第六話 水面下の戦争
ヤコブは執務室で書類に囲まれていた。
農業村リリン魔物襲撃事件、報告書作成。
指揮官ダニエル――捜索中に消息不明。
書類の端に書かれた「消息不明」の文字が、やけに重く見える。
「……」
ヤコブは小さく息を吐いた。
コンコン、と控えめなノック音。
「副総艦、サライです」
「サライか……どうぞ」
扉が開き、サライが一礼して入室する。
「失礼します」
「どうかしたか? ユダの家族の事情聴取は済んだのか?」
「……」
一瞬、サライの視線が泳いだ。
「それについてですが……」
「『何も覚えていない』と……」
ヤコブの眉間に、深く皺が刻まれる。
「……ユダを庇っているのか?」
「……いえ。指導官マタイが隣部屋で、霊獣[フクロウ]の鑑定スキルを使用しました」 「その結果……ユダの妻エミリ、娘リリは嘘をついていないそうです」
「……どういう事だ?」
「『気づいたら、森の中のログハウスに二人とも椅子に座っていた』と……」
「食糧は常にあり、二人で静かに過ごしていた様です」
不自然だ、とヤコブは内心で思う。
拉致され、監禁されていたにしては、あまりにも穏やかすぎる。
「ユダが受け取った、妻エミリの手紙はどうだ?」
「ユダから回収した物を、本人に見せたのか?」
「えぇ……」
サライは一度言葉を選ぶように間を置く。
「妻エミリは……」
「『確かに、この文字は自分のものだと……』、『夢で描いたような……』、『本当に……ごめんなさい』と……」
「……気味が悪いな」
無意識に、ヤコブはペンを強く握りしめていた。
「すみません……私の聴取の仕方が悪かったかもしれません……」
「いや……」 ヤコブは首を振る。
「女性の被告から話を聞き出すのは、サライが一番上手い」
「……未知の能力……かもしれないな」
その言葉に、サライの表情がわずかに強張る。
「ヤコブ副総艦」
「なんだ?」
「……ちゃんと寝ていますか?」
「仮眠程度は……」
「それと……視覚の方は……」
「……今は伝書バト、ニコラの視界しか使えない」
「二体目を繋ぐと、視界がぼやけてしまう……回復まで一週間はかかるだろう」
「……」
「そんな顔をするな」
ヤコブは苦笑する。
「元々、伝書バト一体しか契約できなかった」
「初心に戻った気分だ」
だが、その声には疲労が滲んでいた。
「……今、ちょうど農業村リリンのアンから合図があった……」
ヤコブは静かに目を閉じ、ニコラの視覚を拡張する。
――その瞬間。
視界が、一瞬だけ大きく揺らいだ。
「……っ……」
喉の奥で、息を詰める。
(……拡張した瞬間、目を射抜かれたあの感覚……まだ、恐怖として残っているのか……)
だが、ヤコブはすぐに思考を切り替える。
(……部下を目の前で失う事に比べれば……)
(この程度の恐怖など、軽い……)
もう一度、ニコラの視界を繋げる。
視界の先――
農業村リリンで、アンが砕けた魔石を手に、ニコラに向かって話していた。
ヤコブはアンの口の動きを追い、言葉を読み取る。
「『[炎の魔石]、魔物を呼び寄せる[波動の魔石]、二つ共に、五年以上前に人工的に作られた痕跡あり』」
「『一般人でも一時的に魔法を使う事が出来る』」
「『化学兵器の疑いあり』」
「──!」
ヤコブは思わず奥歯を噛みしめる。
(アン……よくやった……)
(魔石の解析は、相当な霊力消費と集中力を要するはずだ……)
静かに、感謝を胸の中で呟く。
そして、ニコラの視界を閉じた。
──
農業村リリン。
解析を終えたアンは、芝生の上にそのまま倒れ込んだ。 身体中から力が抜けていく。
そこへ、釣り人タロが顔を覗き込む。
「アン……だっけ? お前、大丈夫か?」
「大丈夫です……」
「二日間、徹夜で魔石の解析をしていたので……少し疲れました」
「……そんな所で寝てたら風邪引くぞ」
「宿泊者用のログハウスで寝ろよ」
「ありがとうございます……リリン村の方は、本当に優しいですね……」
「普通だよ!」
「王都のやつは、そんなに冷たいのかよ」
タロはアンの肩を支え、歩き出す。
アンは、心の中で呟いた。
(かつて……一般人を下に見ていた……) (霊獣使いの家系──公爵家に生まれた私は、自分達が一番位が高いと思っていた)
(でも……ダニエルさんに会って、霊獣ダンドドシンの力を知って……考えが変わった)
(ダニエルさん……どうか……無事でいてください)
──
王都。
ヤコブは机に手を置き、低く呟く。
「……報告にあった魔物のミジンコも、生物兵器の疑いがあった……」
視線を落とし、静かに思考を巡らせる。
「これは……サハラ王国だけの力ではない……」
「他国……隣国リザエルか……関与している可能性が高い」
沈黙の後、重く言葉を落とした。
「……水面下では、すでに戦争が始まっているのか……」
静かな執務室に、その声だけが響いた。
続く




