IF◆テオルート後編(sideテオ)
本日2話目。この話には前編がございます。
セリアが部屋を飛び出して行ったのを見送った瞬間、俺はその場で力尽きるようにベッドに腰を沈めた。
「はぁ……俺って偉い」
ため息と一緒に自分に賛辞を送る。本当に理性が危なかった。いつもは自分のヘタレ具合に嫌気がさしているが、今回だけはヘタレの自分をめちゃくちゃ褒めたい。
ってかキスというより俺が唇を奪われたに近い。誰かを守ったり、大切な人のために大胆に行動できるセリアの姿は俺よりも男前だなぁとは思っていたが、ここでも何か格の違いを見せつけられた気がする。
冷静さを取り戻そうとポットに残っている紅茶を口にするが、先程のキスの時の香りを思い出してそれ以上は飲めなかった。
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「おはよう、テオ」
「おはよう、セリア。今日は雑貨屋だっけ?」
「うん!寮部屋の石鹸を補充したいんだよね。そのあといつものパン屋さん……良いかな?」
「分かった。行こうか」
いつもと同じような口振りだが、昨日の出来事のせいもあってセリアの頬はほんのり桃色に染まっている。
以前までデートのつもりで買い物に誘って行っても、全くデートの雰囲気にならず凹んでいたが新しいセリアの反応に俺は朝から気分が良かった。
しかし、それも一時間も続かなかった。
「セリアさん、またオマケを入れておいたよ。いつもの林檎の石鹸じゃなくて、新作の青林檎の香り。試してみて」
「そんな…………ケインさん、いつもすみません」
「謝らないで!セリアさんは大切なお客様だから。僕が好きで渡してるんだよ」
「…………はい」
以前からセリアを狙う雑貨屋のケインが相変わらずアタックしてきた。セリアは何となく好意というものを知り、隣に俺がいるせいかどこか気まずそうに遠慮がちに受け取る。
仕方ない。ここの林檎の石鹸はセリアが屋敷に来た当初から愛用してるのだ。他店では売ってないし、俺もセリアと言えば林檎の香りを連想するほどだ。
だけどその遠慮した態度をケインは『ついに僕を意識してもらえるようになった!』と喜ぶように笑顔を振り撒く。いや…………隣に俺もいるんだけど空気かよ。あえて彼氏と宣言するのも子供じみてるからしていないけどさ、今まで通り黙って見てる気はない。
「セリア、さっさと行くぞ。待ち望んだ季節限定のパン買うんだろ?」
「うん!」
「待って!ジルのパン屋に行くなら僕も一緒に行きたいな。パン屋に納品する洗剤があるから……ね?」
くそぉ……さっさとケインとセリアを離したくて店を出ようとするが阻止される。ケインはセリアとできるだけ話したいだけではなく、パン屋のジルをライバル視しているため邪魔したいのだろう。
「テオ……?」
「良いよ。ケインさん、すぐに出れますか?」
「お兄さんありがとうございます!行きましょう!」
セリアの申し訳なさそうな上目遣いを見せられては俺は断れない。そうしてデートを邪魔された気分でパン屋に行けば…………
「セリアちゃん待ってたよ!特別に今厨房から焼きたてパン用意するからね!……ってか何でケインがいるんだ」
「ジルさんよりも先に雑貨屋に会いに来てくれてね。仲良く一緒に来ちゃったんだよ。ほらついでに洗剤の納品だ」
「おぅ、確かに受け取った。さっさと帰れ。……セリアちゃん少し待ってて!出来の良いの選んでくるから」
「は……はい」
ジルとケインの分かりやすい攻防にセリアはきちんと戸惑っているが、相変わらずライバルからは俺は空気扱いで…………でもここのパンはセリアの好みど真ん中の味だから仕方ない。セリアの笑顔のために我慢、我慢……
「ごめんねセリアちゃん!まだ焼きたてで熱すぎるから、少し冷めるまでこれ食べて待ってて。俺の試作なんだ!」
「わぁ!」
ジルが厨房から戻ってきたと思ったら筒状のパイの中心にたっぷりクリームのコロネを出してきた。試食にしては大きいサイズで、美味しそうなパンを目の前に食いしん坊のセリアの目はキラキラ輝いている。
先程の戸惑いは無くなり、セリアは相変わらず食べ物に弱い……ジルがセリアの気を引くためでやっているとはもう忘れているようだ。
そして隣に俺もいるのに試食はひとつ……空気扱いもそうだし、無用心なセリアもそうだし、さすがにイライラしてきた。セリアは俺の彼女なのに……
「いただきますね」
「え?」
「お、おい!?」
俺はトレーから試作品のパンを横から奪うとセリアの驚きの声と、ジルの制止の声が聞こえるがそのまま半分ほどかぶりついた。
サクサクっと軽いパイ生地ととろーりとしたバニラが効いたクリームが口の中で絡んで……うん……かなり美味しい。これはルイス様やお嬢様にお出ししても良いレベルだ。パンというよりケーキに近い。ダニエル執事長に紹介してみるか……いや先に料理長か?
「あわわわ……私のパン……」
「あぁ、悪い。ほら、半分あるから」
「うん、あ~むっ!はむっ!」
「────!」
無意識に最近悩んでる新しいアフタヌーンティーのバリエーションについて考えてしまっていると、先に食べられて悲しそうなセリアが俺の手元に残ったパンを見つめていた。
イライラしていたとは言え、全部食べるのは可哀想だったので残りの半分を差し出すとセリアは俺の手からそのまま食べた。そして、なんと俺の手にこぼれたクリームをパクっと舐めとりやがった。本当にセリアは自覚が足りない……
「セリア……お前なぁ」
「むぅ…………?」
俺の葛藤を知らず手で口を隠しながら幸せそうな顔でもぐもぐ頬張るセリアを睨むが、何も解ってなくてコテっと首を傾ける彼女に毒気が抜ける。
ジルとケインは声も出せないほどショックだったようで、魚のように口をハクハクさせて固まっていた。好きな女性が目の前で、他の男と間接キスの上、あーんで、ついでに手をペロリって……俺だったら即逃げ出したい光景だ。
「セリアちゃん!まだ試作あるんだ!これなんてどうかな?」
「わぁあ!美味しそう」
まだケインの意識が戻ってこない中、ジルは復活して諦めず次の手を打ってくる。自分も手から食べてもらおうとセリアの顔の前にパンを運ぶが、セリアは手で受け取って自分で食べる。
「こ、こっちの試作品も!セリアちゃんの好きなクリームたっぷり!」
「おー!いただきます!もぐもぐ」
間髪いれずに二個目も顔の前に出すが、セリアきちんと手で取って食べた。
「なんで……セリアちゃん……そこの兄ちゃんの手から食べるのに……俺はまだ越えれないのか」
ジルはついに折れ、見守っていた常連客も凹む。セリアはそれに気付かず、口元にクリームをつけたまま美味しそうにパンを食べ続けている。
「セリア、そこまでだ。ほら、クリームついてる」
この後のランチを心配して俺は食べすぎを注意して、口元についたクリームを親指で拭って自分でパクっと食べる。するとセリアの顔はポンと真っ赤になり、俯いてしまった。
「セリア?」
「だって……テオ……そこは教えてくれるか、ハンカチで拭くかしてよ」
「別にいいだろ、付き合ってるんだから」
「そうだけど」
セリアの恥じらう基準は分からないが、どうやらセリアから仕掛けるのは良くて、俺から仕掛けるのは駄目らしい。つまりヘタレを完全克服すれば、可愛いセリアをたくさん見られるわけで……次は何をしようかと気持ちが浮上する。
すると折れたジルと交代するように、ヨロヨロとしたケインが確認するように近づいてくる。
「え、お兄さん……セリアさんと付き合ってるって……」
「そうですけど、何か?」
「あなた妹に手を出したんですか?最悪だ」
「はぁ!?」
────カラーン
「そんな、テオさんが……そんな……妹さんと……禁断の……」
急に意味不明な糾弾を受け、トレーの落ちる音が聞こえ振り向くと以前俺に菓子をプレゼントしてきた女の子がドン引きした顔で批判する。
もしかして、まわりが俺の事をずっと「お兄さん」「兄ちゃん」と呼んでいたのは、客寄せセリフの「嬢ちゃん、兄ちゃん寄ってきな」の意味でなくてセリアの実兄としてだったのか? まさか!
「待ってくれ……俺とセリアは兄妹じゃない。血の繋がりも戸籍も全く関係無くて、きちんと他人です!俺もセリアも一人っ子ですよ」
「「「ええぇぇーーー!」」」
俺の反論に店内はお客様の驚きの声が響き渡る。どんだけ兄と妹と思われてたのか……まわりに説明を求めると言葉もでなかった。
セリアは街に出るときは茶髪のカツラをしていて、俺の地毛も茶髪。そして俺たちはどちらも細身の長身で系統は違うが猫っぽい顔立ち。何年も前から仲良さそうに一緒にいるのに甘い雰囲気はなく、シスコン&ブラコンの有名な美形兄妹として認識されてしまっていたようだ。
それがこの商店街全体の規模で、5年も前から徐々に広がって…………だからライバル視されず空気扱い。俺、ちょっと泣いて良いかな?いや、俺がお兄ちゃん呼びを受け入れてたせいか……
せっかくセリアと恋人になって、ライバル達への牽制もできたのに課題は多いようで、深いため息が出てしまう。
「つまり……テオさんはずっと幼馴染みのセリアちゃんが好きで、心配で側にいたと」
「はい、そうです。誰にも譲る気はありません」
「そ、そうか……」
最後の確認のようにジルに問われ、俺は答える。ケインは知らない間に消えていた。ジルは弱々しい足取りで厨房に入り、戻ってくるとパンといつものオマケをセリアに手渡した。
「セリアちゃん、食べてくれ。テオさんも一緒に……また来てくれ」
「はい。有難うございます」
「有難うございますジルさん。俺はまた後日別件で伺わせてもらいます。今日は失礼しますね」
そして店内を騒がした謝罪の意味で二人で深々とお辞儀をしてから店を出た。
「テオ、なんかごめんね」
「何がだよ?セリアは悪くないだろ?それより試食美味しかったな。発売したらまた二人で買いにいこうな」
「テオ…………うん!ありがとう」
ジルやケインに対して罪悪感があるようなセリアをフォローすると、はにかむような笑顔を見せてくれる。出会った頃は表情の変化が少なくて、どこか危うい目をしていたのに今は宝石のように黒い瞳が輝いている。俺は本当にセリアの笑顔が好きだ。
そうやってセリアを眺めると彼女は両手で荷物を抱え、買い物のない俺は手ぶらだった。
「セリア、重い方の荷物半分貸せ」
「まだ軽々だよ?」
「男の小さなプライドだ。昔も持ってやっただろ?」
「へへへ、懐かしいね。ありがとう!お嬢様気分」
全部ではなく半分だけだというのにセリアは喜んでくれる。そうして受けると狙い通りにお互いに片手が空いた。俺は復活しそうなヘタレを倒して、空いた手でセリアの手をそっと握って歩き出した。
先ほどまでの好きな笑顔は消えてしまったが、耳だけを赤く染めてソワソワする姿は笑顔に匹敵するくらい好きになりそうだ。
「セリア、こうやって歩けば恋人同士に見えるかな?もう兄に間違われるのは勘弁だよ。こらからは出かけるときはこうしような」
「うん……なんだか恥ずかしい」
「普段護衛の人と取っ組み合いして、ルイス様とダンスした時はもっと大勢の前で密着してたのに。今更恥ずかしいって……」
「だって……相手がテオなんだもん」
その言葉に思わず手を握る力が強くなってしまう。でも同じようにセリアが強く握ってくれて……それだけでもう俺は十分幸せな気分だった。
もしものテオ物語終わりです。
感想でテオ派が多く、じゃあどうなるんだと妄想した結果こうなりました。
相変わらずテオはヘタレ全快でお兄ちゃん気質が抜けきってませんが、なんだかセリアとくっつくのが自然すぎて……エル、色々とごめんねと言いたくなりました。本編で私がきちんと上手に書けていれば……とにかく書いてて楽しかったです。また完結扱いと致します。
読んでいただき、ありがとうございました!




