は小さく嘆息を零す。
あれでは、俺たちが手を出すような余地は無いだろう。
「しばらくの間は、この調子で進めそうだな」
とはいえ、まだ数が少ないからこその難易度だ。
数が増えれば増えるほど、困難な戦いになっていくことだろう。
警戒は絶やさずに、先に進むことにするとしよう。





