第9話 土を豊かにする魔法
「ダンさん!」
「やっと……着いたぞ、畑に!」
「──!」
「……なんだ、これ」
「リク! 息を浅くしろ! 吸い込むな! 猛毒だ!」
南の畑にたどり着いた二人の目に映ったのは――。
大地そのものがただれて崩れ、泥とも溶岩ともつかぬ黒い液体が、ずるずると蠢いていた。
ぐつぐつと泡立ちながら、まるで腐った血のように大地を覆い尽くしていく。
一度でもその液体に触れれば、作物は瞬時に枯れ落ち、根までも黒ずんで消えていく。
リリン村と隣村を結ぶ街道はすでに黒に飲み込まれ、道は見えなくなっていた。
倒れた小動物たちの亡骸が、半ば溶けかけながら散乱している。
まるで村全体が、外界から切り離されていくかのように――。
「ダンさん……これ……」
「……完全に封鎖されてる。他の村へ逃げられないよう、わざとだ……」
そのさらに奥で、黒い泥を撒き散らす影がうごめいていた。
ぶよぶよと膨れ上がり、液体そのものを操るかのような――黒いスライム。
「あれか……!? あいつが!」
「……お前、何をしてやがる!! 畑を……村を汚して!!」
ダンさんの怒声が響く。
ぐるりと動いたスライムの瞳が、黒く濁って光った。
「……お前が霊獣か」
「なに……!?」
リクの胸が凍りつく。
「こいつ……魔物なのに、人語を……!」
スライムは泥を滴らせながら、低く笑った。
「私は五百年を生きた。言葉を持つのは当然だ」
「畑を汚して……何が目的だ! 農業村リリンの奴らは何もしてねぇだろう!」
ダンさんの声が怒りで震える。
「目的……?」
スライムの声は地の底から響くようだった。
「人間が憎いだけだ。……かつて、我が故郷は毒で焼かれた。家族も、同胞も皆殺された」
「私は毒を喰らい、毒に染まり、化け物として生き延びた」
「だから……この世に人間など、必要ない!!」
黒泥がうねり、さらに大地を覆っていく。
「霊獣よ。この猛毒……お前の力では浄化できない!」
───
背後から土煙を上げ、デカダンとチビダンゴムシ達が駆けつけた
「そうだな……この猛毒は、おいら一人じゃ浄化できない!!」
「おいら達ダンゴムシだけでも無理だ……」
「ダンさん……」
リクの拳が震える。
「……お前は知らないんだな!」
ダンの声が低く唸った。
「土の力を……!!」
「なに……?」
ダンが土をすくい上げる。
「お前にはただの土に見えるか? 違う!!」
「このひとすくいの中に……何兆という微生物が生きてるんだ!」
「どんなに汚染されようと、焼け野原になろうと――」
「自然は、必ず豊かに戻ろうとする!!」
「自然の力を……なめんじゃない!!」
「おいら一人じゃ浄化はできない!」
「だから!! 土の声を聞いて、自然の力を信じて、おいらは魔法をかけるだけだ!!」
「なに!?」
「リク!! 霊力を貸してくれ!」
「わかった!!」
リクの全身から霊力が爆ぜるッ!!
「デカダン! チビ達!! 土の声を聞け!!」
チビダンゴムシ達が一斉に土へと潜り込む。
「土よ!! 声を聞かせろォォ!!」
バァァァァァァン!!
畑全体が眩い光に包まれる――!!
───
湖の米ぬかまでもが光を放ち、村全体が共鳴する!
「土よ……豊かになれ!!」
ドォォォォォン!!!!
大地を揺るがすほどの光柱が村を包み込む!
───
「──ッ!」
リクが目を開けた。
そこに広がっていたのは――
青く澄み渡る空、清らかな空気。
そして……ふかふかに蘇った畑の大地が広がっていた。
「──!」
しかし……スライムはニヤニヤしながら
「これでおしまいか……霊獣?」
そこには何も変化のないスライムが不気味に笑っていた。
「うぐ……」
「ダンさん!?……」
「リク……おいら身体が乾いてきちゃった……」
「──!」
続く




