第20話 副総艦の仕事
「お前……本部の人間か……!」
逃げようとした瞬間、右足に何かが絡みついた。
「───!」
「無駄ですよ。……あなたの行動パターンも、森の抜け道も、全部把握しています」
──ガチン。
乾いた音とともにロープが締まり、ユダの身体は逆さ吊りに持ち上げられた。
「放せ! この──!」
バタバタと足を振るユダに、ヤコブは一歩ずつ近づく。
「暴れないほうがいい。縄が食い込みます。右足の骨が折れても知りませんよ」
冷ややかな声。
それは脅しではなく、事実の告知に過ぎなかった。
「クソ……!」
ユダは胸ポケットに手を伸ばす。
瞬間、ヤコブがその腕を押さえつける。
「離せ! クソッ!」
「毒ですか?」
ユダの胸ポケットからケースを取り出す。
中には試験管と、赤く濁った魔石。
「なるほど……。毒、そして炎の魔石。リリン村を焼き払うつもりだったんですね」
ユダは唇を結び、目を閉じる。
「……さっさと殺せ」
「殺しませんよ」
ヤコブは淡々と手袋を外した。
「知っていますか、ユダ。副総監の仕事を」
ゆっくりと歩み寄り、ユダの口元を掴む。
「──!」
ヤコブの表情からは、笑みも怒りも消えていた。
残っているのは、氷のような無表情だけ。
「霊獣や霊獣使いを守るために……汚れ仕事はすべて、私がやる」
低い声が、静かに耳を刺す。
「総監は情に厚すぎる。そして部下には荷が重すぎる。……だから、手を汚すのは私の役目です」
握る手に力がこもり、ユダが苦しげに唸る。
「うぐっ……!」
「無抵抗のリク君を刺しましたね」
言葉のトーンは変わらない。
「……総監達が間に合って本当に良かった。間に合わなれば、指の1つでも切り落とすつもりでした」
「──!」
ユダの瞳が揺れる。
「私の能力は鳩の視界を通して情報を得ること。あなたがこの道を通るのも分かっていました」
ヤコブは冷静に、しかし確実に追い詰める。
「あなたを捕まえるのが、今回の私の任務です」
そして一歩、距離を詰めた。
「仲間が死にかけているのを、ただ見守るしかなかった時間の重さを……あなたに理解できますか」
ヤコブの瞳に、一瞬だけ揺らめいた怒りの光。
しかしすぐ、静寂のように沈んだ。
「……あなただけは、絶対に許さない」
その声は冷たく、ゆっくりとした刃のように響いた。
ヤコブは手を離す。
「さて……いろいろと答えてもらいましょうか」
ユダは黙したまま。
「今、あなたの右足一本が全体重を支えています。三十分もすれば、神経が潰れる。助けは……来ませんよ」
「……」
ユダは視線をそらした。
「目的は何ですか」
「……言えない」
「主犯はあなたですか」
「違う」
「では、誰の指示ですか」
「……」
ヤコブは深く息を吐いた。
「……無駄な時間だ」
剣を抜く。鋼が空気を裂く音。
「答えないなら、無理やりでも口を開かせます」
冷静な声色で言い放ち、刃先をユダの首元へと滑らせた。
「……今ここで、お前を拷問しても構わない」
光が反射し、ユダの喉元が震える。
───
ヤコブは目を細め、じっとユダを観察した。
怯えはある。だが、恐怖ではない。
(……命が惜しくないわけじゃない。これは喋れない……監視下か)
(それでも助けに来ない。……つまり、切り捨てられたな)
ヤコブは森へ目をやる。
(……攻撃型じゃない。潜伏、もしくは盗聴か)
口元にわずかな笑みを浮かべた。
「……なるほど。なら、試してみましょうか」
森の奥へ、静かに視線を向ける。
その瞬間、空気が張り詰めた。
続く




