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女王、グレる

 かくして若干ネジが外れた自覚のある私は建国祭の日まで、城を抜け出しては『青猫三角亭』に通い詰める日々を送った。


 この頃になるとさすがに他の店員とかも私がレクスに対して好き好きオーラを出していることに気づいていて、私が入店したときにレクスがキッチンにいても「ミナさんが来たから、おまえが出てやれ」とホールに押し出されるのが当たり前になっていた。


「レクスが作るオムライス、本当においしいわ。毎日食べたいくらい」


 本日のおすすめオムライスを味わいながら言うと、私のおねだりで向かいの席に座らされていたレクスはもじもじしつつ視線を逸らした。


「そ、その……これからも来てくだされば、いくらでもお作りします」

「本当? 嬉しい。私、レクスが作ったご飯がないと生きていけない体になっちゃったわ」


 そう言いながらレクスにしっとりとした視線を向けると、彼は顔を真っ赤にした。


 私がレクスを口説く光景はもはやこの店で当たり前になっていて、常連客でさえ「あれが、噂の」って感じで見守ってくれていた。


 そしてレクスもレクスで、私にねだられて席に着くのがまんざらでもないというのが丸分かりだった。なんといっても私の見た目は彼の好みど真ん中らしいし、そんな美女に迫られて嫌なはずがないだろう。


 ……我ながらスレた性格になったと思うけれど、次にループしたときには優しくて真面目な女王になるから、許してくれ皆の者。


 とはいえ、連日城を抜け出すものだからアンネは頭を悩ませているし、結婚候補たちも困り感を出していた。

 別に金遣いが荒いとか臣下に暴力を振るうとかそういうのじゃなくて、ただ単に仕事をしないだけだから、彼らも私に物申しにくいのだろう。


 救国の女王として国民の人気を一身に集める女王陛下が、戴冠するなり仕事をサボっては城を抜け出してどこかに遊びに行っている。ろくでもない女だけど、魔王を倒し国を救った経歴は確かだし、人気もある。

 そして女神の使者という肩書きもある人物に対して「仕事をしろ!」と説教できる人なんてそうそういないのだ。


 それをいいことに毎日レクスのもとに通って、この美貌と魅力的な体つきと甘い視線で彼を誘惑する日々。


 ……建国祭までの期間限定じゃなかったら、本当にとんでもない悪女だな。











 さて、そんな自堕落な生活も残り一週間になった。


「そういえば、レクスは建国祭の日は予定はあるの?」


 本日はレクスが仕事を終えるのを見計らい、店から出てきたレクスを捕まえて腕に掴まり、おしゃべりに付き合ってもらうことにした。もはやストーカーの自覚はあるけれど、これもあとわずかなのだから許してほしい。


 散々好き好きお色気アピールをしてきたのだけれど、意外なことにレクスはぐっと自制を続けている。落ちるのも時間の問題ってのは見れば分かるのだけど、頑張ってセーブしているようである。

 真面目だなぁ。そんなところが好きだなぁ。


 今回も、私が腕にしがみついて張りのある胸を押しつけるので顔を真っ赤にしつつも腕を振り払ったりせず、むしろ私の肩からずれかけていた上着をそっと引き上げながら答えた。


「ええと……実は建国祭の日の夜、うちの店は特別深夜営業をする予定で、ダンスパーティーを開くんです」


 うん、知っている。前回、参加したから。


「そうなのね。それってつまり、日付が変わるまで続くのね?」

「はい。付き合いたい人だけでいいのですが、店主は夜明けまで続けるそうで……あ、そ、そうだ。あの、ミナさん。よかったらその日、うちのパーティーに――」

「レクス」


 上着のポケットに手を入れて招待状を出そうとした彼の手首を、そっと掴む。

 私の手では一周できないくらい太いそれに触れたまま顔を上げると、驚いたようなレクスの眼差しが降ってきた。


「その日の夜、あなたと二人だけで会いたい」

「えっ……あ、ええっ!?」

「パーティーも、楽しそうだわ。あなたも店員さんなのだから、参加義務があるのは分かっている。……でも、その後でいい。日付が変わる前に、あなたと二人きりになりたい」

「あ、え、そ、その……ええっ!?」

「だめ?」


 甘えるように、ねだるように、誘うように、レクスを見上げる。


 こんなスキル、前世の私は知らなかった。でも自然と「この人を落とすためには、こういう眼差しをすればいい」って体が分かっている感じだった。

 すごいぞ、R15ゲーム主人公。君は本当に肉食系女子だ。


 私に手首を掴まれたまま驚きのあまり固まっていたレクスだったけれど、首まで真っ赤にした彼はやがてそろそろと手を動かし、私の手をそっと剥がした。

 そしてポケットに入っていた招待状を、私の手に握らせる。


「……そ、その日、本来のシフトは夜までで……その後は、時間外手当つきの延長勤務なのです」

「……」

「だから、店長に頼んで……深夜前までには上がれるようにします。その後で一緒に、店を抜けませんか」

「……! ありがとう、レクス!」


 しどろもどろしながらも告げてくれたのはつまり、私のお願いに対する「イエス」の返事。

 いや、これは実質いろいろな意味で「イエス」だったと受け取っていいよね?


 いくら純朴なレクスでも、これが「お誘い」だと分からないほど鈍感ではないだろう。実際、私を見つめるレクスの目にはちらちらと何かの炎が灯っているように思われるから、多分彼はいろいろ「分かっていて」答えている。


 ……ああ、どうしよう。

 こんなに胸が高鳴るのは、ぞくぞくするのは……私がヴィルヘルミナだからなのかそれとも、元々そういう素質があるからなのか、どっちなのだろうか。









 これまでは、またループするのかと呆れたり怯えたりしていた、建国祭の夜。


「女王陛下!」

「アンネ、私は明日から生まれ変わる。だらけた女王でいるのは、今日までにするわ」


 ろくでなし女王を一ヶ月もそばで支えてくれたアンネに真剣な顔で言うと、彼女は困った顔になった。


「……女王陛下が心優しくて真面目な方だと、わたくしは知っております。現に女王陛下は本日の建国祭では、大変立派に振る舞われました」


 うんまあ、建国祭の式典やパーレドはもう四回目だからね。気分はもはやデイリーミッションだ。


「女王陛下に結婚を急いだわたくしたちに、非があるのだと分かりました。……申し訳ございません、陛下」

「えっ? ……ああ、まあ、それも確かに困ったけれど……」

「今晩は、ゆっくりお休みください。……失礼します、女王陛下」


 アンネは私の予想とは少し違う方向に考えていたようで焦ったけれど、彼女の背後にいる結婚候補たちも納得の表情でお辞儀をした。


 部屋のドアを閉めてから、考える。


 ……どうやらアンネたちは、自分たちが結婚を急かしたことが原因で女王がグレたと解釈したようだ。

 いや、それも当たらずとも遠からずではあるけれど、今回私が公務をサボって城下町にいる一般男性を誘惑していたというのは事実だし、今からとんでもないことをしに行こうとしているのも事実だし……。


 ……うん、まあどうせあと四時間もしたらループするのだから、もういっか!


 ということで私は今回も着替え一式を荷物に入れて――ただし、下着はお色気方面のにした――毎度おなじみの経路を使って三度目の脱出を行った。

 さすが三度目だけあり、過去最高記録で城壁の穴を通って『青猫三角亭』に到着することができた。


 そのおかげか、前々回は大盛り上がり中、前回も盛り上がっていた店内はまだ静かな方で、広場の大時計が示す時間も夜の九時過ぎだった。


 ……日付が変わるまでの時間は、長ければ長いほどいい。

 私は今夜、自分の欲望を満たすためだけに……レクスを誘うのだから。

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