第97話:文化祭。ファーストキスは私のだよ
まゆさんとデートして、ほっぺたへのキスだけでなんとか済ませてくれた日の翌日。
文化祭3日目。
今日はまゆさんではなく、尊花さんとデートする。
尊花さんと、デート、する。
文脈事に区切ってしまったけど、なんと言いますか。感慨深い。
3人でデートしたことや、お祭りでふたりっきりになったりはしたけど、こうして改めて好きを確認しあってからのデート、と言うのは初めてだ。
緊張する。何から話そうか。今日の天気とか? バカ言え! 外見たら分かるわ!!
てな感じで、休憩時間を迎えたわけですが……。
「…………」
なんか不機嫌そうーーーーーーー!!!!
わたしに対して、近づかないでオーラむんむんに漂わせてるし!
な、なにか悪い事しました? 多分何もやってないはずなのに、どうしてそんなにムスッとしてるんですか?!
と、とりあえず。このままじゃ休憩時間がなくなっちゃう。
呼吸を整えて、わたしは丁寧に様子をうかがう。
「あ、あの。どうかしました……?」
「……別に。なんでもないよーだ!」
なんかある時のめんどくさい彼女みたいなことするなぁ! かわいい!!
優等生キャラの尊花さんが何故かは知らないけれど、露骨にわたしにだけムスッとしてるの、なんかいい……。
ほら、他のクラスの人には優しいもん。
「尊花ー、なんかあったん?」
「え? ううん! なんでもないよ! あ、そっちの注文出せるみたいだよ!」
「マジ? サンキュー!」
他の人にはそんななのに、わたしに対してだけ……。
「尊花さん、本当にどうしました?」
「むすーーーーーーーー」
だもん!
おおかた面倒くさい女ムーブをすることで構ってもらいたいんだろうけど、なんか珍しくてずっと見ていたい感じはある。
ただ、周りからの視線や空気がめちゃめちゃ鋭いので、さっさと避難したい。
「つ、疲れてます? どこか静かな場所でも――」
「図書室」
「へ?」
「図書室。行こ」
「あーちょ、ちょっとぉ! 自分で! 自分で歩けますから!!」
ぐいっと引っ張られてから、そのまま廊下へと飛び出す。
情けない彼氏みたいなムーブは初めからしているけれど、尊花さんがこんなにも何かにムキになるのは見たことがない。
そうして、普段は図書室として使われている休憩所にやってくる。
中には人がいない。まぁ、文化祭で休憩なんてもったいないことしないか。
尊花さんは用意されていた椅子に腰掛けてから、隣の椅子をてしてしと叩く。
座れ、ということらしい。座った。
「…………」
「と、尊花さん。あの……」
「キス、したって聞いた」
「へ?」
え、誰に? 何の話?
「まゆちゃんがね? 自慢気にフライドポテト食べながら、美鈴ちゃんと、キスしたって」
「……あー」
確かにしましたね、迷路の中で。
……。待って、まゆさんが? 自慢気に?!!
「私、まだ美鈴ちゃんとキス、したことないのに」
「い、いやいやいや!! わたしだってまだファーストキスはまだですよ?!」
「嘘。まゆちゃんがキスしたって言ってたもん」
あの女。言葉巧みにファーストキスを狙ってくるなぁ。
直接がダメなら、周りからって。これは悪い子だ。
「と、尊花さんは誤解してますって!」
「してないもん。私だってファーストキスはまだ取っておいてるし、最推しに奪ってもらえるかもーって思ったら、それだけで一晩妄想するぐらいにはドキドキしてるけど、実際は違ったんだもん」
と、尊花さんからの愛が重たい。
でもわたしは受け止めるよ。わたしの方がもっと重い自覚あるし。
「まゆちゃんが、写真撮れなかったのが悔しいなーとか言って。分けてあげよっか? とか言って。……正直、すっごく悔しかった」
「だ、だからぁ、それは……」
「美鈴ちゃんがどっちかを選べないってことぐらい知ってたけど」
それはいくらなんでも言い過ぎでは。
「美鈴ちゃんの一番は、私のものなんだもん……」
わたしの、一番。どことなく重たいワード。
でもわたしから言った一番でもあったことを思い出す。
「……わたしの、一番最初の友だち」
わたしは彼女の目を見てそうつぶやくと、静かに頷いてくれた。
「まゆちゃんは確かにかわいいよ。冗談抜きでアイドルみたいだし、外見だけで人に愛される存在だって分かってる。だから私はずっとライバル視してた」
「……もしかして、ずっと?」
「うん。ずっとまゆちゃんに嫉妬してた。クラスの委員長になんてならなきゃよかった、と思うくらいに」
3人で話すことは多かった。でもそれ以上にまゆさんと対面で話すことはあって、尊花さんはいつも委員長のお仕事をしていた。
そっか。友だちならハブられているかもしれないって、不安になるのも分かる。恋愛感情となれば、なおのこと。
「でも。美鈴ちゃんに頼れる自分になったってアピールしたかったから。……雑誌の中だけの偶像に」
頼れる自分になりたかった。
尊花さんにとって、委員長はわたしへのアピールだった。
でも会える時間が少なくなってしまって、焦って。同じ友だちのまゆさんにライバル視するようになっていた。
今日も、それを悶々と抱きながら登校してきたのだろう。
――それは、辛い。
だからわたしは尊花さんの肩に手を回して、そっと抱き寄せた。
「美鈴、ちゃん?」
尊花さんは、すっごくがんばり屋さんだ。
一夜を過ごした時、彼女がわたしの胸元に抱きついてきたことを思い出す。
強くて元気で頼れる委員長。そんなの尊花さんが作ったアピールポイントにすぎない。
わたしは、尊花さんのことを誰よりも知っている。
ただ画面でゲームをしているようなゲーマーなんかと比較にならないぐらい密接に絡み合って。
そういう優越感と一緒に、尊花さんのはけ口にならなきゃいけないんだ。
がんばり屋さんへの、ご褒美をしなくちゃいけない。
「わたし、ファーストキスはまだです」
「でもまゆちゃんが……!」
「まだなんです。まゆさんが嫉妬させたくてほっぺたにキスしたことをぼかしてるだけですから」
「でも……」
「信じてください。でないと、本当にまゆさんにファーストキス奪われちゃいますよ!」
尊花さんはムッと唇を紡ぐ。
そうだよね。わたしだって尊花さんのファーストキスが奪われたら嫌ですもん。
「じゃあ、ホント?」
「まだ唇処女です」
「なんか言い方えっち」
「本当のことですしー!」
くすくす静かに、くすぐるように笑う彼女のことが好きだ。
胸の奥底でじんわりと独占したいって気持ちが高まってくる。
わたしの推し。いや、恋人はこんなに面倒くさくて、こんなにも愛おしい。
「じゃあ。…………ここで、しても。いいよね?」
「……はい」
元々近かった顔の距離がどんどん近くなってくる。
尊花さんの息遣い。尊花さんの肌の色。尊花さんの唇。
あぁ、あと数cmなんだろうか。もう一桁ぐらいかな。
わたしは静かに目を閉じた。
目を閉じて、唇にそっと柔らかいものが押し当てられる。
ファーストキスはレモンの味って言うけども、しばらく何も食べてなかったからこの味はきっと、尊花さんそのものの味だ。
甘くて、寂しくて。やっとその時が来て震えている。
わたしはそばにいることを伝えるように、唇を強く押し当てる。
「んっ…………」
名残惜しそうに、1つだったものが2つに分かれる。
ファーストキスって、こんな感じなんだ。なんか。もっと欲しい。
「美鈴ちゃん……、手。握って?」
「はい……」
2回目は恋人つなぎで結んで、より強く。
鼻息、荒くないかな。欲張ってるの、バレてないよね?
でも、もういいや。わたしはもっと素直になろう。
「んっ!」
唇の間をかき分けて、わたしの舌を尊花さんの中に侵入させる。
「み、みひゅじゅひゃん?!」
「とうかしゃん……」
すぐに引っかかった尊花さんの舌がわたしのを拒もうとする。
そんなの知った事か。オタクのキモさを舐めるな。
押し寄せてくる舌を左右に回避しながら、レロレロと芯の入ったザラつきを舐め回す。
粘着質のわたしと、尊花さんの唾液が混じり合って、もはや誰のものかも分からなくなる。
「んぅ……!」
かわいい。普段攻められてばっかりだったけど、珍しくこっちが攻めに転じることが出来て愉悦の気持ち。
絡めあってときには尊花さんの頬の裏や舌の裏面を撫で回す。
その度に尊花さんが声と息を漏らす。なんか、恋人をエロい目に合わせてるの、気持ちいい。
唇も、舌も、唾液も、吐息も。全部わたしのもの。わたしだけのもの。
尊花さんは、わたしだけの恋人。
溢れ出す。好き。好き。好き。
好きが止まらない。ダムが決壊したみたいに、わたしの中からドバーッと溢れて止まらない。
「ひょ、ひょっと待って!」
だがついに降参したのか、尊花さんが息を荒げながらわたしの手を押す。
唇も舌も離れて、名残惜しそうに透明な糸だけが2人をつなげていた。
「はぁ……はぁ……。どうか、しましたか?」
「だめ……っ! これ以上ナニカされたら……」
「されたら?」
尊花さんは恥ずかしそうに恋人つなぎで繋いでいた手を頬に持ってきて、こう囁く。
「……どうにか、なっちゃう」
「……それ、殺し文句ですよ」
「へ?!」
勢いのまま立ち上がったわたしは、片手はそのままに、もう片方の腕を尊花さんの腰に回して床に倒れ込む。
「どうにかなりましょう!!」
「や、ここ。学校だし……」
「誰も見てないですって!」
「来るかも。休憩所だよ?」
「じゃあキスだけで!」
「それじゃあ、くすぶっちゃう……」
本気で言ってるのかこの女。
マジ。マジで……。わたし、こんなアブノーマルなタイプじゃなかったんだけど、2人のせいだ2人のせい!
「じゃあ、ちょっとだけします?」
「…………」
彼女は、静かに頷いた。




