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プロヴァンス戦記  作者: 雪臣 淑埜/四月一日六花
scene 02『諸人の想いの交差する時』
18/42

第十六話『平穏と不穏の混淆』

子どもの頃にもどりたい詩埜です。


プロヴァンス戦記第十六話です。


かわいがってください。

 レジスタンスはルーシア王国正規軍と違い、千を超える人数をまとめる師団ではなく平均三、四人で構成される小隊で活動することを基本とする。そして大尉、中尉、少尉などといった明確な階級が存在しない代わりに、『ステージ』と呼ばれる小隊クラスが存在し、ⅠからⅣまで数字が上であるほどすぐれているとしている。なお、小隊のみならず個人の構成員にもステージの概念ははたらいており、たとえばステージⅣからⅢへと降格となった小隊でも、個人としてのステージは変わらずⅣのままである。しかしこれはあくまで力の序列が揺らぎ、総合的に見て小隊の力が弱まった場合に限る規則であり、もしも個人が規律に反したり、あるいは戦闘での大きな失態を犯したりすれば、懲罰として個人のステージもまた下がることがある。

 そして精鋭部隊たるステージⅣには十四の小隊、準精鋭部隊たるⅢには三十の小隊、一般部隊たるⅡには五十の小隊が置かれている。正式配属前の訓練兵はステージⅠであり、戦闘に参加することは緊急時を除いてほとんどない。

 新たに結成されたアルデ小隊は、ステージⅢの第8小隊に位置する。それなりに実力があるとはいえ、実戦経験は豊富でないアルデとディオークはステージⅣに届かないということで、上層部はこの二人の個人ステージをⅢとし、小隊ステージもおのずとⅢに留まったのである。

 「あたしは個人だとステージⅣだけど、どこの小隊にも属していない。無所属フリーの構成員として大活躍ってわけ。一匹狼ならぬ一匹猫さ!」

 ルシアはそう言った。

 「そうだったんだ。でもどうしていままで小隊を組まなかったの?」

 「……それは」

 急に押し黙るルシアに、アルデは怪訝な顔をした。

 「あと、ぼくがルシアと小隊を組むことになったのも……」

 「それは、アビストメイル殿下の決定だから、しかたなく、よ」

 決定だからという言葉に、アルデは何かしらの感情の歪みを感じ取った。どうやらほんとうは小隊に属することを忌避したいが、上からの命令でやむをえなくそうするしかなかったという、そのようなふくざつな思いがダイレクトにアルデに伝わった。彼女はおびえるような顔をしていた。影の差すまなざしの向くところは、時間と空間を超越したどこかであった。

 「でも、今回はちょっと変なんだよ」

 「変って?」

 「アビストメイル殿下は……まあ、アルデもなんとなくわかってるとは思うけれど、人を見る目がありすぎるおそろしい人でね。あたしのこともちゃんとわかっている。だからおかしいの。あたしにアルデと小隊を組めだなんて……そんな命令をくだすのは変だなって」

 「なるほど」

 わざわざ事情まで聞き出すのは野暮であり、いまの自分には必要な情報ともいえない。だからアルデはとくに追求をすることを扣え、相槌を打つのみにとどめた。アルデの忖度そんたくをルシアはしっかりと感じられたようで、緊張していた表情をゆっくりとほどかせていった。

 小隊というものがきっかけになって、精神に癒えがたい外傷を負った。アルデはそう考えた。精神というものは肉体よりやけに脆く、人間の手をはなはだしく焼かせるもので、カッターでつけられるような大したことのない損傷でもひどく疼き、年月を経ても瘡蓋かさぶたが生まれるまでにさえ至らない。ルシアはアルデとおなじ十一年の生で、そのうちの数年が戦いの日々で埋め尽くされている。たった数年だけでルシアは精神に傷を負い、しかもそれは活発な彼女自身が笑顔で耐えきれるものではないほどに大きいものであった。これに気付いたアルデは、戦う意志を形成することはたやすいものにあらずして、エンデュリオンが執拗に自分を漫罵まんばする理由にあらためてうなずいた。

 アルデ自身にはしっかりと戦う意志と、戦う理由はある。けれどもそれらは、普通ではなかった。エンデュリオンのみとめるものではなかった。彼は誰かに依存している。自分の本心には見向きもせずに、ただ誰かに成り代わろうという一心で剣を振るっている。これにアルデはべつに無自覚というわけではなく、どちらかといえば重々承知している。

 「あたしたちの隊室がもう用意されているらしいから、行ってみよ」

 「うん」

 ふたりはふたたび歩をすすめ、自分たちの隊室のほうへと向かっていった。

 隊室といっても特別な仕様がほどこされているわけではなく、蛍光灯、二台のロフトベッド、面積の広い机、構成員の私物を収納するスペースなどと、いたってシンプルなインテリアであり、部屋の造型にもこれといって目立った特徴はなく広さは十分。先日アルデが仮住まいとしていたシータ隊室と較べて大差なかった。

 「ディオークはまだ来てないっぽいね」

 アルデは四辺を見回して言った。

 「さっき不本意ながらあたしから連絡してやったはずだけど、まったく、どこで道草を食っているのやら」

 大きなため息をついて、ルシアはディオークが自分の思い通りにならないことに腹を立てて文句を言った。

 「僕ならうに着いている」

 と、噂をすれば影が差す。ディオークの声は部屋のなかで響いたが、どこから発せられたものか二人にはにわかにわからなかった。

 「上だ、上」

 声に従ってふたりは同時に上のほうへと顔をあげると、そこにはたしかに天井で棒立ちするディオークの姿があった。

 「なんでそんなところにいるんだよ」

 怒り気味でルシアは問うた。

 「手持ち無沙汰だったものでな。(ここ)霎時瞑想しばしめいそう(ふけ)っていただけのことだ。気にするな」

 「瞑想って……なにさ、かっこつけちゃって。蝙蝠こうもりみたいなことしやがって。降りろ!」

 「言われずともそうする、うるさいな。猫というのはてっきりにゃーにゃー鳴くものだと思っていたが、じつはギャーギャー鳴くものだったとは夢さら思わなかったよ」

 「くぅ……やっぱかわいくないね! もういい! アルデ!」

 相手をするのに飽きたルシアは、いつものような溌溂はつらつとした面持ちとなってアルデに話しかけた。

 「な、なに?」

 「模擬戦おつかれだったね。今日あたしも非番だし、いっしょにあそびに行こうよ!」

 「待て」

 ディオークが割り込む。

 「僕も同行させていただく」

 「うるさい猫といっしょにいておもしろくないんでしょ?」

 「貴様と一緒に居たいわけではないわ!……僕はアルデ様の従者だ。外に出るとあらばともに参らねばならぬが務め」

 「だから、いつからぼくときみはそんな関係になったんだってば……」

 しかし困惑するアルデに、ディオークはまったくかまわなかった。

 「とにかく僕も一緒だ。これにだけは文句は言わせないぞ」

 「いいかげん憎まれ口ばかり叩くのをやめないと、毎晩眠っているあんたの耳にあたしの烈風をおみまいしちゃうからね」

 「これでも僕は元”月”のはしくれ。気配を察するのはお手の物。やられるまえに返り討ちにして、その後の貴様のまぬけな顔をおがめるのも悪くないのかもね」

 「言うねえ……」

 デジャヴュがあった。アルデはこの二人のやり取りを初めて見た気がしなかった。

 (この二人……ダントロとシンディとそっくりで、なんだか安心感があるなあ……)

 一種の懐かしさを彼は感じた。

 (そういえば、ここ数日いろいろありすぎて、ダントロとシンディと会えていない。ぼくのこと…心配しているのかな)

 自分の行方が忽然と(よう)として知れなくなったことに、きっと家族も同然である二人はいぶかしげに思っているに違いない。それが気がかりとなったアルデは、ルシアにこのことを伝えずにはいられなかった。

 「ルシアさ」

 「ん? なに?」

 「ぼく、一回家に寄っていってもいいかな」 

 「……ああ」

 アルデの言わんとしていることを、ルシアはなにとなく予測したようだ。

 「あらかじめ、あんたの家の子たちには言ってあるけどね。だいじょうぶだとは思うよ」

 「あ、そうなの? となると、ぼくが聖剣を手にして、レジスタンスに入っちゃったってことも知られちゃったんだ。会ったときどう説明すべきかなあ」

 「……その心配はいらないんじゃない? だってあんたの友だちは、あ、そっか」

 何かを思い出したかのような反応を見せたのち、ルシアはすぐに口を噤んだ。

 「あんたの友だちちゃんと納得してくれていたから、たぶんそんなしつこくは追及はしてこないと思うよ」

 咄嗟に言い直すルシアであったが、アルデはそれでも彼女のあわてたようすに不審を打っていた。

 「そ、そう。ならいいけどさ……でも、顔くらいは合わせておきたいんだ。いいかな」

 「いいよ。あんたの行動制限はもう解かれているし。あとで行こ」

 「……! ありがとう、ルシア」

 「いいってことさ! あ、アルデはまだ昼食摂ってないでしょ。まずはどこかの店で食べよっか!……で、あんたもついてくるんだっけ?」

 「当然だ」

 「はいはい。わかりましたよー」

 友だち。アルデは彼女のセリフの中にあらわれたこの単語だけに動揺が聞き取れた。いったい彼の友だちのどこに、ルシアを動揺させる要素があったか。いまのところ、アルデはそれを理解することができない。


 ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 「ふぁあ」

 あくびをして机の書類に取り掛かるシータ。その背後に一人の少年が抜き足差し足でゆっくりと近づき、距離をゼロまで縮めた途端彼女の両肩にさっと触れて、こう甲高く叫んだ。

 「コリアンダー!!!」

 「きゃあ!?」

 意味不明な脅し方をしてくる者の正体に目星がついたシータは、無愛想な顔でうしろをふりむいた。

 「なによ、ヤクト」

 「ん? わかった?」

 「わかるに決まってるでしょ。『わあ!』とか『えい!』とかじゃなくて、『コリアンダー!』って。脅し方が独特すぎるのよ。ヤクトって香辛料マニアだったの?」

 「ほう。お前もなかなか勘が鋭くなったもんだな」

 両の眼を丸くして、ヤクトは言った。

 「勘というか、慣れというか……」

 目を細くして、シータは能天気な会話にうんざりしているそぶりを見せた。

 「そして俺は大の甘党であり、香辛料には別段思い入れはない」

 「あ、そう。それで何しに来たの?」

 「つれないねえ。同僚が何一生懸命やってんのか気になって見に来てやったってのに」

 「余計なお世話よ」

 「……聖剣ラグナロクの能力に関する報告書か。お前もモニターで模擬戦を観ていたのか」

 「ええ。私だけじゃなく、全構成員の七割はモニターで観戦していたらしいわ。あの模擬戦はかなり注目されていたみたい。無理もないわね。選召者とはいえ、入りたてほやほやの新人がエンディーと戦って、あろうことか勝利したんですもの」

 「でもなんで報告書はお前が書くんだ。書くんだったら近くで見ていたルシアとか、エレフとかじゃないのか?」

 「ばかね。わたしはバイタルエナジー技術の研究をするTRIVのメンバーでもあることをわすれたの? ジン戦とルシファー戦はわたしの関知するところじゃないから報告はルシアとエレフに任されたけど、今回のケースは違う。わたしもアルデくんの戦いを見ていたからね。だから、ラグナロクの能力がどういうものなのか、バイタルエナジーに精通しているわたしが書類に記述し、提出しなければならないのよ」

 「ああ、そうだっけな」

 「まったく、遠地まで赴いて戦いばっかしてたからって、自分の所属するレジスタンスを理解しきれていないのもどうなのよ」

 「……今日はやけにあたりがきついな」

 「……ごめん」

 「いや、べつにいいさ。疲れてるんだろ」

 「……まあ、ちょっと前、いろいろあったから」

 重苦しい雰囲気が通りすがり、二人の沈黙を強いたのは、二十秒ほどのことであった。

 「……ところで、その報告書の提出先は?」

 「イクトくんのところ。TRIVよ。それがなに?」

 答えを聞いたヤクトは、深刻そうな表情となった。

 「先日エレフとルシアが書いた報告書もそこに?」

 「そうだけど」

 「きな臭いな、どうも」

 「どうかしたの?」

 「お前……知らされていないのか? 三日前からプロヴァンス帝国軍が基地を攻撃しているだろう」

 「うん」

 「最初の夜襲でTRIVはエネルギー源にダメージを負ったらしくてな。いまだに門や脱出口が作動せず、メンバーは建物内に閉じ込められているのが現状だ」

 「なんですって!?」

 「そんな大変なときに報告書をもらう余裕なんてない」

 「でも、なんであなたは知っているの?」

 「いや、おれは三日前出征から帰ってきたばかりでな。TRIV付近の砦に滞在していたんだよ。TRIVに急襲を仕掛けた帝国のやつらはみんなおれが片付けたんだが……本部には何も伝達されていないのか、ほんとうに」

 「ええ、まだなにも」

 「ならばあきらかにおかしい。あのような不測の事態は早急にレジスタンスの中枢たる本部に伝達されるはずだからな」

 「それがたしかなら、おかしいわね。アビストメイル殿下に直接聞かないと」

 「にしても謎だな……ルシアとエレフの報告書はイクトへ行き、お前がこれから書く報告書もイクトへ行くことになっているんだろ。だが、実際報告書がイクトに行くはずがないってことがいま判明した」

 シータは固唾を呑んだ。ヤクトの見つけ出した異常がおそろしいのではない。その異常にこれまで気がつかなかった自分を、彼女はおそろしく思ったのである。

 「逓信部ていしんぶに掛け合ってみないとな。TRIVはあの夜急襲に遭ったことを本部に連絡したのか。したのであれば、なぜ本部のレジスタンス構成員は把握できていないのか。疑問を残らずぶつけてやるんだ」

 

 ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 絶句。

 腹まで膨らんでいた財布がいまではみすぼらしい姿へと変わり果て、吐き出すのは金貨の一枚ではなく底にたまっていた塵芥ちりあくた。財布の端をつまみ、ゆらゆらと揺らしてはそのようすを呆然とながめるルシア。そしてそんなうらかなしそうなルシアに全然気づかずに、嬉々としてアルデは視界を覆いつくすほどにあるスイーツにばかり目が行き、皿を近くへもっていっては乗っているスイーツを口に運んでほおばり、そのたびに幸福の色を浮かべていた。

 「あ、アルデ様」

 ディオークは自分の分の乗った皿をアルデに渡した。

 「ん、なに?」

 「よろしければ、僕のもどうぞ……」

 「ええ、いいの!?」

 ふだんの辛気臭い顔からは想像だにできない、いまだかつて見たことのない満面な笑顔でディオークの皿を受け取るアルデに、ルシアは意外に思いついまばたきの速さをあげていた。

 「アルデ」

 「どうしたのルシア」

 しゃべっている最中でもアルデはフォークを止めなかった。

 「あんた、ちゃんと朝食摂ったよね……? たしか」

 「うん」

 「昨日も食べてたところ見たけど」

 「うん」

 「だよね……いまお腹そんなにすいてるの? もう二十皿だけど」

 「お腹はべつにそこまですいてはいないけど、ほら! ケーキだよケーキ! めったに食べられるものではないよ! いっぱい食べないと損じゃないか。ぼく甘いの好きだし!」

 「いや、あたしの財布のほうはかなり損してますが……(あ、甘党だった。 ここに連れてくるべきじゃなかったかも!)」

 財布だけが人の全財産とは言い切れないことは、読者もよく理解していると思われる。

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