第89話:いっぱい悩んで、たくさん楽しむ!
「なるほど。だから鈴鹿がフリーズしてたのか」
「まー、そういうことだねー」
しばらくしてから万葉さんがやってくると、フリーズしている鈴鹿さんの肩を揺らす。
マトリョーシカみたいに左右に揺れながら、徐々に正気に戻った鈴鹿さんが、めちゃめちゃ大きな声でひとつ放つ。
「どっちもかよ!!!!!!!」
うるさ……。そうだよどっちもだよぉ……。
何もしてないのに、後ろめたい気持ちになっているのは本当に誰のせいなんだ。
誰でもない、わたしのせいじゃん。うわーーーーー!!!
「で、今はその片割れの尊花さんを待ってる、っているわけ」
「なるほどなぁ。しかし相沢も思い切ったことするなぁ」
「へへへ……。なんというか、いろいろありまして……」
嘘です。優柔不断なわたしなのでどっちかだけを選べなかっただけです。
まぁ、おかげさまで両手に花みたいな状態にはなってるわけですが。へへ、役得だぜ。
「美鈴さん、気がついたら人をたらしこんでるし、今後また増えないか心配だよー」
「そ、そんな事しませんし!! というか人たらしじゃないですし!!」
純粋無垢な陰キャのコミュ障ですよわたしは! ぷるぷる。
でも首を傾けるのは他でもない鈴鹿さんなわけで。
「そーかー? オマエ、クラスメイトになんて呼ばれてるか知ってるか?」
「へ? い、いやぁ。特に話す機会ないし、なんとも……」
「アイドルたらし」
「へ?!!!」
いやいやいや。そんなアイドルたらしって。え?
マジで聞いたことないんですけど。聞き間違いじゃありません?
「それ、友だちにも言われたよー。もちろんいい意味だけどねー」
「アイドルたらしのどこがいい意味なんですか」
「あれだよ! 男には必要以上接しない。それでも女にも距離感取ってる市川が唯一心を許してる相手がオマエだからな」
「え?」
尊花さん、そんなに距離感気にしてたのか。
確かに男の人は苦手みたいなことを言ってたような気がするし、元陰キャだからこそ距離感はかなり気にしているはずだ。
わたしとの時は……。心っていうか、距離感気にしてたなぁ。
今はそうでもないっていうか、プライベートスペースを晒してくれるぐらいには仲良くなったつもりだし。
「まゆさんも、こんなにボディタッチすることないんだよー」
と言って、ナチュラルに手を添えてくる。
そういうところだぞ弥生まゆ!!
「ほ、本当ですかぁ……?」
「それは本当だろうな。少なくとも男には高嶺の花だとか思われてるし」
あー、そういえばそんな設定ありましたっけ。
雰囲気はゆるいけど、結構完璧人間だしな、この人。
もうわたしの中では悪い子まゆさんのイメージしかないけど。
「そういうことー。ちゃんと相手は選んでるんだよ?」
「だからアイドルたらし、と」
「オマエ、顔だけはいいもんな」
顔だけとは余計な。
まあ実際そうなんですけども……。
だからこそ、なんで誑すことが出来たのか、自分でもよく分かっていないのだ。
「おまたせー! みんなで何の話してたの?」
「よ、市川! 久々に相沢をいじって遊んでた」
「ひ、ひどい……」
そんな話をしていれば、尊花さんもやってきた。
もうそんな時間なのだろう。完全下校時間までもう少し、と言ったところか。
「どうせ夏休み明けで揃ったことだし、ぱーっとファミレスでも行くか!」
「義姉さんも連れてくか?」
「いいねー! どうせ暇だろうし」
肝心なところで、そういえばこの人たち陽キャだったと思い出す。
人混み絶対嫌でしょ、あの響さん。
「それもいいけど、文化祭の出し物どうするか決めなきゃねー」
「……え?」
「あっ。そうだったっけー」
「もうすぐだよー!」
実はこのゲームが元になった『ライクオアラブ』には夏休みまでのエピソードしかない。
つまり、わたしは今ゲーム外の物語を進行していることになる。
まぁ今さらゲームがどうこうとか言うのは無粋な気がするけど、だからこそわたしには予測不可能な出来事が多くなっていくのだ。
例えばこの文化祭とか。
「10月に開催だから、今のうちにクラスの出し物を決めないとなぁ」
「無難にカフェとかお化け屋敷でいいんじゃないんですか? わたし面倒くさい……」
「ダメだよー! せっかくの高校生活の華なんだからー!」
いい思い出にしよう、かぁ。
とは言っても何もアイディアが思い浮かばないのも事実。
一応バイトもしたことはあるけど、ほぼキッチン周りだったっけか。
「まぁ、それも含めてタイゼリヤで相談しよっか!」
「だな! そうと決まれば、響ねえさんを拉致だぜーーー!!!!」
なんか、にぎやかな毎日が始まった感じがするなぁ。
でも、こういう日常も含めて、わたしは文化祭の後に選択しなきゃいけないんだろう。
世界を壊す感じで、ちょっと重いな。
「美鈴さん、さっきの話なんだけど」
「さっきって、トンチの話ですか?」
「うんそう」
まゆさんは確か別の世界に行きたいとか言ってたっけ。
正確には両親がいないところに。和解する気ゼロなレベルで嫌いなのは流石に笑っちゃうな。
「結局はどこが楽しいか、ってところだと思うよ。人生、楽しんでなんぼ! ってところあると思うしー」
「……陽キャですね」
「えへへー、クラスのアイドルですからー」
にこやかにピースする彼女が眩しい。
少なくとも、こんな強い子がそばにいるなら、どこの世界だって生きていける気がする。
「まゆちゃん、何の話ー?」
「んー? 美鈴さんの変な話だよー」
「あはは、酷いなぁ」
少なくとも、文化祭までなんだよね。散々悩んでいられるのは。
よし。だったらわたしだって、それまでいっぱい悩んで、たくさん楽しんでやる。
そう心に決めた、わたしなのであった。




