第5話 伝説の霊獣 龍《ドラゴン》、湖に不気味な影
朝の静かなログハウス。
リクは自室の床で汗だくになりながら、腕立て伏せをしていた。
「……にじゅうっ……!」
背中には、ドカッと重たい重石――ではなく、
平然とリクの背中に乗る、霊獣のダンさん。
「……さんじゅうっ……!」
「ぐっ……もう……無理……!」
バタッと床に倒れ込んだリク。ダンさんは背中からひょいと飛び降りる。
「リク、なんで鍛えてんの?」
リクは仰向けになったまま、息を整えながら答える。
「……自分のことは……自分で守らなきゃって思ってさ」
しばしの沈黙のあと、リクは静かに聞いた。
「ねぇダンさん……俺って、やっぱ弱いのかな?」
「なんでそう思うの?」
「いや……ドラコが村に来た時、俺さ足震えて何も出来なかったから……」
すると、ダンさんは目をまっすぐに見て、力強く答えた。
「弱くないよ!」
「リクには、ものすごい霊力がある!」
「えっ……?」
「おいら、これまで何十人もの霊獣使い契約してきたけど――」
「リクがいちばん霊力の“容量”が多い」
「まじで?」
「王都の浄化の時もそう。リクの霊力があったから、国を救えたんだ!」
「でも、あれはダンさんの魔法じゃ――」
「確かに、おいらたち霊獣は魔法を使える。だけど、それを強くする“燃料”が必要なんだ!」
「霊獣使いの霊力がないと、魔法はただの火花みたいなもんさ」
「だから、リク。お前はもう“十分すごい”んだよ!」
リクはしばらく黙っていたが、やがて目を細め、笑った。
「……なんか、ちょっと自信ついたかも」
「でも、俺はまだまだだ」
「強くなりたい。霊獣使いとしても、人としても――!」
リクは再び腕立ての体勢に入り、今度はダンが乗ってなくても「イチ、ニ!」と叫びながら体を動かし始めた。
「おっ、やる気出てきた!」
そこで、ダンがぽつりと呟いた。
「ちなみに……ハンナの霊力は、リクの10倍くらいあるけど!」
「……え?」
動きが止まるリク。
「マジで? そんなにすごいの?」
「すごいどころじゃない。龍と契約できるなんて、人間でも極わずか!」
「竜使いはそれなりにいるけど、“龍”となると別格!」
「竜は100年生きれば霊獣になれるが――」
「龍は竜が最低1000年生きないと、なれないんだ!」
「つまり、ドラコは“伝説級”の霊獣ってことか……」
リクは目を見開き、じっと天井を見つめた。
「……やっぱ、すごい子なんだな……ハンナって」
「よーし、筋トレ追加だ!」
リクはふっと笑った
────
昼下がりの農道。
リクとタロは、収穫した野菜をカゴに入れて運んでいた。
陽射しはやわらかく、遠くから小川のせせらぎが聞こえる。
「これ、カレーに入れたら絶対美味しいですよね」
「ふるさと納税返礼品、シーフードカレーのお陰で農業村リリンもだいぶ観光客来るようになったな」
「そういえば、タロさんが農業村リリンの魅力アピールチラシ作ってましたね……水着持参オススメとか」
「綺麗なお姉さん、たくさん来ただろ」
ニヤリと笑うタロ
「……タロさん」
「なんだ……リク君、その目は……。良いじゃないか。見るだけだ」
「変わらないですね……」
そんな何気ない会話に笑い合うふたり。
(こんな平和な日々がずっと……続いて欲しい)
───その時。
前から帽子を深くかぶった男性が歩いてきた。顔は見えない。
軽く会釈を交わす。
(……見たことないな。観光客かな。温泉まで歩くのか?)
そう思いながらも、リクは気にも留めず、タロと話を続けた。
ふたりが歩き去っていく背中を、男はじっと目で追う。
そして──ふっと、口元が歪む。
──夕方。
人気のない湖畔。
帽子の男は周囲を確認し、ゆっくりと革袋から小さな金属筒を取り出した。
蓋をひねり、湖面へ傾ける。
わずかな水と共に、透き通った小さな生き物達が落ちる。
波紋が広がり、静かに消える。
鳥たちが一斉に飛び立ち、風がざわめく。
男は小さく呟いた。
「……これで任務完了だ」
水面に映る夕焼けが、不気味に揺らめいた。
続く




