084:戦端開くは剣鬼の咆哮 その5
目についた敵を片っ端から斬り殺しながら前へと進む。
ヴェイロンを討ち取ったことで周囲の悪魔共が弱体化したことは紛れもない事実のようで、数が多くとも倒すことに苦労はしなかった。
どうやら、動きの積極性が前よりも低くなっているようなのだ。
鬼哭のせいで元々あまり動いてはこなかったのだが、それでもある程度はこちらに攻撃してくる敵も存在していた。
しかし今ではそれもない。これは弱体化というより、正確に言うなら士気の低下なのかもしれない。
大した実力は無かったとはいえ、仮にも爵位持ちの悪魔。その実力に対する信頼はあったということだろうか。
「しッ、やああああっ!」
どちらかというと、俺よりはルミナの方に仕掛けようとする悪魔が多いが、今のルミナならば十分に対応できる範囲だ。
あまりにも多くの敵が群がりそうになった場合には俺も対処しているが、ルミナは魔法も使えるため、それほど問題にはなっていない様子である。
及び腰になっている悪魔に肉薄してその首を刎ね飛ばしつつ、残った体を後方へと蹴り飛ばす。
その体が衝突して動きを止めた二体のレッサーデーモンを《生命の剣》で両断し――緑の血が飛び散る向こう側に、見覚えのある銀の鎧姿が目に入っていた。
あれは――
「デューラックか!」
「おお、クオン殿! ようやく追いつきましたね」
そこに立っていたのは、『キャメロット』の一員である部隊長の一人、デューラックだった。
周囲に悪魔共の死体を撒き散らしながら、彼の纏う銀の鎧には一切の曇りが無い。
どうやら見込んでいた通り、彼もそれなりの実力者であるようだ。
内心でそう感心していると、デューラックはその顔に苦笑の表情を浮かべていた。
「いやはや……まさか、爵位悪魔まで一気に倒されるとは」
「宣言した通りだろう?」
「ははは、そうでしたね。流石は、久遠神通流の使い手ですか」
穏やかに言葉を交わしながらも、俺たちの手は淀みなく動く。
横薙ぎに放った一閃にて悪魔を斬り裂き、返す一閃がスレイヴビーストを斬り伏せる。
怯んだその相手へと踵を撃ち込んで背骨をへし折りつつ、そこから跳躍して悪魔に接近、頭上からの一閃にて深く斬り裂いていた。
直後、その手応えに、俺は思わず眉根を寄せる。
「チッ、こいつもそろそろ限界か」
フィノから購入したばかりである、白鋼の太刀。今回の戦闘ではこいつを多用してきたのだが、流石に耐久力の限界が近づいてきたようだ。
あと数度、敵を斬れば折れるか曲がるか……そのような微細な手応えまで再現していることに驚きつつも、俺は一度後方に跳躍して太刀を拭っていた。
おかげで白い羽織はすっかりと血に塗れてしまっているが、一度インベントリに入れ直せば汚れは落ちる。
いちいち洗わずに済むのは便利なものだ。かつてもこれがあれば、日々血を浴びることに悩まずに済んだだろう。
そんな益体もないことを考えつつ太刀を納刀し、二振りの小太刀を抜く。
もう一振りの、蟻酸鋼の太刀を使ってもいいのだが、まずはある程度使ってある小太刀の方を使っておくべきだと判断したためだ。
今は太刀の攻撃力が無くても十分殺せる敵ばかりであるし、こちらでも問題は無いだろう。
ちなみにだが、ルミナの刀は既に二振り目だ。魔法を上手く使ってはいるものの、やはり消耗は避けられない様子である。
「ほう、器用なものですね、クオン殿」
「何、こっちは大道芸みたいなもんだ」
リーチが短いため、悪魔の群れの中へと飛び込みながら手あたり次第に斬り刻みつつ、デューラックの言葉にそう返す。
彼は軟派な見た目とは裏腹に、中々堅実な剣術で悪魔を駆逐し続けていた。
時折水の魔法なども交えながら、隙の少ない実直な剣で悪魔たちを斬り伏せている。
西洋の剣術にはあまり馴染みが無いため詳しいことは言えないが、彼は今の所実力を抑えて戦っているという印象を受ける。
騎士らしい素直でお綺麗な剣術というわけではない。戦場で磨かれた、効率と生存を突き詰めたかのような動きである。
一体何処でそんなものを学んだのか、少々気になるところではあるが、その辺りの話題は藪蛇だろう。
こちらもあまり明かしたくはない内容も多いのだ。
「っと――済みません、クオン殿。一度マスターの所に来ていただいてもよろしいですか?」
「うん? アルトリウスの所にか。何か用でもあるのか?」
「少し話をする程度ですがね。よろしいですか?」
「ふむ……まあいいだろう」
近くにいた敵はあらかた狩り尽くしてしまった。
既に『キャメロット』の軍勢に近づいてきていることもあり、敵の数は少なくなってきている。
この状況ならば、多少時間を割いても問題は無いだろう。
「分かった、案内してくれ。ルミナ、行くぞ」
「承知しました、お父様」
目の前の敵を倒して戻ってきたルミナに頷きつつ、俺はデューラックの後に続いて『キャメロット』の前線へと移動する。
と言っても、部隊長である彼がこの位置にいたのだ。前線指揮をしているアルトリウスがいる場所もすぐそこだ。
案の定、一分と経たないうちに、俺の視界には見覚えのある青年の姿が映っていた。
「マスター、クオン殿をお連れしました」
「ありがとう、デューラック。それと、大戦果おめでとうございます、クオンさん」
「大戦果と呼ぶには、少々興醒めな相手だったがな。それで、何の話だ?」
俺が切り開いた敵陣を鋒矢の陣で進み、押し広げた亀裂に自軍の戦力を流し込むことで蹂躙しているアルトリウスは、俺の姿を目にして楽しそうに笑みを浮かべていた。
成程、俺の動きを上手く利用する形で自陣の影響範囲を広げ、効率的に敵を狩っているようだ。
先ほどはちらりと見ただけであったが、どうやら接敵する場所には防御力の高いディーンの部隊のメンバーを配置し、その傍でデューラックの部隊のメンバーが敵を駆逐。
そして、その内側から魔法や矢による攻撃で敵の数を減らしているようだ。
壁役が要となるが、そこが崩れない限りは効率的に敵陣へとダメージを与えることができるだろう。
状況に応じて壁の数や支援の量を指示していたらしいアルトリウスは、しかしそれを当然のようにハンドサインでこなしながら、俺との会話を続けていた。
「今後の状況変化の話です。この戦場の大勢は決しましたから、もうしばらくしたら掃討戦も完了するでしょう」
「だろうな。アンタたちはどうするつもりだ?」
「基本的には残党狩りですね。他のクランからは、支援要請が無い限りは動けませんから……それ以外であれば話は別ですがね」
「……何か企んでいるようだな。まあいいが、そうなると俺もやることが無くなるな」
「いいえ、それは無いですよ」
もう少し楽しみたかったのだが――と続けようとしたその瞬間に挟まれたアルトリウスの言葉に、俺は思わず眼を見開く。
小さく笑みを浮かべたアルトリウスは、軽く手を振りながら続けていた。
「貴方は『キャメロット』に属しているわけでもありませんし、僕たちとはあくまでも共闘しているだけで、僕の指揮下で戦っているわけではありません。なので、別にこの東側の戦場に縛られることも無いんです」
「……その辺りのルールは聞かなかったが、いいのか?」
「聯合の指揮下に入っている場合は、それなりのルールが敷かれています。ですが、別にクオンさんは参加の申請を出したわけではないでしょう? それなのに、こちらのルールに縛ることはできませんよ」
確かに、アルトリウスが言う通り、俺は彼の傘下として戦ったわけではない。
それで自由気ままな行動ができるかと問われれば――まあできないことはないのだが、周囲の反応は少々気になるところだ。
別に他人からの評価をいちいち気にすることは無いのだが、それで面倒な絡み方をしてくる奴が増えるのは頂けない。
しかし、そんな俺の内心は想定済みだったのか、アルトリウスは笑みと共に続けていた。
「とは言え、本当に傍若無人に動いたのでは気になることもあるでしょうから……少し、手は打ってありますよ」
「……一体何をした?」
「単純に、クオンさんがフリーになったことを掲示板に流しただけです。恐らくそろそろ、連絡が来ると思いますよ」
「連絡って、アンタな――」
そう簡単に行くものか、と言おうとした瞬間、俺の耳に場違いな電子音が響いていた。
これは――フレンドチャットによる通信の呼び出しだ。
差出人の名はフィノになっているが、まさか今さっきの書き込みで即座に反応したと言うのか?
若干頬を引き攣らせつつ、俺は通話を開始していた。
「……もしもし、フィノか? 一体何が――」
『先生さん、フリーになったんでしょ、こっちきて! 姫ちゃんがピンチ!』
「……何だと?」
普段の間延びした話し方が一切ない、緊迫した様子のフィノの声に、俺は思わず眼を細める。
今まで倒してきた悪魔共の戦闘能力からして、緋真が苦戦するような要素は囲まれて攻撃されるぐらいしか無いだろう。
そして、緋真であればその状況は当然避けて動く筈だ。
だが、このフィノの様子からして、緋真が苦戦しているのは紛れもない事実なのだろう。
「何があった?」
『爵位持ちの悪魔が自ら前線に出てきた! こっちの攻撃が全然効かなくて、姫ちゃんもダメージ与えられてない!』
「攻撃が効かない……? 馬鹿な、そんな敵がいるとは思えんぞ」
『とにかく、フリーなら早くこっちに! お願い!』
「……分かった、少し待ってろ」
あの馬鹿弟子め、一体どんな敵に引っかかっているのかは知らないが、まさか苦戦するとは。
とは言え、相手は爵位級悪魔。となれば、この周囲の雑魚共を相手にするよりは歯ごたえのある戦いができるだろう。
俺は小さく笑みを浮かべ、アルトリウスに言葉を返していた。
「……まさか、ここまで読んでいたわけじゃないだろうな?」
「いやいや、流石にそれは無いですよ。僕も、緋真さんが苦戦するほどの悪魔が出てくるとは思っていませんでしたから」
「言う割には、向こうの戦場の状況を把握しているみたいだな?」
「掲示板で話題になっていましたからね」
「その辺もリアルタイムに情報収集している、と……それは後方の連中の仕事ってわけか。まあなんにせよ……感謝する。もう少し楽しめそうだ」
俺の返答を聞き、アルトリウスは淡く笑みを浮かべる。
さて、そうと決まれば話は早い。さっさと北側に行って、緋真の様子を確かめてやるとしよう。
もしも雑魚相手に苦戦していたのであれば説教をくれてやらねばなるまい。
「よし、ルミナ。お前は先に空から緋真の所へ向かえ」
「お姉様と合流して、一緒に戦えばよろしいのですか?」
「そういうことだ。俺が行くまでは時間を稼いでおけよ……別に、倒せるなら先に倒しても構わんがな」
俺が告げた言葉に、ルミナは僅かに笑みを浮かべる。
その不敵な表情は、何よりも久遠神通流に馴染んできた証であろう。
さて、俺は直線距離の移動についてはルミナよりも速い自信があるが、それでも流石に障害物がある状況では空を飛べるルミナには劣る。
先に戦場に到着するのは、間違いなくルミナの方になるだろう。
まあ、敵の足止めにはなるだろうし、問題はあるまい。
「よし、行くとするか……中々楽しめたぞ、アルトリウス」
「また機会があれば、共に戦いましょう、クオンさん」
言葉を交わし、俺は踵を返す。
目指すは北側の戦場。『エレノア商会』の面々が防衛線を張っている場所だ。
本来であれば、王都側に戻って内部を通って行った方が早く着くだろうが、折角の戦場なのだ。
ここは一直線に、最短距離で向かわせて貰うとしよう。
「ルミナ、行け」
「はい! 先に行ってお待ちしています、お父様!」
光の翼を広げたルミナは、そのまま北側へと飛び立ってゆく。
その燐光の軌跡をたどるように、俺もまた強く地を蹴り、飛び出していた。
■アバター名:クオン
■性別:男
■種族:人間族
■レベル:27
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:24
VIT:18
INT:24
MND:18
AGI:14
DEX:14
■スキル
ウェポンスキル:《刀:Lv.27》
マジックスキル:《強化魔法:Lv.19》
セットスキル:《死点撃ち:Lv.17》
《MP自動回復:Lv.15》
《収奪の剣:Lv.14》
《識別:Lv.15》
《生命の剣:Lv.16》
《斬魔の剣:Lv.7》
《テイム:Lv.12》
《HP自動回復:Lv.12》
《生命力操作:Lv.9》
サブスキル:《採掘:Lv.8》
称号スキル:《妖精の祝福》
■現在SP:30
■モンスター名:ルミナ
■性別:メス
■種族:ヴァルキリー
■レベル:1
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:25
VIT:18
INT:32
MND:19
AGI:21
DEX:19
■スキル
ウェポンスキル:《刀》
マジックスキル:《光魔法》
スキル:《光属性強化》
《光翼》
《魔法抵抗:大》
《物理抵抗:中》
《MP自動大回復》
《風魔法》
《魔法陣》
《ブースト》
称号スキル:《精霊王の眷属》





