第17話 終末の霊獣ミカエル
上空を滑るように飛ぶハンナとドラコ。
戦いの熱も、風が冷やしていく。
ドラコの鱗は、もう光を失い、元の朱色へと戻っていた。
「……バレちゃったわね、ハンナの身分」
「仕方ないわ。魔物五十体……光の魔法じゃなきゃ倒せなかった。火じゃ、村も巻き込んでたはず」
「リクと、このままここで暮らせばいいじゃない」
「……そうね。それも、いいかもしれない」
風を切る音だけが響く。
だが、ハンナの視線がふいに上空の彼方で止まった。
「……ドラコ。やっぱり、無理みたい」
「え? 何が?」
「……お父様の霊獣。朱雀が来ている」
その声は諦めを含んでいた。
ドラコが目を細める。
遠い空の点――それが徐々に形を帯びる。
光を纏った孔雀のような鳥が、静かに旋回し、ふわりとハンナの腕に降り立った。
その脚には、魔力を纏った封書。
「……お父様直々の命令。霊獣管理協会を通さず……直接?」
朱雀の澄んだ瞳が、ただ無言で彼女を見つめている。
王家の紋章に手をかざす
「王家の名において命ずる。開封せよ」
ハンナは封を切り、静かに文を読む。
読み終えると、紙ははらはらと灰になり、空気の中で消えていった。
「……」
「ハンナ!?」
「明日の白霊米の収穫後……王都への帰還を命ずる、って」
朱雀は、燃え尽きた手紙を確認すると翼を広げ、朝日に溶けるように王都の方角へ飛び去っていった。
「……リクに、話さないと」
「……まずは地上に降りようか、ハンナ」
二人は旋回しながら、高度を落とし始めた。
風が次第に重く、冷たく感じられた。
────
リクが空を見上げると、ドラコの姿がゆったりと上空に浮かんでいるのが見えた。
その隣で、ダンさんは小刻みに震えていた。
「ダンさん……大丈夫だって」
リクが声をかけるが、ダンさんは震えを止められない。
「いや……やばいよ、リク……あれは聖書に出てくる大天使と同じ力を持つ……」
「世界を滅ぼす終末の光の龍……霊獣ミカエルだ」
「世界を滅ぼす? 終末?」
「二十日間で世界を焼き尽くし、魂ごと焼き払うって言われてるんだ」
「おいら、怖い……」
震えながら、ダンさんは声を震わせた。
「でも、ドラコはそんなことはしないだろ?」
リクが空から舞い降りてきたドラコとハンナに視線を向ける。
「ハン……」
ハンナが突然、リクをぎゅっと強く抱きしめる。
「……ハンナ!?」
「リク……黙っていてごめん……」
彼女の声には、言い訳と後悔が混ざっていた。
「そうか……王女様だった…! 敬語で話さないと」
「ハンナのままでいいよ」
「怒ってない?」
「……なんで?」
「だって、私が貴族出身ってリクに嘘をついたから」
「そりゃ……王女って聞いて、びっくりしたけど……理由があったんでしょ」
「えっ……?」
「別に怒ってないよ。びっくりしただけ」
沈黙が二人を包む。
「リク……私、明日王都に帰らなきゃいけないの……多分、もう農業村リリンに来られなくなる」
「えっ……」
「だから、今日が最後の夜になる」
「……」
「そっかぁ……じゃあ今日は、送別会しようか」
「うん……」
リクの心は重く、現実を受け入れられず、まるでハンナの言葉が冗談であってほしいと願っていた。
爆風の影響で一部の民家の外壁が崩れたりしていて、皆で修理をした。
村人達は小さな山火事と突風が吹いただけだと思っていて、混乱はなかった。
そして明日の白霊米の収穫の準備を終えた。
───
夕方。
リクの家で集まった。
他の村人には伝えずいつものメンバーだけで、小さな送別会を開いた。
タロにはハンナの身分のことは伏せ、ただ「明日王都に帰る」とだけ伝えた。
タロは号泣し、ドラコとダンさんは普段通り話している。
やがてタロは泥酔し、自分の家へと帰っていった。
送別会が終わると、ハンナが静かに声をかけてきた。
「リク……いろいろ話したいから外行かない?」
「……わかった」
ドラコはハンナにウインクし、そのままダンさんと話し続けていた。
星空は美しく、風は優しく吹く。
ハンナはぐーっと伸びをしながら、小さな丘に腰を下ろし、ふっと横になる。
リクも隣にごろりと寝転がった。
「……本当に綺麗な星空」
「王都だと、こんなふうに見えないの」
ハンナの瞳が、星の光を映して潤む。
「リク……私が王女だってことは、もうバレちゃったけど――」
「ドラコのことだけは、絶対に黙ってて欲しいの」
リクは無言でハンナを見つめる。
「ドラコが霊獣ミカエルだってこと……それは王族と私の親族だけしか知らない秘密。
王族が霊獣と契約するときは、城の決まった塔で、王族だけで儀式をするの」
「……」
「皆、私には誰も期待してなかった。
でも――私が召喚したのが、ミカエルだって分かった瞬間、父も兄弟たちも態度を変えたの。
……正直、怖かった」
「ドラコは、強すぎる自分が嫌で……鱗の色を変えて力を隠してるの」
「霊獣管理協会も知らないの?」
「うん……知らない。
もし知られたら――世界を滅ぼせる力を持つ存在として、全世界を敵に回しちゃうから。
……それに、私自身の霊力も強いから……狙われるの」
「……わかった。俺は黙っておく」
「ありがとう……」
───
「楽しかった……この村」
「そっか……そう思ってくれたなら良かった」
「みんな優しくて、霊獣使いにも普通に接してくれて……ご飯もすごく美味しくて。
こんなに自由だったの、初めてだったの」
「自由……?」
「そう。私とドラコはずっと城の中に閉じ込められていたから」
「えっ……」
「でも、叔父様が白霊米の警護を理由にお父様を説得してくれて……こうして村に来られたの」
「白霊米は王族と霊獣契約の祭事に必要だから、お父様も納得したの……」
「そうだったんだ……」
「叔父様を責めないで。私が“村では普通の霊獣使いと同じようにしてほしい”ってお願いしたの」
「私、リクと過ごせて楽しかった」
「俺も楽しかった……」
ハンナは笑った。
けれど、その笑顔はどこか切なかった。
「私、実は……リクに一目惚れだったんだよ」
「えっ……」
(俺も……)と、言葉が喉まで出かかった。
思わず、抱きしめたい衝動に駆られる。
けれど、
相手は王女。
リクは、拳を握り、短く答えた。
「ありがとう……」
二人の間に夜風だけが吹き抜ける。
「リク……もう寝よっか」
「そうだね……ハンナ…明日、皆で朝ごはん食べようよ」
「うん。分かった」
「……おやすみハンナ」
「おやすみ」
去っていくハンナの後ろ姿を見つめる。
(本当にこれで良かったのか……正解が……わからない)
続く
霊獣 ミカエル
本名バビロン あだ名ドラコ
聖書に出てくる大天使と同じ力を持ち、魂を滅ぼす光の魔法が使える。
全身は光輝き、別名光の龍とも呼ばれる。
世界を滅ぼすほどの力を持ち、二十日間で世界を焼き尽くすとも言われている。
ドラコは、普段力を抑えて朱色の姿で過ごしている。
霊獣 朱雀
国王の霊獣
光を纏った孔雀のような姿をしている




