第18話 収穫祭と別れ、蠢く二つの影
朝のやわらかな光が窓から差し込み、
リクの家の食卓には、簡素ながら温かい朝ごはんが並んでいた。
リクとハンナは隣り合って座り、言葉少なげに食事を進める。
「今日、白霊米の収穫……見ていく?」
リクが少し声を落として尋ねる。
ハンナは小さくうなずいた。
「そうね……白霊米の収穫が終われば、昨日みたいな大量の襲撃はないと思う。雑魚の魔物は来るかもしれないけど……リクとダンさんがいれば大丈夫」
リクはふっと息を吐き、うなずいた。
「そっか……」
静かな時間が二人を包み込む。
──
黄金色に輝く田んぼ。
稲穂は風に揺れ、ダンさんが小さな体でくるくる舞う。
「土よ、豊かになれ! ほまれと恵みに感謝を!」
ダンさんの声に応じ、田んぼが淡い光に包まれる。
「……綺麗」
ハンナの瞳が潤み、胸の奥からこぼれるように呟いた。
「この光景は、絶対に忘れない」
リクはその横顔を見つめ、ただ静かに微笑んだ。
──
収穫祭では、村人たちが賑やかに笑い、タロがゴリゴリと精米してシーフードカレーと白米を振る舞う。
何年ぶりかのお米、懐かしい香りと味。
「美味しい!」
ハンナが笑顔でほおばる。
その姿に、リクの胸が熱くなった。
だが相手は王女。
心に浮かんだ想いを、飲み込むしかなかった。
(でも……本当にこのまま何も言わず……別れていいのか?)
(俺は前世のいつも逃げていた……環境のせいにして……)
(いや……逃げる理由を探していたんだ無意識に……)
(でも、俺はもう逃げないって決めた)
──
夕方。
荷物をまとめ、ガランとした家の中に静けさが満ちる。
「これで全部ね……」
ハンナがぽつりと呟く。
リクは、決心したように声をかけた。
「ハンナ……ちょっといい?」
窓から夕陽が差し込み、別れの時が迫る。
「俺さ……」
「やっぱり……ハンナのことが好きだ」
ハンナの瞳が揺れる。
「でも……ハンナが王都に帰らなきゃいけないことも、わかってる」
二人の間に沈黙。
互いの鼓動だけが響く。
「これは願掛けで……もし、またここに戻ってくることがあったら」
「そのときは俺と付き合ってほしい」
「絶対に守るから」
ハンナは涙をこぼしながら、微笑んだ。
「私も本当は……ここを離れたくない」
そしてハンナはリクに近づき
頬にそっと口づける。
「これは私の願掛け」
「すぐ戻ってくれるように……」
夕暮れの影が二人を包み込む。
──
「じゃあ、元気でね」
「うん……ありがとう」
「ドラコ! 楽しかったよ!」
「ダンドドシン、私も楽しかったわ!」
ドラコがふわりと舞い上がり、空へと消える。
ハンナは微笑みながらも、涙をぬぐえなかった。
こうして、四ヶ月の時間はあっという間に過ぎ去っていった。
───
湖の奥の森。
双眼鏡のレンズが月明かりを反射し、ギラリと光った。
「……さてさて。
龍と女は王都へ帰ったようだな」
「自然発生の魔物退治で安心したか……残念だったな……本番はこれからだ」
低い声に応えるように、
ドロリ……と地面から不気味な影が沸き上がる。
黒ぐろとしたスライム。
その身体は毒々しく脈打ち、どろりとした口からは人間の言葉が漏れた。
「ククク……人間ども……骨も髄も……全部溶かしてやりたい……」
「焦るな、スライム」
ユダが薄く笑みを浮かべる。
「五日後だ……この村は壊滅し、私や、家族は自由になれる……」
スライムの体内で、泡のような笑い声がぼこぼこと響いた。
「いいだろう、ユダ。お前の自由とやらのために……力を貸そう……」
闇夜の森に、二つの影がひっそりと蠢く。
村に迫る惨劇を前に、星空はただ静かに瞬いていた。
続く




