第15話 見えない恐怖と穏やかな時間
──湖畔の橋
タロは橋の端に立ち、太い釣り糸を振り続けていた。重い重りを付け、何度も繰り返す。
熊の魔物が現れて以来―― 彼なりに筋トレを重ね、釣りの精度を磨いてきた。
だが、見つめる先は魚ではなく――湖全体だった。
「……やっぱりおかしい。この湖」
低くつぶやく声に、不安が滲む。
「水がかなり減ってるし、魚もまったく釣れなくなってきた」
そこへ岸辺を歩いてきたリクとダンさんが目に入る。
タロは手招きした。
「おい! 湖、一緒に見てくれないか?」
リクが水面を覗き込む。
「ダンさん……湖、かなり水が減ってない?」
ダンさんは無言で湖に近づき、水面に手を伸ばした。沈黙ののち、重い声が落ちる。
「……水だけじゃない。霊力が減ってる……!」
「霊力?」
リクが目を見開く。
「湖に霊力なんて……あるのか?」
「あるさ。この湖は特殊なんだ! 生命エネルギーを持っていて、村を守り、豊かさを与える!」
タロが口を挟む。
「現実でいうパワースポットみたいなもんだろ? 神社とか……鳥居みたいなさ」
「なるほど……」
リクはうなずく。
ダンさんは湖面をじっと見つめる。
「この村が豊かなのは、この湖のおかげ! ……けど、こんな霊力の減少は初めてだ!」
静かな湖。かつては命の光に満ちていた水面が、今は寂しげに沈んでいる。
「……ハリケーンや魔物に気を取られて、気づかなかった」
リクがつぶやく。
「このままじゃ、白霊米の収穫が終わっても魔物が来続けるかもしれない……」タロの声が低くなる。
ダンさんがカタカタ震えだす。
「ダンさん?」
「一番怖いのは……こんなに霊力が減ってたのに、気づかなかったことだ!」
リクが息を呑む。
「えっ……」
「もし一気に消えてたなら、おいらもリクも必ず察知できた! ……でも違う。じわじわと、少しずつ消えていってる。だからこそ……変なんだ!」
「原因がわからない……それが一番怖い」
───
翌日。
黄金色に染まる白霊米。夕陽に照らされた稲穂がきらめき、命を宿すように揺れる。
田の畔で舞うダンさん。その小さな舞に応えるように、稲穂たちは淡い光をまとった。
「……きれい……」ハンナの声が震える。
リクも目を逸らせない。
「もうすぐ収穫だね」
リクがぽつり。
「そうね。でも今が一番霊力が強い……魔物が来るかもしれない。でも……大丈夫、私たちがいるから」
ハンナが笑った。風は穏やか、平和な時間が流れていた。
── 見回りの帰り、湖沿いの道。
白霊米が風に揺れ、湖面には陽光が踊る。
「そういえばリク、最近肩まわりががっしりしてない?」
「実は毎日、筋トレと弓の練習をしてるんだ」
「へぇ……」
ハンナの視線がリクの指先へ。布で固く巻かれている。
「リクって……けっこう努力家だよね」
「そうかな……」
その時、ハンナが石に躓き、よろけた。
「きゃっ!」
反射的にリクが腰を引き寄せる。互いの吐息が触れ合う距離。
「……大丈夫か」
「う、うん……ありがとう」
夕陽に染まる頬。二人の間に沈黙が落ちる。
視線を逸らしながら、リクが口を開いた。
「……ここ、滑りやすいから。手、繋ぐ?」
「えっ……」
「嫌ならいいけど」
ハンナは小さく息をのみ、そっとリクの手を握った。
無言で歩くふたり。
リクの心臓は爆発しそうだった。ちらりと横を見ると、夕陽がハンナの髪を照らしていた。
「……あのさ……私、ちゃんとリクに話さないといけない事があるんだ……あとドラコの事も」
「ん?」
そう言った瞬間――
「てかお前ら、手繋いで仲いいな!」
足元に、ダンさんが!
「うわ!!」「きゃっ!」 「踏みそうになった!」
「おいら甲羅硬いから大型魔物に踏まれても大丈夫!」
「そ、そうなんだ……」
二人は手を離したが、温もりは残っていた。
「………てかおいら、また邪魔しちゃった?」
「タイミング悪すぎなのよ! ダンさんは!」
珍しくハンナが怒る。
(さっき……ハンナ、何か言いかけていた。ドラコの事も……?)
だがこの答えがわかるのは――数日後だった。
続く




