第16話 ハンナの正体
早朝――。
身体の奥底から、氷のつららを差し込まれたような震えが走った。
「なんだ!! この感覚……」
息を吸うたび、肺の奥まで冷える。
家を出ると、ハンナが家の前に立っていた。
胸当てを装着し、腰には短剣。
その顔は、いつもの笑みが一片もない。
「……ハンナ」
「リク……来たわね。魔物よ。自然発生……」
低く、抑えた声。
「まだ農業村リリンからは離れてるけど……数はおよそ五十」
喉がひゅっと狭まり、生唾を飲み込む。
「大丈夫。この時のために、私とドラコが護衛に来たんだ」
一瞬、ハンナの表情に暗い影が落ちる。だがすぐに顔を上げた。
「ねえ、リク。この魔物退治が終わったら……ちゃんと話すね」
「え?」
「もっと早く言うべきだったけど……」
──ドオォォォン!
「──!」
森が揺れ、木のざわめきが地鳴りに変わる。
魔物群れが迫る。
「バビロン! 来なさい!」
「……本名を呼ばれるのは久しぶりね」
まばゆい閃光が爆ぜ、大地を震わせる
光は翼の形を描き、天を突き抜ける。
「なっ……! 光の龍……ミカエル……!?」
「世界を滅ぼすと伝承される……終末の……霊獣 ミカエル!?」
「馬鹿な……王族にしか契約できないはず……!」
ダンさんの声震える。
その時、ハンナはミカエルの姿に変化したドラコの背に飛び乗った。
「ごめんね、リク……私――王女なの」
笑みを浮かべる口元。だが、その瞳だけが濡れていた。
「いけ! 上空へ!」
次の瞬間、翼が空気を裂く。
一気に高度を上げ、
魔物の群れを見下ろす。
農業村リリンの湖の向こう側の森から土煙が上がり、魔物が白霊米目掛けて向かってくるのが見える。
「こんなにたくさんの魔物……なんで!?」
「きっと湖の守りの結界が今朝、完全に無くなったのよ」
「白霊米も今一番霊力が高まっているから、自然に集まってしまうのよ」
「偶然では……ないよね」
「嫌な感じがする……まるで戦争の火種みたいね……」
ドラコが歯を食いしばる。
「戦争なんて絶対起こさせないわ!」
「ここで全て滅することが出来ればいいわよね! 始めるわよ!」
「大天使ミカエルの名において命ずる――」
ハンナの内側から霊力が溢れ出す。
「永久の闇に還れ!」
「バビロン! 光の魔法で魂ごと焼き払え!」
空気が軋む。耳の奥を突き破るほどの咆哮と共に、光が放たれた。
視界が真白に弾ける。
耳を裂く轟音、焼けた肉の匂いが鼻腔に突き刺さる。
五十体の魔物が光にのまれ、一瞬で掻き消えた。
──静寂。
ゴゴゴゴ……ッ!
遅れて大地が揺れる。
「……痛みはない。光は魂ごと破壊する」
ハンナが呟く。
「何度見ても慣れないわ……この光景は」
ドラコも、悲しい目をしていた。
爆風が湖畔まで押し寄せる。
「ダンさん、隠れて!」「ぎゃ!」
ローブの中に押し込む。
ブワッ──
「ぐっ……」
土煙が襲ってきた。
目に痛みが走り、空気が一瞬で重くなる。
「──! 魔物の気配が一瞬で消えた……」
「けど……ハンナが王女?」
「ドラコが……終末の……霊獣?」
リクは、ただ震える手で胸を押さえた。
続く




