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異世界でも外食産業はやっぱり大変でした  作者: 青井たつみ
第五章 向かう未来の先へ
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108 話 牙を剥く獣

 一方その夜のこと。

 九州の龍蔵の別荘にも突然の来客が訪れていた。



 だいたいこの別荘自体が人里離れた自然の中なので、ヘリでやって来るのはある意味しょうがないのだが。

 この日は少しばかりヘリの数が多い。


 その上、軍仕様の攻撃ヘリも一緒にやって来ているようなのだ。

 これがまたとんでもない爆音なのである。



「なんじゃ、騒々しい」



 彼ら──テロリスト達がやってくるのを、龍蔵が歓迎したことはこれまでも一度もない。


 しかし今日に関しては夜遅くになってから、室内でくつろいでいるところに事前の連絡も無くいきなり押しかけられたこともあり、老人はいつも以上に不機嫌そうであった。



「もう報告は聞いておるわ。負けた戦の言い訳に来るのに礼儀も守れんのか!」



 負けた結果の言い訳に来た。

 そう思っているらしい。


 ──そんな老人を見て、テロリストの男はフッと思わず鼻で笑った。



「相変わらずのご様子ですな。しかし……」



 鋭角的な眼鏡をかけ直すと、その顔に嘲りの色が浮かぶ。



「もう少し考えてみた方がよろしいのではありませんか? ご自分のお立場というものもねぇ……」


「なんだと!?」



 龍蔵の顔が怒りに歪んだ。



「どの口が言うか! ムザムザと妖怪共の人形風情に醜態を晒しおって。立場を弁えるのはお前らの方じゃ、愚か者めが!!」



 愚か者……か。


 議論にはまず定義から入るべし。

 それを思い知らされるではないか。

 この老人と話していると。


 そんな心の中を取り繕いながら、男は普段の慇懃な態度を少しは取り戻してやることにした。



「いやいや、これは失礼致しました。しかし、アンドロイドとの戦闘に何のバックアップも無しに、人間の部隊を突っ込ませろという無茶な命令を頂きましたもので。我々も困り果ててしまった次第なのですよ」



 ──しかしその言葉は最後にはこう皮肉で締めくくられる。



「……無能な司令官殿のお陰でね」



 龍蔵はまたカッと頭に血が上ったが……。


 相手に掴みかかりたくなる怒りの衝動を、グッと堪える気力がまだこの老人には残っていたようだった。


 そして考える。

 どうも今夜は様子がおかしい──と。


 ことここに至って、やっと龍蔵にも今日の彼らの醸し出す空気の違いがわかったようだ。



「貴様ら、これは一体どういうつもりだ?」



 そこでいつも龍蔵の前には一人でやって来るこの眼鏡の男が、今日は後ろに何人かの男達を連れてこの部屋まで来ていることに、その時になってやっと気がついた。


 彼らは前に立っている男のように黒服ではなく迷彩服を着ている。



「ここに至って“どういうつもりだ”とはずいぶんな物言いですな。何でも有り余る金で解決し過ぎると、どうやらご自分の危機管理もできなくなるようだ」


「なに!?」


「愚鈍さはロバなみですな。そちらのお嬢さんの方が、よっぽどまともな神経が備わってるんじゃないでしょうかね?」



 絵里は龍蔵の隣のソファーで、男を睨みつけながらガタガタと震えていた。



「今宵はあなたに、世の中には金ではどうにもならないものもあるのだということを、ご教示させて頂きたいと思って参った次第なのですよ」



 そう言うと──。

 男は懐からゆっくりと何かを取り出し。

 龍蔵の目の前に突きつけた。


 それは……USSRマカロフ。

 自動拳銃だった。



「たとえば……生命いのちとかね?」



   ◆◇◆◇◆



 流石の龍蔵も、目の前に拳銃を突きつけられては形無しである。



「な、なぜだ……」



 そう震える声で唸った。


 こうなると。

 いつもの横柄な態度も影を潜めざるを得なくなるようだ。

 やっと人並みの恐怖を感じ始めたらしい。



「あなたはもう用済みということですよ」


「ワシを……裏切るのか!」



 もう会話も成立しないな。

 いっそのことボケてでもいてくれれば、まだ救いようがあるものを。


 いや、ないか。



「何をおっしゃいますやら。もともと私達は友人などという間柄ではありますまい。あなたは私達を利用し、私達もあなたを利用してきた。しかし、あなたにもうその利用価値が無くなった……私達の側にね」



 男はそこでため息をついて。

 こう付け足す。



「ただそれだけですよ」



 しかし龍蔵はまだ納得できないらしい。



「ワシを殺せば金が……今後金をどこから工面する気だ!」



 まだ交渉をしているつもりなのだろうか。

 往生際の悪いことこの上ない。



「ああ、それはもういいんですよ。あなたがいなくても、そちらのお嬢さんがいれば……ね」



 そう話を向けられた途端──。



「いやあぁーーっ!!」



 絵里が逃げ出そうと立ち上がって必死に駆け出す。


 だが、それももう予測された反応だったらしい。

 いつの間にか大きな窓にも、そして入口付近にも男たちが配置されていた。


 退路はどこにもない。



「やめろ! 絵里には手を出すなっ!!」


「もうそんなご心配は不要です。ここであなたは死ぬんですから」



 パン!


 部屋の中に乾いた銃声が響いた。



   ◆◇◆◇◆



「おじいさまぁああぁあぁぁぁっ!!!」



 絵里が絶叫した。


 しかし誰も助けに来る気配はない。

 使用人達は前もって拘束されていたらしかった。


 絵里は抵抗するまでもなく、すぐさま屈強な複数の男たちによって取り押さえられてしまう。


 そして手際よく猿ぐつわをされ……後ろ手に縛られていく。

 イヤイヤと首を振る絵里だが、こうなってしまってはどうにもならない。



「よし、連れていけ!」


「……!……!!」



 男が命令口調でそう言うと、虚しい抵抗を続けながら絵里が部屋から連れ出されていった。


 男は床に転がる龍蔵の死体を、足で蹴り上げるようにして引っくり返し、その死に顔を確認する。

 生命が通わなくなった老人の顔は、血まみれになっている上にまるで人形のように呆けた表情を晒しており、もうそこには知性の欠片も残ってはなかった。



「ふん。どうせこのままでも間もなくお縄に掛かる運命だった。俺達はむしろアンタの名誉を守ってやったんだ。ありがたく思うがいいさ……」



 そう男は吐き捨てた。


 ただそうやって龍蔵が当局に高速されることを、彼らとしてはそのまま放置しておくことはできなかったのだ。

 龍蔵が政府側の軍や治安維持局に身柄を拘束されれば、こちら側の情報も漏れてしまうだろう。


 それを避けるためにも、手早く始末しておく必要があったのである。


 眼鏡の男の指示に従って、龍蔵の死体や残りそうな資料などを手早く処理していく迷彩服の男達。


 そしてそれが終わると、また素早くヘリに乗り込んで一行は整然と別荘を離脱していく。



 まず2機の通常の大きさのヘリが先に飛び立って、最後に一回り大きな攻撃ヘリがホバリングしながら別荘の上空に残った。

 そこから機首を建物の方へと向けると、機関銃を乱射して建物をあらゆる角度から掃射して回る。


 そうやって原形を留めないほど、辺りをめちゃめちゃに壊してから、最後にナパーム弾で入念に焼却処理を施していく。


 火に包まれる別荘──。


 その一連の破壊工作の後。

 その建物の白い外壁はもう元の色も原形も留めてはいなかった。


 こうして完全に証拠を隠滅した上で、彼らは一路関東方面に揃って帰投していった。


 後には、そこに建物があったこともわからないほどに打ち捨てられた、焼けた大地と細かく砕けた瓦礫の山だけが残っていた。



   ◆◇◆◇◆



「やっぱり何も残ってませんね」



 隆二が言う。


 まだ土曜日にはなっていなかったが、急遽エルのデータのバックアップが行われていた。

 そして開発課の一同によって、早速そのデータの分析が始められていたのだが、そこには高次元存在の痕跡はほとんど残ってはいなかったのである。



「エルのエモーショナルフォースにはやっぱり何か外部からの共鳴によって、強制的に別の意識が入り込んだ形跡があるようね。でも、それは記憶エリアに出力されていない。どういうことかしら?」



 恵も頭を捻っていた。



「何というか意識を混ぜた訳じゃないってことですよね。エルの意識を横に“追いやった”状態にして、外部の意識がエルの外殻を使ったってこと? でもそんなこと可能なんですか?」



 舞花も困惑していた。


 結局エルの記憶データには、その時の意識の状態は書き込まれておらず、共鳴していたはずの高次元存在の波動についても、不思議なことに稼働データには残っていなかったのだ。


 正にミステリーである。


 しかしその後のエルには特に異常は見られていない。

 高次元存在は、ガイノイドとしての数々の機構を利用して入り込んだものの、それを破壊したり障害を起こしたりして無理矢理ハッキングした訳ではないらしい。



「まあ、もうこうなっちゃ俺達の持っている科学レベル以上のことが、そこでは起こっていたと考えるしかないんだろうな。今後のために取れるだけのデータは取って、なんとか未来に期待しようよ、うん」



 みんなの作業を見ている白瀬も半分諦め顔である。


 彼からしてみれば、これまでも委員会カウンシルの持っているデタラメさを、既に何度か味わってきているのだ。

 その上、今度はそれを凌駕するほどの存在が登場してきたわけだから、もう匙を投げるしか無いという心境なのかもしれなかった。


 しかし白瀬が投げやりにも見える返事をしたのにはもう一つ理由がある。


 現在の彼にはそれ以上に気になっていることがあったのだ。

 それは村井の動向であった。



「で、村井ちゃんはどうすんの、これから?」


「黒崎さんがずいぶんと急いでるみたいなんだよな。明日にもすぐに軍を投入したいってことなんで、まあ、取り敢えず一緒に行ってみようと思ってるんだ。その樹海の例の場所にな」


「明日にも? それはまた強行軍だねぇ、そんなに急いで大丈夫なの?」


「大丈夫も何も。聞く所によると今回は遅れを取ったら、それ以上に大変なことになるかもしれないらしくてよ。拙速上等ってヤツ。まあ、出たこと勝負やるだけやってみるわ」



 昨晩そう村井が言っていたのだ。

 昨日はその為に急いで会いに来たらしい。


 白瀬は時計を見た。

 ──午後2時か。


 聞いていた予定の通りなら、そろそろ村井が目的地に到着している頃だろう。

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