第8話 ヤコブの視察と湖の小さな異変
昼ごろ
白霊米の田んぼの近く
ダンさんは浮き輪ですぃ~と移動して点検していた。
その様子をリクとハンナが座りながら見つめていた。
「そういえば……なんで白霊米って魔物が来るんだ? ただのお米じゃないのか?」
「えっ……リク、白霊米の力を知らなかったの?」
「ヤコブ副総監から依頼は受けたけど……」
(カレーライス食べたくて即決しちゃったけど……もう少し話聞いてからにすれば良かった)
「白霊米は、人間にとっては普通の穀物。でも、霊獣や魔物が食べると魔力が上がるのよ」
「……そうなのか?」
「祝祭で納めて、国が厳重に保管するの。そして王族が霊獣と契約した時、白霊米を摂取して国防に貢献するの」
「そうなんだ」
「だから国が指定した農家以外では育てられないの。悪用されたら危険だから」
「……」
「大昔はね、白霊米が金色に輝いたことがあって、“黄金がある”って噂が広がって……隣国が攻めてきたこともあったみたい」
「えぇ……聞いてない……」
「はは! リク君、すまなかったね」
振り返ると、副総監で伝書バト使いのヤコブが立っていた。
「叔父様!」
「えっ、副総監!? なんでこんなところに!」
「私がダンドドシンやリク君に白霊米の依頼をしただろう? 今日は様子見と……ナナの墓参りだ」
「ハンナ、リク君と上手くやってるか?」
「はい、叔父様」
ふっと笑うヤコブ。
「白霊米の収穫時は、魔物が集団で現れる……そんな言い伝えがある。気をつけろよ」
「わかりましたわ、叔父様」
「白霊米の成長も順調だった。さすが霊獣ダンドドシンだな」
「私は墓参りが終わったら王都に戻るよ」
「副総監、俺も行きます」
「いや、けっこうだリク君。ここからはプライベートだ」
ニヤリと笑う。
「ハンナ……ここ数ヶ月で表情が豊かになったな。成長したな。きっと姉上も安堵するだろう」
「……叔父様」
またふっと笑い、
「若者の邪魔はしないよ。おじさんは失礼するよ」
「えっ……」
「はは、冗談だ。ではまた近々」
軽く手を振るヤコブ。その肩に、伝書バトのニコラがひょいと乗った。
「リク、白霊米のところへ戻りましょう」
「わかった」
──去り際、
ヤコブの顔が一瞬真剣な色を帯びる。
その変化を、リクはうっすら感じ取った。
────
ヤコブはナナの石碑の前で片膝をつき、しゃがみ込む。真剣な表情のまま、低く声を落とす。
「……ニコラ、湖の上空を飛んでくれ」
視覚を共有すると、湖が見える。
「……湖の霊力は変わらず……白霊米も異常なし」
小さく息を吐き、空を仰ぐ。
「……農業村リリンに異常はなしか……だが……嫌な気配を感じたんだが……気のせいか……」
────
翌週
湖畔の泳ぎ場。
真夏の日差しを浴びて、水面がきらきらと輝く。
数人の若い女性たちが浮き輪を抱え、キャッキャとはしゃいでいた。
「はぁ……目の保養になるわぁ」
桟橋に腰を下ろしたタロが、竿を垂らしながらため息をつく。
「お前な……」と通りすがりの村人が呆れ顔をするが、タロは気にも留めず、湖を見渡す。
「ここの湖はパワースポットみたいなもんだからな。癒やしを求めて、王都から観光客が来るようになったよな」
ぼそっと真面目なことを言う。
相手が聞き返す前に、もう一度水着姿に視線を戻してニヤニヤしていた。
──小一時間後。
「……なんだろうな」
ぽつりと呟く。
「最近、ニジマス全然釣れねぇ。この時期、取り放題のはずなのに……」
釣り糸がふっと緩み、引き上げても餌はそのまま残っている。
「……なんか、水少なくないか? 気のせいか……」
眉をひそめ、湖面を覗き込むが、答えはない。
タロは竿を肩に担ぎ、鼻歌を口ずさみながら桟橋を後にした。
───
水中では、陽光を透かしてきらきらと目には見えないほど小さな生物が漂っていた。
生物は徐々に数を増やし、少しずつ湖の生態系を蝕んでいた。
──この時、湖の異変に気づいていたのは村でただ一人、タロだけだった。
続く




