番外編 ダンディとダンドドシン〜死と再生の架け橋〜
本主人公ダンゴムシの霊獣ダンドドシンこと″ダンさん″とダンゴムシの霊獣の師匠″ダンディ″との100年間の物語
ダンドドシンは、生まれながらにして他のダンゴムシとは違っていた。
霊獣として生まれた彼は、言葉を理解することができた。
ダンディと共に、ちびダンゴムシたちと土について学んだ日々。
そして、かつてこの地が、人間の起こした爆発事故によって汚染された地区であり、ダンゴムシの霊獣ダンディが百年をかけて浄化し、霊獣使いバベルと共に、重油の湖を無害な水へと変えたことを知る。
「ダンディさん……なんで人間が汚したのに、ダンディさんが一人で百年もかけて浄化したんですか?
おいらなら……怒っちゃいそうです」
「ダンドドシン。土の声を聞いてごらん……自然は怒りなど持たぬ。ただ、生きようとするだけだ」
「……」
「わしはな、この村を農業の地にして、豊かな村にしたい……人と共に生きたいんだ」
「でも……人間なんて、バベル達しかいないし……来ないですよ」
「なら、わしとお前で百年かけて作ろうじゃないか」
──それから、月日が経った。
バベルはサハラ村の村長を必死に説得し、
[悪魔の村リリン]と呼ばれていた地は、
[農業村リリン]へと改められた。
彼は八十歳まで生き、その子や孫たちが村をさらに豊かにしていった。
バベルが亡くなった時、ダンディはしばらく、バベルの亡き骸から離れることができなかった。
その姿を見つめながら、ダンドドシンは胸の奥が締めつけられるように感じた。
――霊獣と人とは、こんなにも深く結ばれるものなのかと。
ダンディはバベルの額を撫でる。
「わしももうすぐ、そちら側に逝く。少し待っておくれ」
バベルの亡き骸は樹の下に埋められ、ダンディは、そこから何日も動くことができなかった。
「ダンディさん……バベルが亡くなってから、全然ご飯食べてないですよ」
ダンドドシンはいちごチップスを差し出す。
「ダンドドシン……ありがとう」
「わしは……バベルの霊獣になれて、幸せだったからのう……」
「やっぱり……寂しいですか?」
「……ああ、寂しいよ。でもな、バベルはもう、いないわけじゃない」
「え?」
ダンディは空を見上げた。
枝の先で、ヒヨドリが一粒の実をくわえ、青空へと飛び立つ。
「見てごらん。バベルが土に還り、大樹が育つ糧となり、その実が鳥に運ばれ――
遠くでまた、新しい芽になる」
「命は、終わるんじゃない。姿を変えて、繋がっていくんじゃ……」
「ダンドドシン……土はね……」
「命を繋ぐ架け橋だと、わしは思うよ」
「この樹は、人間だけでなく、亡くなった生き物たちも埋められている」
「この樹は、酷い汚染の中で再生した樹なんだよ……
わしは、この樹の生命力で何度も勇気をもらった」
「まだ細い樹だが、何百年も経てば、大きな大樹となるだろう」
「きっと、ダンドドシンが立派に育つのを見守ってくれる」
「おいら……なれるかな」
ダンディは静かに笑った。
「君はきっと、いい霊獣になるよ」
「おいら……バベルみたいな霊獣使いに、出会えるかな……」
「きっと、出会えるさ」
──さらに、月日が経った。
地方から移り住む人々が増え、村の中心には教会も建った。
湖は少しずつ水を湛え、
かつて爆発でできた窪地は、魚が泳ぐ命豊かな湖へと姿を変えていった。
ダンドドシンは百歳を迎え、十センチほどの大きさに成長し、霊獣使いの霊獣として認められた。
そしてダンディは四百歳を越え、その甲羅は真っ白に変わっていた。
ある日、湖のほとりで、ダンディが静かに告げる。
「ダンドドシン……わし、そろそろ逝くよ」
「な、何を言ってるんですか!」
「二百年前に、ヒ素を溜めすぎてしまってな……もう目も、ほとんど見えん」
「嫌だよ! おいら、まだ一緒にいたい!」
「大丈夫だ。わしの残りの霊力は、この湖に宿す。
湖が輝く限り、この村は守られる」
ダンドドシンは言葉を失い、ただ涙をこらえていた。
「わしはな、汚染された街で見たんだ」
「真っ黒に焦げても、再生する樹を……」
「毒に侵されても、なお土を綺麗にしようとする草や……
毒を栄養にして育つキノコを」
「自然は、どんな環境でも生きようとする。
だから恨みも憎しみもない。ただ、受け入れるだけだ」
「……ダンディさん」
「最後は土に還り、新しい命へと繋げたい。それが、わしの願いだ」
「……ダンディさんらしいです」
「あと……心残りは……かつて、わしの友人だったエルダさんのことかな……」
「エルダ?」
「二百年前、一緒に暮らしていたスライムでな……
ここが汚染された時、猛毒で彼の子供や一族が皆、死んでしまってな……
彼自身も毒に汚染されてしまった……」
「そして、毒を撒き散らす存在に……」
「人間を恨み……この村を出てしまった……」
「あの時、わしは彼を止めることができなかった」
「ダンドドシン……彼が道を外すことがあれば、止めてくれないか?」
「……わかりました」
「ありがとう。ほんに、優しい子じゃ」
一週間後。
ダンディの体は真っ白になり、静かに眠りについた。
仲間のダンゴムシたちが泣きながら見送る中――
ダンドドシンは湖のほとりにダンディの体を横たえ、叫んだ。
「土よ! 声を聞かせろ!」
「土よ! 豊かになれ!」
その瞬間、ダンディの体は光に溶け、土へと還っていった。
霊力は湖へと流れ込み、水面がきらきらと輝く。
その輝きの中、確かに声が届いた。
――ありがとう、ダンドドシン。
ダンドドシンは湖を見つめたまま、こらえていた涙を流した。
ぽろぽろと、止まらぬほどに。
「おいら! 絶対、ダンディさんみたいな霊獣人になるよ!」
「おいら! この村、守るから!」
小さな体を震わせながら、湖の水をひと口すくい上げる。
それはまるで、亡き師から受け取る最後の贈り物のようだった。
「ダンディさん! 見てて! おいら、頑張るから!」
そしてダンドドシンは、
誰よりも大きな声で、号泣した。
──
そして……。
それから二百年が経った。
ダンドドシンは、リリン村の畑を耕していた。
「いちご♪ いちご♪ チップス♪」
「今日もおいらは、せっせと……」
そのとき――。
ダンドドシンの周囲が、ふわりと光に包まれる。
「げっ!? これは……召喚か!」
はぁ、と小さくため息をつく。
(また……『役立たずの霊獣』って言われるかな……)
(ダンディさん……バベルみたいないい霊獣使いなんて、いないっす……)
(どうせ……また……捨てられる……)
そっと、目を閉じた。
──
王都。
契約の儀式の中。
石碑が、ふわりと光った。
静寂の神殿に、召喚の声が響く。
「……ダンゴムシの霊獣。ダンドドシン!」
「…………は?」
神殿が、一瞬で凍りついた。
ダンドドシンは、そっと霊獣使いの肩に着地する。
顔を上げ、霊獣使いの青年を見ると――。
(なんだ……優しい目をしている)
(バベルみたいな、温かい目だ……)
「よっす! おいらダンドドシン! ダンさんって呼んでくれ!」
会場がざわつく。
『虫?』『いや霊獣らしいぜ』
『うわ、ハズレ引いたな』『俺だったら泣くわ……』
(周りの冷たい反応……おいら慣れちゃった……)
目の前の青年は、目を見開いたまま、じっと見つめている。
(青年……固まってるなぁ……)
「おいら、見た目で損するタイプ。でも、よろしくな!」
「あぁ……」
(ダンディさん……この青年は、今までの霊獣使いとは違う気がする……)
(おいら、ダンディさんとバベルみたいに頑張る!)
――後に。
霊獣使いリクとダンドドシンは、王都を救い、
戦争を止め、世界を救うことになる。
その未来を、
この時のダンドドシンは、まだ知らない。
『番外編 ダンディとダンドドシン
〜死と再生の架け橋〜』
おしまい
次回
第四章ダニエル救出編へ続きます




