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「ひゅ~。出撃か」
「えぇ……一つ鐘ですから。あの私は」
後ろを振り返ると、馬小屋の店主にお金を支払うレクス様の姿があり、私は首を傾げた。
「馬?」
「ほら、来い」
「え?」
レクス様は馬にまたがると次の瞬間、私の腕を掴み、馬にひょいとあげた。
突然のことに呆然としている間もなく、レクス様の馬は大通りに出て走り始める。
アズール様達の部隊はすでに遥か前方にいる。
「れ、レクス様! どういうつもりですか! 降ろしてください!」
「まぁまぁいいじゃねぇか! 魔物見てみたかったんだよ。舌噛むぞ。口閉じとけ」
アズール様の馬の使い方とは全く違う。
大きく揺れることも気にせず、馬を一気に使い走らせる。
こんなに荒々しい馬に乗るのが初めてで、私はぎゅっと馬にしがみつくことしか出来ない。
「はははっ! 楽しいなぁ。馬は!」
怖い。
それを楽しそうに話すレクス様の感覚が私にはわからない。
どうしたらいいのだろうか。今更馬から飛び降りることは出来ず、身動き一つ取れない。
とにかく今はしがみついているしかない。
馬の荒々しい息遣いと、楽しそうなレクス様の声。私は全身がガタガタと震えていた。
そして馬がやっと止まったかと思うと、甘い花の香りがした。
「ここが魔物が出るっていう渓谷か。お、戦っているな」
レクス様がそう言い、私が驚き視線をあげるとそこには魔物と戦うアズール様達の姿があった。
「怯むな! 魔物数は少ない! 隊を作って対応せよ! 出すぎるな!」
「「「「ハッ!」」」」
鋼と魔物とがぶつかり合う音が響き渡る。魔物の雄たけびは耳を劈き、私は両耳をふさぐ。
「魔物……悍ましいな。アズール、強くなったな」
その言葉に私は驚きレクス様へと視線を向けた。
「アズール様とお知り合いなのですか?」
「あぁ。昔会ったことがある。おい、おい。この魔物の量は多い方か?」
「い、いえ。出現の数自体が減っているそうです。ですから、今はこの程度ですんでいるのです」
そう答えながら、私は、せっかくここにいるのだから記録を取らなければと、ポケットからメモ帳とノートを取り出しそれらを記録していく。
レクス様は顎に手を当てて考える。
「これが大量に出て来たならば、大変だ。うむ。やはりシュルトンは必要だな。だが、あの森の中は一体どうなっているのか……」
「……森の中」
確かに森の中は一体どうなっているのだろう。
するとレクス様が私に視線を移して言った。
「メモ? 何のためだ?」
「え? はい。魔物について少しでも情報を得たいと思って」
私の言葉にレクス様が少し考えて答えた。
「それならば騎士から魔物の特徴なども聞き、資料を作成してもいいかもな。あと、絵を付けてみると更に分かりやすくなるぞ」
レクス様はそう言うと、私のメモ帳にさらさらと魔物の絵を描く。
「こうやって絵に残すことで、どんな特徴の魔物か、またどこが弱点かなどが分かりやすい」
「なるほど……」
「これほど統率の出来た騎士達だ。おそらく彼らの中にはしっかりと魔物の情報が入っているだろうから、まとめてある資料もあるのではないか」
「聞いたことなかったです。確認してみます。ありがとうございます」
確かにその通りだ。
私は城へと帰ったら確認して資料をまとめようと思った。
私が調べるだけでなく、騎士達にもちゃんと協力を仰いでいきたい。
そう思ったその時、翼を持った魔物がレクス様を上空から襲い掛かろうとする。
「レクス様! 危ない!」
私は悲鳴を上げた時、レクス様は焦ることなく腰の剣を引き抜くと、魔物の腕を切り捨てる。
だが、魔物は更に牙をむく。
「くそっ……なんていうバカ力だ。くっ……私が、押されるだと」
魔物はぎゃぎゃぎゃと鳴き声をあげた。まるで仲間を呼んでいるようだ。
魔物同士での意思疎通も出来る可能性がある。
そう思いながらも私は恐怖から声を上げた。
「アズール様! 助けてください!」
声が届いたのだろう。アズール様が驚いた表情でこちらを振り返った。
「しゃ……シエル!? なぜこんなところに!」
アズール様はこちらに向かって駆けてくると、レクス様に襲い掛かる魔物を一刀両断した。
そして私のことを抱きかかえると、レクス様を背にかばい、魔物を薙ぎ払っていく。
魔物達はぎゃぁぎゃぁと鳴き声を上げながら森の中へと逃げていく。
返り血をアズール様は手でぬぐい、私を下ろすと声を荒げた。
「何故このような場所にいるのだ!」
すると、レクス様がアズール様と私の間に入った。
「なんだ、二人は知り合いだったのか」
「貴方は……まさか」
アズール様が驚き、それから言葉を続けた。
「レクス殿、だろうか……レジビア帝国の」
その名に私は目を丸うしてレクス様を見ると、楽しそうににっと笑みを浮かべた。
まるで悪戯が成功した子どものような顔だ。
「大正解。昔会った時よりもだいぶ大きくなったな。アズール殿」
「えぇ。あの時はまだ、子どもでしたからね。使者が来ると聞いていましたが、まさか、貴方が来るとは……国は大丈夫なのですか?」
「ん? 影武者を立ててきた。大丈夫だ。さて、魔物退治は終わったのか? 終わったなら、城へと招いてくれるか?」
「もちろんです。では案内します。だが、何故シエルと一緒に?」
レクス様は私の腕を引き、肩を組むと言った。
「街で見つけて暇そうだったから案内を頼んだのだ」
アズール様はそれを見て、慌てた様子でレクス様の腕を外し、私を自身の背中の後ろへと隠した。
「レクス殿、か……彼は私にとって大切な人なのだ。あまり不用意に接しないでほしい」
私はこの格好では誤解を生むのではと思ったのだが、案の定、レクス様が眉間にしわを寄せた。
「大切な……アズール殿。そなた、そういう趣味があったのか……?」
「趣味?」
きょとんと首を傾げるアズール様に、皆まで言うなとレクス様は微笑みを浮かべると、その肩をバシバシと叩いた。
「なんだ、なんだ! ははは。女にうつつを抜かしたと思い、心配していたが、いらぬ心配だったようだな! そうか、そうか!」
なぜちょっと嬉しそうなのだろう……。
このままではいけないと、私はアズール様にこっそりと耳打ちした。
「アズール様! レクス様は、アズール様が男の子が好きだと勘違いしているのでは!?」
私の言葉に、アズール様の瞳がゆっくりと見開かれ、そして慌てた口調で言った。
「レクス殿! 大切というのは、大切だが、その、私は男が好きだのという趣味はないぞ」
レクス殿は、わかっているというように笑う。
「あぁ、そういうことに、しておいてやる」
「違う。断じて違う。レクス殿!」
私はその様子を見て少しほっとした。
レジビア帝国の王といえば、実の兄二人を殺し王位についたという残虐非道な王という噂を聞いたことがある。
噂は、噂でしかなかったのだろう。
二人の楽しそうな様子に私も笑みを浮かべた。
「そういえば、シエル。ここまではどうやって?」
「あ……えっと」
「俺が馬を買って、その馬で一緒に追いかけて来たんだ。よしじゃあ城へ行くか。シエル来い」
「え?」
「……レクス殿。先ほども言ったがシエルは私の大切な人なのだ。私の馬に乗せる。シエル行くぞ」
「は、はい」
レクス様は肩をすくめると、馬へと飛び乗り、それから手綱を取った。
私はアズール様の馬に乗せてもらい走り出す。
「……どういうことか、城に帰ったら説明してくれ」
「は、はい……すみません」
「いや、怒っているわけじゃない。ただ……レクス殿は、一筋縄でいく方ではない。出来るだけ今後は近づいてほしくないのだ」
アズール様のいうことは分かる。
けれど、私はアズール様に自分の思いを伝えた。
「レジビア帝国の王様であるならば猶更、良い関係を築くべきではないでしょうか。レジビア帝国はリベラ王国にも匹敵する大国。シュルトンの後ろ盾となってくれれば、心強い存在に違いありません」
「シャルロッテのいう気持ちもわかるが、だが……シャルロッテ。君は自分で思っている以上に魅力的な人なのだ」
「? どういう意味ですか?」
アズール様は少し考えてから口を開いた。
「……レクス殿が君を好いたら困る」
「へ?」
予想外の言葉であった。
「それは……つまり」
「やきもちだ。はぁぁぁ。情けない。だが、頼む。分かってくれ」
「えっと……はい」
アズール様でもそういうことを思うのかと、私の心臓は、ドキドキと高鳴った。
レクス様は後ろをついてきている。
風を感じながら楽しそうな様子だ。
「噂よりも……優しい感じの方なのですね」
私がそう言うと、アズール様が表情を引き締める。
「いや、いろいろと抜け目のない方だよ。……敵には回したくない方だ」
「……そうなの……ですか」
「あぁ。この国に、今来たのも、シュルトンの変化について探る為だろう。シャルロッテ。君の能力については絶対にしられてはいけない。いいね」
「そうですね。はい。気を付けます」
すると、アズール様の馬の横にレクス様が馬を横並びで走らせる。
「なんだ。こそこそと話して」
その言葉にアズール様は笑顔で答える。
「こそこそではありませんよ」
「そうか。なぁアズール。今はお忍びで来ていてな。気軽に話してくれないか」
その提案に、アズール様はにっと笑うとうなずく。
「それならばそうしよう。レクス」
「そうこなくっちゃな」
少年のような笑みを浮かべる方だなと思った。
「シエルも。気軽に話してくれよ」
「あ、は、はい」
そう言葉を返しながらも、レジビア帝国の王に気軽になど接することはできないなと私は内心思った。
そしてレクス様が来たことで、今後しばらく魔物の調査についてはあまりできないかもしれないなとそう思ったのであった。






